第8話「僕らのハコブネ」
ユノは、朝に見せた修復能力でビルの穴を埋めていく。
また、それを見守るレインも壁の状態を確認しているようだった。
「イオ、この壁にもう一度突っ込んでみてくれ」
レインの指示に「え、嫌です」と素直に拒否する。
もしもう一度あの空間に放り込まれたらたまったもんじゃないからだ。
「大丈夫だ。あの空間はもう隔離されている」
ユノの言葉に、俺は嫌々ながらも指示に従うことにする。
「エクステンション:フェイシン」
俺は、朝と同じようにビルに向かって突っ込んだ。
「問題なさそうだな」
顔面からビルに衝突した俺を見て、レインがため息交じりに呟いた。
俺は、ビルに貫通することも、頭を突っ込むことも無く、無様に壁に激突する。
ビルはフェイシンの威力をもってしても破壊できないほど頑丈に作り直されたようだ。
「そもそも、このビルが破壊できることが異常だったんだ。お前の報告の、違和感を見逃したこちらの落ち度だ」
レインがビルに手をついて語りだす。
「このビルはビルの形をとっているが、その中身はデータの集合体でありコンソール。
本来は破壊不能オブジェクトのハズだが、なんらかのバグによって、綻びが生まれて破壊できる状態になっていたのだろうな」
コンコンとガラス張りのビルを叩くレイン。
「あの、わからない事ばかりなんですけど、さっきのバグ空間は? ゴーストセクタってレインさんは呼んでいたけど」
「ゴーストセクタ。運営側での通称だ。
バグ空間か……。その認識で間違っていない。なんらかのバグによって生じた空間。
原因不明、制御不能でハコブネでの機能に不具合を起こす」
「そもそも、この町でゴーストセクタが生まれること自体が稀だよ」
レインの言葉に続けたのはユノ。
「運営者は、こうしたバグを発見、処理することを業務としている。ハコブネの世界を守るためにね」
ユノはそこまで話すと、ふぅとため息を吐く。
「ゴーストセクタが生じる原因は不明とされているが、予測はできる。
今回のようなケースは稀だが、レンダーノイズという違和感が観測された場所でゴーストセクタが生まれる可能性が高い。
暇なら探してみるとイイ。文字が変に化けていたり、看板の配置に一貫性がなかったり。
異変がある場所にゴーストセクタが生じる可能性がある」
「8番出口かよ!」
「8番出口とはまた懐かしい」
俺のツッコミに反応したのはユノだけだった。
他の3人は何の話かわからないという顔をしている。
そうか、この時代では60年以上前のゲームの話になるんだな。
「そうだね。異変を見つけるんだ」
ユノは、ゆっくりユエの方へ向かうと、彼女の頭の上にポンと手を置いた。
「たまに、ユエが見つけた面白いものの中に、ノイズが紛れ込んでいる事もある。
他にも住人からの通報などを参照して我々はノイズ除去を行う。これが、ハコブネの管理者だよ」
ユノに頭を撫でられるユエは気持ちよさそうに目を閉じている。
「ガイダンス期間にこんな状況に巻き込んでしまったのは、運営側として不甲斐ないばかりだ。すまなかった」
そして、頭を下げたのはレインだった。
真面目に業務をこなす彼にとって、一般人を危険に巻き込んでしまった事は不甲斐ないのだろう。
「いえ、元はと言えば俺がビルを破壊したのが原因かもしれないし」
とレインに非が無い事を伝える。
レインは一瞬顔を綻ばせ、それでもやはり職務上のミスを反省しているようだった。
-------
事務所に戻り、ユエとラオを加えた5人でコーヒーを飲む。
そういえば、腹が減らないこの世界で飲み物は口にした記憶があるが、食べ物を食べた事はまだないな。
「さて、この世界の大まかなルールはわかったかな」
レインがコーヒーを机に置くと、口を開いた。
「ま、まあなんとなく」
そっけなく答える。それは、このガイダンスの終わりを察した淋しさから出た、幼稚な反抗だ。
「色々とトラブルはあったが、イオの適応力ならすぐにこの世界にも慣れるだろう。
わからない事があれば、いつでも訪ねてくればいい」
レインの言葉は業務的で、俺は何とも言えない不安感を感じていた。
そうか、この人たちにとって俺は、あくまでガイダンスの間の関係でしかないのだから当然だ。
と、やるせなさに視線を落とす。
「何か興味のあるものがあれば、そういった場所を紹介もできる。
旅をしてこの世界を満喫するのもいいし、どこかに定住することもできる。
ハコブネは自由で平等な世界だ。どんなことにも挑戦してみればいい」
レインの言葉の一つ一つが、俺の居場所を奪っていくように感じられた。
自由は最高だと無邪気に呟いていた朝の俺とは違う。
今の俺は無限の自由と引き換えに、この関係がリセットされる感覚に、足場がぐらつく。
黙り込む俺に、レインは何と声を掛けるか悩んでいたようで、何かを言いかけたが口をつぐんだ。
「ユエたちは普段はどうしてるの?」
俺はこの世界の住人である二人に質問を投げかける。
「散歩したりしてるです」
「僕はユエの拠点であるチャイナタウンで生活しております。
ユエの戻りが遅いときはこうして迎えに来ることもありますが」
チャイナタウンか。そこに転がり込むのもありかもな。
もしくは、せっかく姫騎士風の姿を手に入れたんだ。
RPGのような世界で本当に姫騎士になるのもいいかもしれない。
だが、どれも気乗りはしなかった。
俺が悩んでいると、ゴーンと鈍い音を立てて振り子時計が19時の鐘を鳴らす。
「おっ、もう夕食時か。少し出ようか。行きつけの店を紹介しよう」
ユノはそう言うと、勢いよく椅子から飛び降り、ドアまで歩いていく。
「あれ? ワープで行くんじゃ?」
「道を覚えていた方が何かと便利だろう?
それに、ワープで行くのは味気ない」
ユノの言葉に、他の3人も飲み物を置いて立ち上がる。俺も少し遅れて立ち上がり事務所を出る。
あの異常な夕焼けは無く、黒い夜空を青白いビルの明かりが照らす、オリジンアーカイブの街。
事務所のあるビルは中心街からはだいぶ外れたところにある。
管理者ならもう少し中央街に居を構えれば効率がいいのに。
「効率はエクステンションでどうにでもできる。
それに、あんな味気ない街に長居していたら頭が痛くなりそうだからね。
外れの方がイイ」
街の中心街を離れると、夜風に乗っておいしそうな匂いが漂って来た。
そういえば、事務所はコーヒーの匂いが充満していたが、オリジンアーカイブのビル街には臭いとか温度ってあまりないよな……。
どうでもいい事を考えながら歩いていると、俺はレインの背中にぶつかる。
「あっ、すみません」
咄嗟に謝り、レインの視界の先に目線を向ける。
【定食屋・なぎ】
レトロな暖簾に書かれた文字を見て、目的地がここである事を確信する。
「らっしゃい!」
建付けの悪い引き戸を開けると、元気よく出迎えてくれたのはオレンジ色の長髪をポニーテールに結った女性だった。
髪色こそ現実離れしていたが、親しみやすそうな雰囲気にエプロン姿と三角巾は、まさに定食屋の店員といった雰囲気だった。
この世界に来てようやくまともな服装の人間に出逢えたと、逆に新鮮味を覚える。
「彼女はナギ。この店の店主だ」
「こんばんは。カワイイ子だね。名前は?」
「あ、俺の名前はイオです」
「アハッ、俺っ子いいね! さ、座って座って」
ナギに通されるまま、俺たちは6人席のテーブルに座る。
パイプ椅子とやけにガタつくテーブルという、なんだか時代を感じる店だ。
厨房の青白い蛍光灯、壁に雑多に貼られたメニュー。
これは彼女の趣味なのだろうか? レジ横に置かれた招き猫や赤べこなど、こういう雰囲気は嫌いではなかった。
「彼女はエクステンションを使わず料理をする珍しい人物でね。
料理の腕も確かだし、なにより店の雰囲気がイイだろう?」
ユノが頬杖を突きながら言う。
「おっ、嬉しいねユノさんにそう言ってもらえると」
人数分の水を持ってきたナギは、嬉しそうに言うと胸ポケットからメモ帳を取り出した。
「で、ご注文は?」
「今日はカレーの気分」
「では僕もユエと同じものを」
ユエとラオがカレーを注文する。
「俺はサバ定食」
レインのチョイスは、なんというか渋い。
「私は―――」
「オムライス。サラダ抜きでしょ」
「ふっ」
余程通い詰めているようで、ユノが言う前にナギはユノの注文内容を答えた。
ユノの方も満足げにお冷を飲んでいる。
「で、イオちゃんは?」
「あっ、えっと!!」
メニューに目を落として、俺は急いで自分の注文を決める。
そういえば、こうして友人たちと定食屋で飯を食べるのは初めてかもしれない。
昔は、親に連れられてよく近所の定食屋に行った物だが。
たしか、俺がよく食べていたのは……
「からあげ定食」
「はいよ」
注文を聞き終えると、人数分の料理を作り始めるナギ。
腹は減らないけど、おいしそうな匂いが厨房から漂ってくると、自然と心が空腹状態になる。
「にしても、エクステンションでどんな料理も作れるのに、どうして自分で作るんですか?」
俺の疑問にナギはフライパンを振りながら答える。
「それじゃ味気ないでしょ?
この世界で生活してるとさ、つい便利だからラクをしようとしちゃうけど。
だからこうして、不便を楽しむ余裕ってのが人生を豊かにすんのさ」
「なるほど」
わかったような、わからないような。
彼女の話は、俺にとっては少しだけ難しかった。
いや、難しい事を言っている訳ではない。
念写ができるのにカメラに興味津々だったユエ。
わざわざ豆から取り寄せてコーヒーを淹れるレイン。
歩いて定食屋に行こうとするユノ。
無限に等しい自由があれば、こういった無駄を楽しむのも一興なのだろう。
便利になるほど、何かに駆り立てられていた現実世界とは違う。
人が、人らしさを取り戻している世界。
このハコブネこそが、むしろ人間味に溢れていると、俺は薄々感じていた。
だが、不便を楽しむ余裕という感覚は、俺の中にはまだない。
それは、まだ俺がこの世界の自由にも、便利にも慣れていないからだろう。
「はい、おまち!」
ナギの運んできた料理は、現実と変わらないものだった。
丁寧に下処理された少し濃いめのから揚げと、赤みそと出汁の効いた味噌汁。ホカホカの白米。
俺にとってはいつもの食事だが、彼らにとっては、無理に摂る必要のない嗜みなのだ。
「ユノはここにはどれぐらいの頻度で来るの?」
俺が聞くと、ユノはオムライスを頬張りながら答える。
「水曜と金曜日は大体ココだな。あとモーニングもここで」
「けっこうな常連だ……」
フッと笑うユノ。そして、オムライスを飲み込むとユノはスプーンを置いた。
「イオ。この世界は自由だ。何もしなくていいし、何をしてもいい。
ユエのように気ままに生きる者もいれば、自分に縛りを科して、わざわざ不便な生活をする人間もいる。
ナギだって、生前と同じように働く必要が無いのに働いている。
何をしたいかと考えて思考が止まるのなら、
何をしないか、何をできなくするかという縛りを持つのもイイ」
ユノの言葉を俺は黙って聞いていた。
ラオとレインの食事の手も止まっていた。ユエだけが、無関心にカレーを頬張っていた。
「何をしないか……」
俺は、この世界で何をしないか、何を縛るか……。
味噌汁に映った自分を見る。
金髪の美少女に生まれ変わって、人間離れした身体能力を手にしても、結局俺は俺でしかない。
ラオとの模擬戦闘やゴーストセクタでの出来事を通じて、自分は別にスリルやトラブルを望んでいるわけではないのだと気づいた。
ただ、居心地のいい場所で平穏に暮らしていられればと思うだけだ。
思えば、生前の俺の鬱屈とした思いもそうだ。
自由への渇望だと思っていたそれは、進路とか、就職とかの将来への不安。
すぐに終わってしまう高校生活への不満の現れだったのかもしれない。
毎日に飽きていたわけじゃなかった。
続かないなら、望むだけ無駄だと、斜に構えた態度。
現実逃避から出た言葉だ。
でも、ハコブネで気づいた。
飽き飽きするような毎日が、失われるのは辛い。
なら、次は居心地のいい場所で、自由に生きても良いんじゃないかと。
俺が知っているこの世界で居心地のいい場所は、ユノの事務所で飲むコーヒーであったり、妙にボロ臭い廊下だったり……。
冒険がしたくないと言えばウソになるが、あの居心地の良さと天秤にかけて冒険に出ようという気には、俺はなれなかった。
「ユノ。俺をあの事務所で雇ってくれないかな。ノイズ探しとかなんかそういうバイト的な」
俺の提案にユノは、一瞬目を見開いた。
だが、すぐに彼女は思考を始める。そして、数秒の後に口を開く。
「確かに、アルバイトか。うん。面白いかもしれない。レインはどう思う?」
「そうだな。俺も気になっている事があるし、一緒に行動できた方がイイ」
「?」
レインの言葉には引っかかったが、俺は無事に迎え入れられることになったようだ。
ともあれ、俺はしばらく彼らと行動を共にすることに決めた。
「歓迎するよイオ。
ようこそ。ハコブネへ」
to be continued




