保険証だけ持って救急車に乗った日
救急車初搭乗の記録
その日、夫は仕事が休みで、呑気に「朝寝」をしていました。
平日なので、私は大忙しです。
無事に健常児二人を小学校へ送り出し、あとは障害のある息子を、遠方の障害児学級へ送るだけでした。
「さて、朝ごはんでも食べようか」
そう思っていた時です。
「おばちゃん! 息子君が車にはねられた!」
近所の女の子が走って、知らせに来てくれました。
私は、そのままの格好で家を飛び出しました。
事故現場は、家のすぐ近くでした。
息子には意識がありません。
近所に住む看護師さんが、すでに駆けつけてくれていました。
「大丈夫! 今すぐ、近くの病院へ運んで!」
私は息子を抱き、息子をはねた車に乗り込みました。
その時は夢中で、何も考えられませんでした。
「朝日がまぶしくて、前が見えなかった」
運転していた人は、そう言いました。
「あそこの朝日がまぶしいのは、分かっているはずでしょ!」
そう思いましたが、その時は何も言えませんでした。
病院では、
「意識がない。頭を打っている可能性がある」
と医師が言い、すぐに救急車が呼ばれました。
私は電話を借りて、必死で家に電話をかけました。
出やしない!!(怒)
朝寝をしている夫は、
「日向子が出るだろう」
と思っていたのでしょう。
十分以上鳴らしても、まったく出ません。
当時は固定電話です。
寝室には、電話の音が聞こえなかったのだと思います。
「ご主人、家にいないのですか?」
看護師さんが心配そうに尋ねました。
平日の朝から寝ています、とは言えません。
「もう一度かけて、出ないなら外にいるのかもしれません。私、一度家に帰ります」
置いてきた障害児の息子のことも心配でした。
「こんな緊急時に、クソ役立たず!!」
口には出しませんでしたが、私の心は怒り心頭でした。
幸い、やっと電話がつながりました。
「息子が交通事故に遭った。すぐに来て。〇〇医院にいる」
車なら数分の場所です。
しかし、だいぶ時間が経ってから、夫は障害児の息子を車に乗せて病院へ現れました。
救急車は、すでに待機しています。
「はい、これ」
夫は私に保険証を渡しました。
そして、
「どうせ、こいつが飛び出したんだろ?」
と言うではありませんか。
私はカチンときました。
「何言ってんのよ! この子が飛び出しなんてするわけないでしょ!!!」
この息子、石橋をいきなり叩くような子ではありません。
まず裏側を観察し、それから慎重に叩き、結局は渡らない。
それくらい、めちゃくちゃ慎重です。
というか、神経質。
「もし飛び出したとしても、集団登校だよ! 子どもたちが歩いているのに、車が注意するべきでしょ! 頭おかしいんじゃないの!!」
私は夫を怒鳴りつけました。
結婚してから、初めてのことだったと思います。
すると夫は、人前にもかかわらず、私に手を上げようとしました。
周囲の人たちが、必死で止めます。
「すみませんでした」
事故を起こした若い女の子と、その母親らしき人が、その場で土下座をしました。
まさに、カオス。
「搬送先が決まりました。お母さん、付き添って!」
救急隊員さんから声がかかりました。
私は保険証を片手に、すぐ救急車へ乗り込みました。
「障害児の息子を学校へ送ったら、家にいて、『すぐに』電話に出てくださいね!」
私は夫に、そう叫びました。
意識のない息子の顔を見ていると、涙があふれそうになります。
「この子まで、障害児になってしまうの?」
人生に絶望しかけました。
涙ぐんだところで、気がつきました。
「ハンカチもティッシュもない!!」
私の手の中にあるのは、保険証だけです。
当時の保険証は、家族全員分で一枚だったんですよね。
遠い思い出です。
「夫よ。私のバッグの中をあさって保険証を探す時間があったのなら、バッグごと持ってきてくれたらよかったのでは?」
私は必死で涙をこらえました。
その時、息子の意識が戻りました。
「ここ、どこ?」
「救急車の中だよ。頭は? 頭は痛くない?」
私は必死で尋ねました。
「全然痛くない」
その言葉に、私はものすごくほっとしました。
その後の受け答えも、はっきりしています。
「植木が邪魔で、左右がよく見えなかったから、ちょっと首を出したら、何かに当たった」
というではありませんか。
やっぱり、飛び出しではなかったのです。
幸い、停止線のすぐそばだったので、車も速度を落としていたのでしょう。
搬送先の病院では、医師と看護師さんたち数人が待機していました。
その中に、近所のママ友さんがいました。
ストレッチャーで運ばれてきた息子を見て、
「ああ、交通事故と聞いていたから心配したけど、全然大丈夫よ。だけど念のため、全身のレントゲンを撮るからね」
そう言ってくれました。
そして、待機していた看護師さんたちは解散。
息子は、足の甲の骨折だけで済みました。
「入院の必要もありません。近くの整形外科で診てもらってください」
一安心です。
夫に電話をして、迎えに来てもらうことにしました。
「私のバッグを、『そのまま』持ってきてください」
そこを強く強く、強調しました。
学校からは、教頭先生も駆けつけていました。
「私がお送りしましょうか?」
と、おっしゃってくださいましたが……。
私は鼻をかみたい。
ティッシュが欲しい。
「いえいえ、夫が来てくれますので」
丁寧にお断りしました。
待っている間、私は息子をおんぶしていました。
そして、ようやく夫の車が到着します。
息子を車に乗せようとした時、私はふらついてしまいました。
朝から何も食べていません。
精神的にも、めちゃくちゃ疲れています。
息子を座席に、投げ出すような形で乗せてしまいました。
それを運転席から、ぼおおっと眺めているだけの夫。
教頭先生には、車の中からちょっと頭を下げただけでした。
「お母さん、もう少し丁寧に扱ってあげてください」
教頭先生から、お叱りを受けました。
「すみません」
――早く鼻をかみたい!
息子は、そのまま後部座席で横になり、眠り始めました。
私はへとへとです。
それを見届けて、教頭先生は帰っていきました。
もう、お昼はとっくに過ぎています。
「お昼ご飯、どこかで食べて帰りたい」
私がそう言うと、
「何言っているんだ! さっさと帰って、何か作れ! 俺も腹が減っているんだよ!!」
私は朝から、何も食べていません。
病院から家までは、一時間弱。
家に帰ってから、余り物で何か作った記憶があります。
結局、私が作りました。
いろいろな意味で、忘れられない記憶です。
そんな人だった夫も、今ではお昼ご飯を作れるようになりました。
進歩ですね~~(笑)
三十年遅かったですけどね。
まあ、変わっただけマシです。
そして、この後。
我が家には、松葉づえをついた人間が三人並ぶことになります・・・・
この後、さらに「ええええ???」って事が起こります。
苦笑するしかないです。
あ、事故にあった息子は、すぐに回復しました。オチはその後になります




