第7話「ソコウヨヘNeぶ子ハ」
ユエはラオの写真が撮れてご満悦のようだ。
満足したユエはカメラをポケットにしまう。
「というか、ポケットに入れたらダメじゃない?」
俺が指摘すると、ラオが口を挟む
「ユエのポケットは無限空間ですから。その心配はありませんよ」
「あ、なるほど」
出たよ。ハコブネのチートシステム。四次元ポケットもそりゃあるよな。
今更驚くことも無い。そもそも、さっきユエが持っていた三節棍も、ラオの錘もいきなり出て来たものだしな。
そう考えると、常に帯刀しているレインは……
何か理由があるんだろうか?
そんなことを考えていると、事務所のドアがゆっくりと開く。
そこに立っていたのはユノ。いや、ユノを少し大人にしたような容姿をした女性。
無機質な表情。白いスーツを着た女性。これは、昼に見たユノのNPCだ。
「ユノに報告に来たのかな?」
俺が立ち上がり彼女の前に立つと、NPCはこちらを見ることなく真っすぐ部屋の最奥に進み始めた。
ユエに用事? 俺はNPCの動きを視線で追う。その動きはどこか不穏で、夕日に照らされた赤い事務所がより一層、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「繧医≧縺薙◎繝上さ繝悶ロ縺ク」
「え?」
何を言っているのかわからない。
知らない言語を話すNPCは、ユエに何かを伝えると、いきなりユエに襲い掛かった。
「管理用AIが、こんなところで何をしているのでしょうか?」
ユエにとびかかったNPCは、間に入ったラオによって止められる。
「繧ィ繧ッ繧ケ繝?Φ繧キ繝ァ繝ウ?壹ュ繧ァ繝ウ繝?う繧堤匱蜍」
再びNPCが何かの言語を発すると、体が急に重くなる。
これはラオのエクステンション、ヅェンツイだ。
何が起こっているのかワケもわからずにいると、いち早く反応したのはレインだった。
バンカラマントを翻し、腰に下げた刀を抜く。
レインは電光石火の居合切りで、ユノのNPCを真っ二つに切り裂いたのだ。
「あの!これって?」
「わからない。が、NPCが持ち場を離れるなんて初めて見る現象だ」
レインは切り捨てたNPCを見下ろしながら言った。
一瞬、何かに気づいたようにコチラを見る。
「外の様子を確認しよう。異常事態の可能性がある」
レインに言われ、俺たち4人は事務所を出る。
不気味な夕焼けに照らされた廊下には、先ほど切り捨てたユノのNPCが立っていた。
「繧医≧縺薙◎繝上さ繝悶ロ縺ク」
相変わらず意味不明な言語を話すNPC。
「ラオ、ユエ。武器を出しておけ。イオ、俺から離れるな」
レインの指示を聞き、ユエは三節棍、ラオは錘を握る。
俺は、特に武器とかなんにも持ってないのだが、とりあえずレインの後ろに隠れるしかなかった。
NPCを切り捨てて進む俺たち。NPCは徐々に数を増やしている。
人間離れした動きでNPCを倒しまくる3人について行くだけの俺は、完全なお荷物である。
事務所の階段を降りてビルの外に出ると、そこは俺の見て来たハコブネの景色ではなかった。
真っ黒な空にそびえたつビル群は、ありもしない夕焼けの景色を反射している。
道路はベンタブラックで塗りつぶしたように真っ黒で、自分の影すらも落ちていない。
「ゴーストセクタ? いや、しかしこんなものは・・・・」
レインが辺りを確認して言葉を発する。俺はレインに聞いた
「ゴーストセクタって?」
「……一般人が入れない領域だ。詳しくは説明できないが、ともかく脱出するぞ」
「脱出ってどうやって!?」
「どこかにほころびがあるハズだ。景色が一部だけ違うとかそういう」
俺たちは、レインの指示に従ってあたりを警戒しながら綻びを探す。
不気味な世界は、完全にバグった景色を映し続ける。
「フェイシンが上手く機能しないです。地面の感触もキモチワルイ。何も触ってないみたい」
声を発したのはユエだった。そういえば、さっきから超人的なスピードで移動していないな。
「僕も先ほどから色々なエクステンションを試していますが、挙動が安定しませんね」
ラオが続けて、状況を詳細に説明する。
「やはりゴーストセクタか…。しかしこれほど広大な…」
レインは状況を整理している。
ゴーストセクタ。ゲームの裏世界みたいなものだろうか?
挙動が安定しない裏世界。本来入ってはいけない場所。バグ…
そういえば、この道は今朝ユノと通った道だ。
「あの、もしかしたら」
俺が声を発すると3人は立ち止まって俺の方を見る。
「もしかしたらあのAIがいたビル。あそこに何かあるんじゃないかと」
完全な当てずっぽうだけど、闇雲に探すよりはいいだろう。
それに、完全なあてずっぽうというワケではない。事務所に入ってきたユノNPC。あれがいたのなら、完全に無関係とは思えない。
「今日ユノが確認に行ったビルは2番通りか」
レインの号令でユエとラオが頷く。
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「どうやらビンゴのようだ」
レインが足を止める。そこに居たのはユノのNPC。しかし、彼女は今まで見た個体とは明らかに違っていた。
ラオの持っていた錘を持ってビルのエントランスの天井にさかさまに立っていた。
「今日は、癇に障る事が多い1日ですね」
ラオがこめかみをピクリと動かした。
丁寧な言葉遣いではあるが、不快感を露わにした言葉に自分の武器を使われた不満が感じられる。
「エクステンションなど不要です。錘を使うのは、なかなかコツがいりますから」
ラオは俺に見せたような踏み込みから、ユノのNPCに向かって突っ込んでいく。ユエ、レインも続く。
NPCは、一切の感情を見せずにラオの攻撃と鏡写しのように錘を振る。
鈍い金属音が響き、ラオの攻撃は不発に終わる。が、その後ろからユエが三節棍を構えて襲い掛かる。
「エクステンション:フェイシン」
「ぐえっ」
あろうことか、落下中のラオの背中を足場に、ユエはフェイシンを使った跳躍でユノのNPCとの間合いを詰めた。
反動でラオは地面にたたきつけられる。南無阿弥陀仏。
「へー」
ユエは無機質にNPCに感嘆符の声を出す。
ユエの攻撃が届くと同時。ユノのNPCの持っていた武器はユエの三節棍へと変化していたのだ。
「鏡みたいです」
ユエは着地すると同時に口を開く。
「てか、フェイシンは使えないんじゃ?」
「床があれば私は飛べます」
床…。突っ伏したラオを見た俺は、何かこう不憫な気持ちを隠せずにいた。
「なるほど。確かにユエは地面を定義できれば、フェイシンを発動できる。
僕のヅェンツイが発動しないのも重力感覚が定義できていないからでしょう。」
起き上がりながらラオが状況を説明してくれた。
「なら、わかりやすく定義できるもので行こうか」
次いで口を開いたのはレインだった。
レインは刀を一度鞘に戻すと、抜刀の構えをとった。
そういえば、レインはどんなエクステンションを使うんだろう
「管理アセット:ブレークポイント」
レインが空中を切り裂くと、その斬撃は空間を縦横無尽に刻み始めた。
「か、管理者アセット?」
「詳しくは伏せるが、管理者が使えるデバッグツールだ」
レインは視線を変えずに空間を見ていた。
斬撃を食らったユノのNPCはその場で霧散する。
「や、やった!!」
ゲームとかなら、大体このまま世界が復活する。のだが、何も起きない
「NPCのプログラムを停止したが、アレはバグ本体じゃないみたいだ」
レインは再び刀を鞘に戻す。
万事休すというか、これで完全に手立てはなくなった。
沈黙する俺たち。ユエは何やら周りをキョロキョロと見回していた。
彼女は相変わらず自由に歩き回っており、振り返ると口を開く。
「そういえば、今日イオと出会ったのもこのあたりだったですね」
「あ、そういえば」
そう、この辺りはユノと歩いた道。今朝、ビル3棟を破壊した記憶が呼び起こされる。
ん?ビル…。そういえば、ビルの中の景色は、この地面の黒に酷似していた。
何もない空間。
俺がユエとフェイシンの練習をした場所。ここからすぐの角を曲がった先。
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「これが、綻び?」
そこにあった光景は、昼過ぎの焼き直しのようだった。
ここだけ、青空を映し出すビル。
ビルの穴と地面のクレーター。
それは、俺が破壊したビルと同じものだった。
「なるほど。あれが本体か」
後ろからついてきていたレインが口を開く。
ビルの前に立つ少女は、NPCのユノではなかった。
ユノ、いや、厳密にはユノと酷似した何かだった。
今までの大人型ではない、幼い少女の姿。
ただ、その表情や造形は地面と同化している。何も映し出さない黒い影。
「困るよ君」
影は喋る。朝の記憶と同じトーンで、同じ動作で。
影が手をビルにかざすと、青空の映り込むビルが不気味な夕焼けに変えられていった。
「これは、朝と同じ…」
「なに?」
「さっきビルを破壊した時と同じなんですコレ」
レインは少し考えこむ。
「イオ、破壊したビルは3棟だったな?」
「あ、ハイ」
「どのビルだ?」
「今、ユノの影が直したビルと、反対のあのビル」
そのビルを見ると、1か所だけ不自然に光が途絶えた場所があった。
そこは、俺が突っ込んだ場所と同じだ。
影はその場所へとゆっくり歩みを進めた。
「チッ」
レインは舌打ちをし、再び居合の構えをとる。
「急げ、あそこが綻びだ。あの穴に入れば外に出れる!」
レインが俺たちに指示を飛ばす。
レインが影を引き付けてくれているうちに、俺とユエとラオは穴に向かって走った。
「穴小っさ!!!」
叫んだのは俺だ。
その綻びは人が入るには小さすぎる穴だった。
どうすればいいのか……考えろ。
俺はその綻びを覗き込む。何もない…
「飛べ」
「え?」
穴の向こう。聞こえた声には聞き覚えがある。
「ユノ!?」
「説明している時間は無い。フェイシンなら、この穴を広げられるだろう」
淡々と、しかしいつもの余裕な声色とは違う真剣な声。
壁の向こうから聞こえるユノの声。彼女の言葉に、俺は返した。
「でも、フェイシンは…」
言いかけたところで、先ほどのユエの言葉を思い出す。
床が定義できれば…。コントロールの仕方はわかっている。
「ユエ、ラオ。協力して欲しい」
俺が作戦を告げると、2人はすぐに同意してくれた。
「エクステンション:ヅェンツイ」
「エクステンション:フェイシン」
俺の足の感覚が軽くなるのを感じる。地面からの反発はない。だが、それで問題ない。
視界の端では、影がレインの動きに合わせるように刀で応戦していた。
時間はない。1度で成功させる必要がありそうだ。
深呼吸した後、俺は小さくジャンプする。ユエの三節棍を踏み台にすると、足裏から反発する感覚が伝わってくる。
ヅェンツイで重くなった状態なら、あの小さな穴に狙いを定めることもできる。
バッティングホームで俺を打ち上げるユエ。
その勢いとフェイシンの超反発で俺はビルの穴めがけてライダーキックの姿勢で突っ込んでいった。
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そこは、夕日の沈んだオリジンアーカイブのビル街の景色。道路の感触は俺の知る感触だった。
どうやらうまく行ったようだ。ビルを貫通した俺は、無事に元のハコブネに戻って来れたみたいだ。
「おお、戻れたですね」
「ユエ、けがはありませんか?」
「ハコブネで怪我はしない」
「ですが・・・」
呑気な会話をしながら、ユエとラオが俺の作ったビルの穴から出て来た。
起き上がって、穴の中を確認する。
ビルの穴は真っ暗だった。
「どけ!!」
「え?」
レインの声が穴の中から聞こえた瞬間、後ろ飛びしながらレインが穴から勢い良く飛び出してきた。
吹っ飛ばされた俺は、再び地面に突っ伏す。
死んでからというもの、地面に何度転がっただろうか。
「よくやった」
ユノが俺の顔を覗き込む。
影でも、NPCでもないユノの顔だ。初めてこの世界で出会った彼女と同じユノ本人。
俺は、安心して顔をほころばせる。ユノの顔を見た瞬間に、戻って来れたという実感が体中の緊張を解いて行った。
to be continued




