第4話「裸足の少女」
ビルを後にした俺たちは、無機質なビル群を歩いていた。
俯いて地面を見ながら歩く俺と、その前を陽気に歩くユノ。
今はこうしてユノの後ろをついて行けばいい。
だけどガイダンスが終わったら、俺はユノやレインと別れて、自分の行きたい場所にいくことになる。
行きたい場所も、やりたいこともない。なのに、好きにしろと言われても、正直どうしようもない。
「ん?」
「どうした?」
「いや、鳥?」
「鳥?」
ずっと地面を見ていた俺は、一瞬横切った黒い影を見落とさなかった。
「この町で鳥を見たことはないな」
ユノは上を見る。俺も。しかし何もいない。
「というか、この町は全然人がいないんですね?」
「ハハ、キミはゲームのタイトル画面を眺めるだけの趣味はあるかい?」
ユノはやれやれと手を上げる。
「なんですかその例え」
「この町をわかりやすく例えるなら、ここはいわばゲームのタイトル画面。スマホのホーム画面。
はじまりの街・オリジンアーカイブ
この街は誰のものでもない、通過するだけの場所。
運営者にとってはコンソール装置にすぎないビル群さ」
ビル群を見るユノ。ガラス張りの高層ビルは、無機質に景色を反射するだけ。
「あのビル群も、ただデータを集約するための箱に過ぎない」
あれらは、無機質な0と1の集合体ですらないと。彼女は言った。
と、そんなビルに俺は人影を見る。
「あれは?」
「ん?」
「あそこ」
「何もないけれど」
俺は、その人影を指さすが、そこには何もなかった。
「あれ? おかしいな。たしかにあそこに人の姿が…」
「それはこんな姿ですか?」
「うわあああぁあ!!!」
俺の視界に入ってきたのは、逆さまの少女の顔だった。
俺が思わず尻餅をつくと、少女は無表情のまま後ろに飛びのいた。
「やあユエ。おはよう」
「おはようユノ」
俺のことなんて気にせず、ユエと呼ばれた少女はユノとの談笑を始めた。
「きょうは散歩かな?」
「ドラゴンとの追いかけっこは飽きたから、久々にこっちに戻ってきたです」
彼女は、この世界で会った人の中では初めて見るタイプだ。
拙い敬語で話すユエは、無表情だが身振り手振りはやけに大きい。
彼女の容姿は一言で言えば、血色の良いキョンシーのような少女だ。
紺色のだぼだぼな中華服を揺らし、中華な帽子に大きな札を張り付けている。
ボブカットの黒髪を揺らし、無表情だが、無垢で幼げな表情。
ユノに必死に話しかける姿から、彼女は見た目以上に幼い印象を受ける。
「ユノ! 昨日の夜にドラゴンの巣に落ちてたです」
「ああ、ありがとう。こっちで処理しておくよ」
「うい」
ユエが、ユノに何かを手渡す。ユノはそれを受け取るとユエの帽子をポンポンと撫でる。
ユノとユエ。ユエの方が身長は多少高いが、やはりユエは幼く見える。
だが、俺がユエに持った違和感はそこだけではなかった。彼女の足元……
「なんで裸足なの?」
靴も履かず、裸足で地面を歩くユエ。
しかも、それを指摘しても意に介していない様子だ。
「なんとなく? 色々理由はあります」
「は、はぁ」
俺の質問に彼女は表情を変えずに首をかしげる。
「彼女はユエ。君と同じ一般ユーザーだ」
「あ、ああ。えと、イオです」
「ユエです。よろしくどーぞ」
ユエは、ユノの横にちょこんと立つと、俺のたどたどしい挨拶に対して丁寧に一礼した。
「あ、これはどうもご丁寧に」
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パタパタ、コツコツ、ペタペタ。
無機質なビル街に、3つの足音が響く。
というか、ユエもついてくるんだ…。
「そういえば、いきなり頭上に現れたけど、ユエはどこから来たの?」
俺の質問に、彼女は無言で人差し指を上空に立てた。
俺が彼女の指さした空中を見上げると、少し遅れてユエが大きく跳躍した。
「す、すごい」
「言っただろう。この世界は自由だ。
ユエほど自由自在に走り回るユーザーは他に居ないだろうけど」
ユノはユエを見上げながら、俺の横に歩み寄りながら説明してくれた。
ユエはビルの壁を歩いて見せると、忍者のようにビルの間を蹴りながらスルスルと俺たちの間に降りてきた。
「こんなこともできるんだ……」
「エクステンション(拡張機能)で誰でもできるさ」
エクステンション。レインが言っていた奴だ。
ユノの光の扉や、俺の着替えを一瞬で終わらせた機能。
既にこの世界では何度も見てきたものだが、本当に何でもありだ。
「俺にもできるの?」
俺が率直な疑問を投げかけると、ユエはこくりと無表情に頷く。
「真似して」
「は、はい」
ユエは俺の目の前に立ち、目を閉じてゆっくりと口を開く。
「エクステンション」
「……エクステンション」
ユエの指示通り、彼女の言葉を復唱する俺。
「飛星」
「フェイシン」
言葉を紡ぐと、俺の足元の感覚がフッと軽くなったのを感じた。
「足の裏で反発を操作する機能。
地面を蹴るイメージがわかりやすいです」
ユエは雑な説明を残して、手本と言わんばかりに、軽々と街灯にジャンプした。
街灯の上に立つ彼女は、何食わぬ顔で俺の目を見る。
やってみろってことね。
それを見て、俺も真似してみることにした。
足で地面を蹴るイメージ。
おぉ、確かにトランポリンの上に居るみたいな反発を感じる。
これで蹴りだすんだな!!
「困るよ君」
「すみません」a
俺は芸術的な射出を決め、目の前のガラス張りのビルに頭から突っ込んだ。
呆れたユノの声が聞こえるが、生憎ビルに上半身がめり込んでる状態では何も言い返せない。
というか、本当にこのガラスビルはただのハリボテなんだな。内部空間は真っ黒だ。
ユノとユエの助けでビルから引っこ抜かれた俺。
ユノはボロボロの俺を見てやれやれ、とこめかみに手を当てる。
その横でユエも同じポーズをとっている。
「やれやれ、誰がこのビルを治すのやら」
「やれやれ」
ユノの言葉に復唱するようにユエが言う。
そしてユエは、右足を持ち上げ、指先を器用に動かして見せる。
「靴があると、力が上手くコントロールできないかもです」
なるほど、靴を通すと反発が強すぎるのか。
「だから裸足なんだ」
「うい」
俺が言うと、ユエはこくりと頷く。
ユエの服装の意図がわかり、俺も彼女と同じように靴を脱いで裸足になった。
指に力を入れると、地面からの反発をより緻密に認識できる。
なるほど。これをコントロールするのか。
エクステンションは身体能力の拡張。あくまでコントロールするのは自分。
足の裏から反発を感じ、方向を決めて飛ぶだけ。簡単な話だ。
ドゴォという轟音と共に俺は地面に顔面から着陸する。
結果。俺はビル2棟の壁を貫通し、地面に大型のクレーターを作った。
「フェイシンは初期の高速移動エクステンションだからな」
ユノがこめかみに手を当てて、もう片方の手でビルの壁をなでる。
俺の作ったビルの穴は次々と埋まっていく。
申し訳ねぇ。
落ち込む俺の横にふわりと着地したユエは、俺の顔を覗き込んだ。
「もっと扱いやすいエクステンション。いくらでもあります」
そして、ユエは背伸びしながら腕を伸ばして俺の頭をなでる。
励ましてくれてるのかな。
「エクステンションについては、レインの方が詳しい。彼に教えてもらうといいよ」
「はい」
ユノはやれやれと言いながらレインの指南を受けることを提案する。
赤っ恥をかいた俺は、ばつの悪い状態で事務所へと戻ることになった。
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事務所に戻った俺がその話をレインにすると、彼はすすっていたコーヒーを盛大に吹き出してむせ込む。
一度咳ばらいをして、コーヒーカップをテーブルの上に置いたレインは、ポケットから白いハンカチを出して口元を拭いた。
「どうしたらそうなるんだ」
というレインだが、すぐにもう一度咳払いをして
「いや、ユノがビルを治したのなら問題ないか」
と、何やら現場の後処理について思考しているようだった。
一緒についてきたユエは、俺とレインなどお構いなしに、ユノがいつも座っている席に座る。
回転式の社長椅子でグルグルと回るユエ。自由だな……。
そう。この世界は自由だ。
ユエを見て、自由とは捉え方の問題だとも気づいた。
少なくとも、ユエはこうしてユノやレインとも普通に接しているようだし、ガイダンスが終わったら離れ離れというわけでもないのだろう。
なんなら、今後はユエに色々と面白いワールドを教えてもらってもいいかもしれない。
俺はまだ、この世界に生まれたばかり。答えを出すのは早計だろう。
to be continued




