第5話「ココアとカメラ」
ユノは、事務所へは戻らずにそのままどこかへ出かけて行った。
ユノの代わりに社長椅子で胡坐をかいているユエに、レインはココアを淹れる。
「イオも飲むか?」
「あ、じゃあ頂きます」
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「エクステンションについて教えてほしい?」
「はい。ユノからレインさんが詳しいと」
「エクステンションも多岐にわたる。フェイシンのような身体拡張、それからダイレクトポータルのような実用機能。といったところかな」
レインは、俺の分のココアを差し出しながら説明を始める。
マグカップの取っ手をこちらに回してくれるあたり、彼のおもてなし力の高さを感じる。
そういえば、寒い日はよく母さんがココアを淹れてくれたっけ。
もう、あのココアを飲むことはできないんだろうな。
「聞いているか?」
「あ! えっと拡張と実用ですよね!
要するにスマホのアプリみたいな感じですかね?」
俺は取り繕うようにレインの問いに返答すると、彼は少し懐かしそうな顔をして俺を見る。
「スマホか……まあそういう認識で間違いない」
「スマホって何?」
俺とレインの話に割って入ったのはユエだった。
レインはユエの方を向いて、一拍おいて口を開く。
「俺が子供の頃にあったデバイスだ。電話やカメラ、通信端末などの用途で使える道具かな」
「電話? カメラ?? 不便です」
ユエは首をかしげる。
そういえば、ユエやレインは実年齢だけで考えれば、俺よりも年下というか、未来人になるんだよな。
と、ふたりの会話を聞きながら考えていた。
「というか、ユエは電話もカメラも知らないの?」
俺がふとした疑問を投げかけると、ユエはゆっくりと頷く。
「じゃあカメラはどうするの? 記録撮るのに必要でしょ?」
「目で見た物をデータにするです」
ユエは自分の視界を念写したと思われる映像を中空に映し出した。
「じゃあ、電話はどうするの?」
俺が聞くと、
(これでできます)
「脳内に直接??」
ユエは口を動かしていないのに俺の脳内にユエの声が聞こえた。
便利な機能だなと思いつつも、これはこれで色々とトラブルになりそうだ。
「話が脱線したな」
俺とユエはレインの咳払いで再び話を聞き始める。
「ビューショットも、ダイレクトコールも、エクステンションだ。
他にも音を録音できたり、記憶やデータベースから物体を生成することもできる」
「本当に何でも自由なんですね。ユノが手をかざしただけでビルを治してたのも納得だ」
俺がそう言うと、レインは一瞬眉間にしわを寄せる。
「ものによってはそういう物もあるな」
と言った。
几帳面な彼としてはビルを破壊されるのはあまり望むところではないのだろうか。
でも、治したなら別にいいと思うが。
「もしかして、そういう造形とかはセンスが出たり?」
頭脳すら補完するハコブネだが、ここはさすがに本人の能力に由来しそうだ。
俺が聞くと、レインは再び背筋を伸ばして俺の方に向き直る。
「君の時代には既に生成AIがあっただろう?
ハコブネでは美的センスもAIが補正してくれる。ハコブネではあまり役に立たないな」
レインの話を聞きながらココアに視線を落とす俺。
じゃあ例えば、このココアを俺が淹れたら、同じ味になるのだろうか。
なら、昔飲んだ母のココアも。データとして再現できるんだろうか……。
「そういえば、フェイシンと違って、さっきの写真と通話は呪文みたいなの唱えてなかったですよね?」
ふと浮かびかけた暗い感情をごまかす様に、俺はユエとのやり取りについての疑問をレインに質問する。
レインは「ああ」と口を開き、飲みかけのコーヒーをテーブルに置いた。
「いくつかの機能は、エクステンションとして呼び出さずとも、念じるだけで起動できる。
やり方は……慣れろ」
なんという投げやり。管理者なんだから、少しその辺のサポートをしてほしいところだ。
レインの言葉に眉をひそめていると、ユエが念話で話しかけてきた。
(イオ。私の言葉が聴こえますか? 私は直接脳内に語り掛けています)
(直接脳内に語り掛けられるの、ちょっと不気味なんだけど……)
「!!」
ユエとの念話が、無意識で成立する。
「イメージが構築できれば、大概のことはエクステンションが自動補完してくれる」
レインの言葉に俺は唖然として、口を開いた。
言われた事を確認するように、俺は先ほどのユエが見せた念写を試したり、先ほど話題に出たスマホを具現化するイメージをする。
すると、面白いように俺の思った事が目の前でいとも簡単に実現する。
「チートだこれ」
「仕様だ」
「でも、これじゃあ何でもできるじゃないんですか?」
「そうでもない。エクステンションはリソースの中の出来事だ。
ユエのフェイシンだって空を自由に飛び回ることは出来ない。
エクステンションは、チートでもなんでもない。ルールの中の仕様だ」
はあ。と間抜けに返事をする俺だったが、それにしてもこれは便利すぎる。
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俺は先ほど作ったスマホを電話やカメラといった別の物に変換しながら、このハコブネの自由度の高さを肌で感じていた。
「それかわいいです!」
「え?」
ユエが俺の手元を指さす。
それは、俺が昔使っていた小型のデジタルカメラだった。
高校入学の時に、父から買ってもらった物だが、結局使いこなせなかったんだよな。
カメラの話をしていたから、つい作ってしまったのか。
俺は、ついこの前まで使っていたカメラの感触を懐かしく思う。
そうか。ユエにとってはカメラは新鮮なんだな。
俺にとっては、日常の道具でしかないんだけどな。
「よければ使ってみる?」
俺は、興味津々なユエにカメラを手渡す。
「ありがとう!」
ユエは無表情のまま、しかし目をキラキラと輝かせてカメラを見つめる。
持ち方逆なんだけどね……
レンズを自分に向けて覗き込んでるユエを見ながら、少し微笑ましくも感じていた。
「OM-DのE-M5か。見るのは初めてだ」
ユエが興味を示すのはわかるけど、意外だったのはレインが食いついてきたことだ。
「3年落ちの中古品ですけどね……」
と言いかけたところで気づく。この2人と、俺が生きた時間は地続きだけど別の場所なんだと。
「レインさんは現実だと何歳なんですか?」
「40歳だ。君より30歳は若い」
見た目18歳のレインだが、実年齢は40歳で、俺よりも30歳若い。
頭が混乱してきた。
「少し見てもいいかな?」
すっかりカメラを気に入ったユエは、レインに手渡すのを渋っているので、レインのためにもう一台同じものを作ってあげる。
「こういうの好きなんですか?」
「レトロなガジェットを調べるのが好きでな。
時計、カメラ、AV機器。過去の人々が作った機材は精巧で実に美しい」
彼は食い入るようにカメラを見つめる。
「よければ要りますか? たぶん動くと思うので」
「いいのか?」
「ええ。もちろん」
「そうか」
俺としては、想像の中の物を再現しただけなのに、レインは実に嬉しそうにカメラを見ていた。
「電子ファインダーのカメラは初めて使うな。
なるほど。これが噂に聞くZUIKOレンズか。ズーム域もかなり広い」
何やら専門用語らしいものを並べているレイン。
俺は、カメラを持ってはいたけど、よく仕組みは理解していないんだ。すまん。
「良いものをもらった。何かお礼をしたいのだけど」
「い、いやいいですよ!」
「しかし……」
律儀な男レイン。
俺としては気軽にあげたカメラで、そこまで感謝されると、逆に重いんだけど……。
「じゃ、じゃあ。今度コーヒーの淹れ方を教えてください!」
「そんなのでいいのか?」
このままだと、なんか大仰な謝礼を頂きそうだったので、コーヒーの淹れ方を教えてもらうことで納得してもらうことにした。
「このコーヒー美味しいですし!」
「そうか、豆にはこだわっているからな。今度、豆を取りに行くときは声を掛けよう。
あそこは大鬼の巣窟だが、俺がいれば問題なく切り抜けられる」
饒舌に語りだしたレイン。ん? 大鬼??
まあ、聞かなかったことにしよう。
ただ、規律正しい彼にも、健全な趣味があるようで安心した。
というか、俺もオタク趣味を持つ人間のはしくれとして、彼とはなんだかんだ気が合いそうだった。
「これどう使うですか?」
ユエは初めて見る実物のカメラの使い方がわからないようだった。
しかし、未知のモノへの好奇心を抑えきれないようで、カメラを持って色々な角度から観察している。
俺は、カメラを持つユエの後ろから、電源を入れてあげる。
ファインダーを覗き、脇を締めるように伝えて、シャッターボタンに彼女の人差し指を移動してあげる。
そういえば、初めてカメラをもらったとき、父親にこんな風に撮り方を教わったっけ。
そう。もう戻れない世界。
この時代の父さんや母さんは、どうしているんだろうな。
もっとも、既に100歳を超えている両親が生きている保証もないし、知る由もない。
俺は、懐かしさと喪失感を感じたが、ユエはそんな俺をよそにファインダーをぎこちなく覗いている。
「こうやって、シャッターボタンを押すと撮れるよ」
「ボタン! 押すの気持ちいい」
物理ボタンなんて殆ど触ったことがないのだろう。
ユエはシャッターを意味もなく押している。
表情は相変わらず無表情だが、大げさなジェスチャーから、彼女が興奮していることは伝わってきた。
意外とガジェットオタクなレインと、ユエ。
生まれた時代は違うけど、こうして共有できるものもあるのだとわかった。
to be continued




