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鶴見日向子の独り言(還暦過ぎてうつ病になった主婦の日記)  作者: 鶴見 日向子


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五十肩の話

痛いのが苦手な方はご注意ください

これでもかなり端折っております

「楽器演奏のせいじゃないと思うんだけどなー」


そんな独り言から始まるお話です。


ちょうど10年くらい前でしょうか。

はっきりとした時期は覚えていません。


それくらい、最初は「どうってことない」症状だったのです。


「なーんか、右肩が痛い」


それが始まりでした。


実は左肩も四十肩になったことがあり、その時は苦しんだものの自然に治りました。


だから今回も、


「そのうち治るだろう」


と、お気楽に構えていました。


ところが、少しずつ、じわ~~~~っと痛みが強くなっていくのです。


「さすが五十肩。四十肩よりしぶといわ」


そう思った私は、五十肩によいと言われる運動をせっせと続けました。


当時は、


「動かさないとダメ」


と信じ込んでいたのです。


忘れもしない、その年の9月。


何で覚えているかというと、娘と県外へドライブ旅行に行ったからです。


助手席から後部座席の荷物を取ろうとした瞬間、右肩に激痛が走りました。


「あれ? こんな動作でなんで痛いの?」


それが長い闘病生活の幕開けになるとは、夢にも思っていませんでした。


その日から、肩を動かすたびに激痛が走るようになりました。


見かねた楽器の先生が、


「お医者さんに行きなさい」


と勧めてくださいました。


先生ご自身も肩の痛みで苦しんだことがあり、


「注射でよくなったから」


とおっしゃったのです。


それが、先生との最後の別れになるとも知らずに。


今思い出しても辛いです。


「先生がおっしゃるなら」


そう思って整形外科を受診しました。


レントゲンを見た先生は、


「変形性関節症です。五十肩ではありません」


と言いました。


私は看護師さんに尋ねました。


「来年、コンサートがあるんです。それまでには治りますよね?」


すると看護師さんは複雑な表情をして、


「肩の関節症で完治した方はいません」


と言い切りました。


その後、周囲の勧めもあり病院を変えました。


新しい病院では、


「重い五十肩だと思います」


という診断を受け、リハビリが始まりました。


しかし、痛みは日に日に増していきます。


夜も眠れず、以前書いた「デパス」を処方されるほどでした。


注射をしても、何をしても痛みは取れません。


リハビリの先生が、


「これはおかしい。普通じゃない」


と言ってくださり、肩専門の医師がいる大きな病院を紹介していただきました。


そこでも注射を受けました。


この注射が、とにかく痛い。


前の病院の注射とは比べものになりません。


それでも翌日には痛みが消えました。


「やったー♪」


と喜んだのですが、数日後には元通り。


結局、合計4回受けたと記憶しています。


特に4回目は、今でも恐怖体験として残っています。


あまりの痛みに体が無意識に逃げようとしてしまい、看護師さんが押さえてくださいました。


痛いなんてもんじゃありません。


本当に気が遠くなりました。


気絶しなくてよかったです。


看護師の友人によると、


「気絶されると、とても困る」


そうなので。


その注射のおかげで激しい痛みは治まりました。


ただし、問題はそこからでした。


痛みはなくなった。


けれど、右肩がまったく動かなくなってしまったのです。


拘縮肩という状態でした。


バンザイは不可能。


ちょっとした動作でも肩が外れたような激痛が走ります。


掃除も、洗濯も、食器洗いもできない。


日常生活そのものが難しくなりました。


リハビリを続けていましたが、


「手術も視野に入れていいかもしれません」


と先生に言われました。


たかが五十肩で手術。


最初は、


「自然治癒を選びます」


と答えました。


ですが、生活は不自由なまま。


何よりも、また楽器を演奏したかった。


そして、見た目も明らかにおかしくなっていました。


久しぶりに会った友人は目を丸くして言いました。


「何なの? その右肩! おかしいよ」


夫からは、


「身体障害者そのものだ」


とまで言われました。


リハビリを続けても改善は見られません。


治る気がまったくしない。


私は決断しました。


「手術をお願いします」


先生は言いました。


「わかりました。ただし、手術をしたからといって、すぐ元通りになるわけではありません。」


「諦めずにリハビリを続けると約束してください」


その後、全身麻酔による手術を受けました。


内視鏡で癒着をはがしたそうです。


詳しい内容は聞いていませんが、


「想像以上に癒着がひどかった」


とは言われました。


先生がおっしゃった通り、手術後も1年ほどリハビリを続けました。


リハビリの先生が持ち上げれば腕は上がります。


でも、自分では動かせない。


自動販売機のボタンすら押せない。


そんな状態でした。


普通の生活に戻れたと感じるまで、5年ほどかかりました。


その頃には、楽器の再開は諦めていました。


再発することが何よりも怖かったからです。


普通の生活が送れるだけで幸せ。


楽器演奏は大好きでしたし、一生懸命打ち込んでいました。


でも、生活と引き換えにはできません。


そうしている間に、先生は病気でお亡くなりになりました。


エリアスのモデルにした方も。


たかが五十肩。


そう思われるかもしれません。


でも、私が失ったものは決して小さくありませんでした。


私のような重症例は、ごくごく稀だそうです。


早く病院へ行っていたとしても、原因は分からなかったと思います。


MRIも何度か撮りましたが、異常所見はなかったそうです。


手術をして初めて、


「癒着がひどかった」


という事実だけが残りました。


今はもう、ほとんど忘れかけています。


だからこそ、こうしてネタにもできます。


五十肩は珍しい病気ではありません。


ですが、肩関節は大きな関節です。


症状が重くなると、日常生活そのものが難しくなる場合もあります。


もし肩の痛みで困っている方がいたら、一度受診を勧めてあげてください。


五十肩が、少しでも軽く見られなくなりますように。


追記

病院でのリハビリは基本、半年経つと打ち切りです。

(今は知りません)

私が手術した病院はなぜか、わからないけど、ずっとリハビリが続けられました。(謎)

もう、2度と同じ経験はしたくありません。

楽器演奏から、リタイアしたのは、そういう理由でした。


お先真っ暗でした。あの頃・・・・

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