五十肩の話
痛いのが苦手な方はご注意ください
これでもかなり端折っております
「楽器演奏のせいじゃないと思うんだけどなー」
そんな独り言から始まるお話です。
ちょうど10年くらい前でしょうか。
はっきりとした時期は覚えていません。
それくらい、最初は「どうってことない」症状だったのです。
「なーんか、右肩が痛い」
それが始まりでした。
実は左肩も四十肩になったことがあり、その時は苦しんだものの自然に治りました。
だから今回も、
「そのうち治るだろう」
と、お気楽に構えていました。
ところが、少しずつ、じわ~~~~っと痛みが強くなっていくのです。
「さすが五十肩。四十肩よりしぶといわ」
そう思った私は、五十肩によいと言われる運動をせっせと続けました。
当時は、
「動かさないとダメ」
と信じ込んでいたのです。
忘れもしない、その年の9月。
何で覚えているかというと、娘と県外へドライブ旅行に行ったからです。
助手席から後部座席の荷物を取ろうとした瞬間、右肩に激痛が走りました。
「あれ? こんな動作でなんで痛いの?」
それが長い闘病生活の幕開けになるとは、夢にも思っていませんでした。
その日から、肩を動かすたびに激痛が走るようになりました。
見かねた楽器の先生が、
「お医者さんに行きなさい」
と勧めてくださいました。
先生ご自身も肩の痛みで苦しんだことがあり、
「注射でよくなったから」
とおっしゃったのです。
それが、先生との最後の別れになるとも知らずに。
今思い出しても辛いです。
「先生がおっしゃるなら」
そう思って整形外科を受診しました。
レントゲンを見た先生は、
「変形性関節症です。五十肩ではありません」
と言いました。
私は看護師さんに尋ねました。
「来年、コンサートがあるんです。それまでには治りますよね?」
すると看護師さんは複雑な表情をして、
「肩の関節症で完治した方はいません」
と言い切りました。
その後、周囲の勧めもあり病院を変えました。
新しい病院では、
「重い五十肩だと思います」
という診断を受け、リハビリが始まりました。
しかし、痛みは日に日に増していきます。
夜も眠れず、以前書いた「デパス」を処方されるほどでした。
注射をしても、何をしても痛みは取れません。
リハビリの先生が、
「これはおかしい。普通じゃない」
と言ってくださり、肩専門の医師がいる大きな病院を紹介していただきました。
そこでも注射を受けました。
この注射が、とにかく痛い。
前の病院の注射とは比べものになりません。
それでも翌日には痛みが消えました。
「やったー♪」
と喜んだのですが、数日後には元通り。
結局、合計4回受けたと記憶しています。
特に4回目は、今でも恐怖体験として残っています。
あまりの痛みに体が無意識に逃げようとしてしまい、看護師さんが押さえてくださいました。
痛いなんてもんじゃありません。
本当に気が遠くなりました。
気絶しなくてよかったです。
看護師の友人によると、
「気絶されると、とても困る」
そうなので。
その注射のおかげで激しい痛みは治まりました。
ただし、問題はそこからでした。
痛みはなくなった。
けれど、右肩がまったく動かなくなってしまったのです。
拘縮肩という状態でした。
バンザイは不可能。
ちょっとした動作でも肩が外れたような激痛が走ります。
掃除も、洗濯も、食器洗いもできない。
日常生活そのものが難しくなりました。
リハビリを続けていましたが、
「手術も視野に入れていいかもしれません」
と先生に言われました。
たかが五十肩で手術。
最初は、
「自然治癒を選びます」
と答えました。
ですが、生活は不自由なまま。
何よりも、また楽器を演奏したかった。
そして、見た目も明らかにおかしくなっていました。
久しぶりに会った友人は目を丸くして言いました。
「何なの? その右肩! おかしいよ」
夫からは、
「身体障害者そのものだ」
とまで言われました。
リハビリを続けても改善は見られません。
治る気がまったくしない。
私は決断しました。
「手術をお願いします」
先生は言いました。
「わかりました。ただし、手術をしたからといって、すぐ元通りになるわけではありません。」
「諦めずにリハビリを続けると約束してください」
その後、全身麻酔による手術を受けました。
内視鏡で癒着をはがしたそうです。
詳しい内容は聞いていませんが、
「想像以上に癒着がひどかった」
とは言われました。
先生がおっしゃった通り、手術後も1年ほどリハビリを続けました。
リハビリの先生が持ち上げれば腕は上がります。
でも、自分では動かせない。
自動販売機のボタンすら押せない。
そんな状態でした。
普通の生活に戻れたと感じるまで、5年ほどかかりました。
その頃には、楽器の再開は諦めていました。
再発することが何よりも怖かったからです。
普通の生活が送れるだけで幸せ。
楽器演奏は大好きでしたし、一生懸命打ち込んでいました。
でも、生活と引き換えにはできません。
そうしている間に、先生は病気でお亡くなりになりました。
エリアスのモデルにした方も。
たかが五十肩。
そう思われるかもしれません。
でも、私が失ったものは決して小さくありませんでした。
私のような重症例は、ごくごく稀だそうです。
早く病院へ行っていたとしても、原因は分からなかったと思います。
MRIも何度か撮りましたが、異常所見はなかったそうです。
手術をして初めて、
「癒着がひどかった」
という事実だけが残りました。
今はもう、ほとんど忘れかけています。
だからこそ、こうしてネタにもできます。
五十肩は珍しい病気ではありません。
ですが、肩関節は大きな関節です。
症状が重くなると、日常生活そのものが難しくなる場合もあります。
もし肩の痛みで困っている方がいたら、一度受診を勧めてあげてください。
五十肩が、少しでも軽く見られなくなりますように。
追記
病院でのリハビリは基本、半年経つと打ち切りです。
(今は知りません)
私が手術した病院はなぜか、わからないけど、ずっとリハビリが続けられました。(謎)
もう、2度と同じ経験はしたくありません。
楽器演奏から、リタイアしたのは、そういう理由でした。
お先真っ暗でした。あの頃・・・・




