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第6話「錘の男」

興味津々にカメラを触っているユエを横目にココアを飲んでいる俺。

あれから、写真を撮るでもなく、いろいろなボタンを押しては「おぉ~」とか言ってる。よほど気に入ったようだ。


すると、事務所のドアを2回ノックする音がする。

一拍あけてドアがゆっくりと開いた。

ドアを開けた人物を確認すべく、俺とレインは視線をドアに向ける。

ユエだけは、来訪者には興味を示さずにカメラを見つめている。


入ってきた男は、俺たちに会釈をする。

190センチ近い中華服を着た長身の男は、部屋の奥に居るユエを見ると、ふぅとため息を吐く。

「ここに居ましたか、ユエ」

彼は腰まで届きそうな三つ編みの銀髪を揺らしながら、真っすぐユエの方へ歩みを進めた。

レインとは違った形で所作の一つ一つが丁寧な男。

丁寧というか、銀縁の丸メガネと相まって几帳面そう。というのが第一印象だった。

彼は俺とレインの前を素通りし、ユエの横に立つと、ゆっくりと膝をついてユエの視線に合わせる。


「ラオ」


ユエがようやく気付いて視線を左に向ける。

ラオと呼ばれた青年はどこか安堵したように小さくため息を吐く。


「3日も姿が無くて心配しましたよ」

「ドラゴンと追いかけっこしてたです。

それよりもこれ! 貰ったです!」


3日も放置されていた男性に悪びれる様子もなく、ユエはカメラを差し出した。


「それは?」

「カメラ!! イオに作ってもらったです」

「……そうですか」


彼はカメラを怪訝に観察すると、制作者である俺の方に視線を向ける。

彼の丸メガネが窓からの光に反射して怪しく光る。


「ラオと申します。ユエのお目付け役をある方から任されております」


胸元に手を当て、模範的な45度のお辞儀をするラオ。

中華服と三つ編み。ユエとおそろいの中華風な服装と佇まいは、ユエの執事といった感じだ。


「イオです。最近ハコブネに来たばかりで、レインさんやユノに色々と教わってるんです」

「左様でしたか。ユエと何やら面白い事をしていたみたいですね」

「あぁ、カメラですね。さっき作ったらユエが気に入っちゃって……」

「そうですか。それはそれは……あまり、ユエに変なちょっかいを出すのは困りますね」


柔和なラオの表情は急激に冷たくなり、俺に向けられた視線は明らかな敵意だった。

ラオは俺をにらみつける。

ユエの教育上よろしくないとか?

というか、ユエって実はすごいお嬢様とかなのかも?

運営サイドと繋がりのある一般人なんてそうそういる訳がないし!


などと思考を回していると、

「ちょうどいい。エクステンションの実践応用にはいい相手だ」

レインは顎に手を当て、俺に声をかけた。


「え?」


俺がレインの方を向くと、先ほどまでいた事務所ではなくグリッド模様の入った空間が視界に広がっていた。


---------


「ここなら、いくら暴れても問題ない。

ラオ、イオと手合わせをしてくれ」


「かしこまりました」


ラオとレインが俺を置いて話を進める。


「大鬼の巣窟に行くなら、戦闘は避けられないからな。

模擬戦でエクステンションを使った戦闘を肌で感じてもらった方が速い」


レインが淡々と説明を終える。というか模擬戦?

俺が状況を飲み込めずにキョロキョロとあたりを見回していると、ラオが両腕を広げる。


「不束者ではございますが。よろしくお願い申し上げます」


ラオの手に握られていたのはトゲがついてないモーニングスターみたいなやつだ。

何て名前だっけアレ……


スイという中国の武器です。こういった鎖のついたものは流星錘と呼びます」


カチャリと鎖を鳴らすラオは懇切丁寧な姿勢を崩すことなく会話を進める。

物騒な武器を持っている大男に睨まれれば、さすがに足がすくむ。


ヤバい。殺される????


「安心しろ。ハコブネで他殺はできない。

痛みも最低限。ラオの錘はゴムボールでも振り回していると思うとイイ」


レインが腕組みをしながら俺に安心材料を与えてくれるが、それでもあんな鉄球をまともに食らえば死ぬだろう。本能的な恐怖にはどうやっても逆らえない。


「では、はじめ!」


レインの号令と共に、ラオは錘を地面へと叩きつける。

「エクステンション:鎮墜ジェンツイ


エクステンション! ラオの能力か!!

俺も応戦しなくては。


俺は記憶の中から再現できそうなものを考える。


「では参ります」


考えているうちに、ラオが突っ込んで来る。

俺は間一髪で彼の錘をかわす。というより、呆気に取られて尻餅をついただけだ。

細身の長身のどこに、そんなパワーとスピードがあるんだ……


ラオの攻撃は地面にクレーターを作り出す。

明らかなパワータイプなのに、スピードも申し分ない。

これはマズイ。マジで殺される。

「か、かめはめ波!」


俺は、とっさに思い付いたポーズを取り、誰しもが知っている有名な技名を叫ぶ。


不発。


というより、なんか光線みたいなものは出たのだが、ラオはハエでも叩くかのようにかめはめ波を封殺する。


「エクステンションを、根本的に理解されていないようにお見受けします」


ラオは錘を再び持ち上げる。すると、俺の身体は何倍にも重くなる。

「重力操作!?」

アリかよそんなの! というか、アリなんだ。

この世界は自由だから。そういうことまで出来てしまう。


「僕のエクステンション・ジェンツイは、部分的な重量操作を行うエクステンション。

物体を重くするエクステンションです。

可動範囲は視界内の物体、人物が対象。

先ほどは錘を重くし、今はアナタを重くしています」


ラオはここでも懇切丁寧に自身のエクステンションを解説する。

まるで、反発力で推進力を得るフェイシンとは真逆のような能力だ。


ん? フェイシンと真逆……


俺の中に一つのアイデアが浮かぶ。


俺は、重い体を無理矢理奮い立たせ、靴を脱ぎ棄てた。


そして、ユエに教わった通りに俺は詠唱する。

「エクステンション:フェイシン」


重力で身体は何倍にも重くなっているのに、足の感覚は軽い。


「フェイシンですか。そのエクステンションは僕に対して相性最悪ですが」

「お気遣いどうも」

「気に食わないですね。そのエクステンションを僕の前で起動するとは……」


フェイシンを起動すると、ラオはあからさまに不快な表情を向けて再び錘を構える。


大丈夫。ビル2棟を貫通して、地面に激突してもかすり傷ひとつできない世界だ。

恐怖は感じるが、事実で考えろ。


この世界は仮想世界。


死なないハコブネで怪我はしない。


この状況でレインが一切口出しをしていないことが何よりの証拠だ。

ビルを破壊するだけで怪訝な顔をする彼が、人の怪我を放置するとは考えにくい。


ロジカルに考えると、思考は少しずつ冷静さを取り戻した。


「では、遠慮なく」


再びラオの突撃が来る。速い。

最初の攻撃と違う、冷静にあしらう指南的な攻撃じゃない。

本気で俺を倒しに来る気迫だった。


だが、先ほどは尻餅をついたが、今度は違う。ちゃんと見て避けられる。

足の裏に力を込めて、一気に蹴りだすと、先ほどビルに突っ込んだ時とは違い、制御できる速度で、しかしラオを上回る速度で俺は空中へと飛翔する。


「重い方がスピードは落ちるけど、俺にはこれでも速すぎるくらいだからな!!」


俺は、空中からラオにめがけて強烈なライダーキックをかます。

エクステンションによる重さと、位置エネルギーによる速度。これなら勝てる!!


ラオがこちらを認識して視線を上に向けた時に、すでに俺の攻撃はラオを射程圏に捉えていた。


俺は勝利を確信していた。


「ユエよりも遅いアナタを、なぜ僕が見失うと思ったのでしょう?」


だが、それは慢心であったとすぐに理解することになる。


ラオは貼り付けたような笑みを浮かべると、俺の渾身のキックを容易く回避すると同時に、錘で俺を吹き飛ばした。


痛い。普通に痛いけど……。

そうだな、トラックに轢かれるような衝撃は無くても、自転車が突っ込んできたぐらいの衝撃が走る。


壁に叩きつけられた俺は、そのまま地面に突っ伏した。


カツカツとラオの足音が近づき、砂ぼこりの中に長身の人影が浮かび上がる。


その時に見えたラオの表情は、何かに追い立てられている、何かを急いているように見えた。何に?


だが、そんな考えは今は不要だと、俺は確信する。

いや、焦るべき、急ぐべきは俺の方のハズなのだ。


ラオは鎖をもって錘の片方を大きく頭上に上げた。

この模擬戦で初めて見せるオーバーアクション。


体が動かない。頭では死なないと理解しているが、目の前で錘を振りかぶるラオを目にして俺は死を確信した。


スローモーションで鉄球が俺の顔面に飛んで来るのが見える。

トラックに轢かれた時も確かにこんな感じだったな……


「死……」


そんな思考の刹那。鉄球は大きな金属音を立てて地面に陥没する。


「ユエ……」


ラオの声が聞こえて、閉じた目を開く。

ラオと俺の間に入るように、ユエが立っていた。


ユエの参戦を目の当たりにしたラオは驚いた様子で目を見開いていたが、すぐに優しい顔になる。


「どうして、ユエが庇うのですか?」

「決着ついてるです」


ユエはどこからか取り出した三節棍を使い、ラオの鉄球をまるで野球のボールのように撃ち落としていたのだ。


「なぜ? この世界では死ぬことはありません」

「……だってラオ、止まらなくなるから。面倒」

口をとがらせるユエの言葉を聞き、ラオは諦めたように笑った。

「……そうですね」


ユエに諭されたラオは、錘を放り投げる。

空中に落下した錘は、光の粒子となって消えて行った。


「立てますか?」


先ほどの殺気だった雰囲気を潜め、ラオは俺に手を差し伸べた。

一瞬躊躇してその手を掴んだ俺は、ゆっくりと体を持ち上げられた。


錘が消えたことでエクステンションの効果もなくなったのだろう。


体は元の重さに戻っていた。


立ち上がると、先ほどの恐怖からか足に力がうまく入らず、俺は再び尻餅をついてしまう。


「エクステンションには詠唱を必要とするものと、そうでないものがある」

レインが俺の肩を担ぎながら、口を開いた。

「詠唱は……機能の呼び出しですか?」

俺の質問にレインは「そうだ」と短く答える。

どんなエクステンションが出てきても、もはやあまり驚かない気がする。


「時間を停めたりする能力もあったりしそうですね」


俺が言うと、口を挟んだのはレインだった。

「一時的に自分の回りの動きを止める事はできるが、疑似的なモノだ。

時間だけは、この世界でも平等に流れる。

人類の時間に干渉することは、この世界の平等を冒涜する行為に等しい」

時間だけは平等か。


その言葉が、俺の中にスッと落ちる。

自由すぎる世界でも、時間だけは流れていく。


「エクステンションは色々です。お気に入りが見つかると良いですね」


ユエが俺の頭をなでながら言った。

そういえば、ユエはエクステンションの詠唱をしていなかったな。


「ユエは無意識レベルでエクステンションを使用できるのです。彼女は特別ですから」


口を挟んだのはラオだった。

ラオの言葉に、どこか含みがあるような気がしていたが……


「私はフツーです。誰でもできるです」


その横で、ユエはぷくーっと頬を膨らましていた。

ラオの前だと、ユエは少し反抗期の子供みたいな態度なんだな。


と微笑ましく思っていた。


-----------------------


気づくと、部屋は元の事務所に戻っていた。

ユエはユノの椅子へ座り、ラオはユエの横に立ち、レインはいつも通りコーヒーを飲んでいた。


ユエは、再びカメラで遊び始める。

その様子を、ラオが訝しげに見ている。

「大丈夫だって。ただのカメラだよ」

「よくわからない物をユエに与えるのは控えて頂きたい」

ラオからの苦言に、俺はため息を吐く。

「ユエが欲しいって自分で言った物なんだけど」

「ですから、その場合は僕を通して頂きたいものです」


「ラオ」


俺とラオの口論に口を挟んだユエは、ラオを手招きする。


「何か?」


ユエの目線の高さにしゃがんだラオ。

そして、ユエはファインダーを覗く。


―――ピピッ、カシャ


撮られた写真に写ったのは、驚いた顔のラオ。

何なら少しブレてるしピントも微妙にあってない。


「難しいです。もう一回。動かないでラオ」

「は、はぁ」


困惑するラオと、真剣に写真を撮るユエ。何かを言いたげに二人を見守るレイン。

俺は、そんな光景を見ながら、レインが新たに淹れてくれたコーヒーをすする。


さっきまで恐怖を感じていたラオだが、ユエの前でたじろぐ姿は面白くもあった。


能力が自由でも、人間関係は不自由だ。

それぞれが誰かとのしがらみの中で生きている。


ハコブネに転生して2日目。

俺にも、しがらみはあるのだろうか。


少なくとも、このコーヒーが飲めなくなるのは寂しい。


to be continued

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