27 呪い(1) ジェニファーSide
私は女性としては、最高の状況にあるのかもしれない。
結婚して、夫に溺愛されている。
他に何がいるのだろう。
ただ、私は遥か未来の感覚も持ち合わせている。
女性は自立して自分で稼ぐのが当たり前の時代の感覚だ。食べさせてもらえるだけだと、「結婚は人生の全て」だ。
結婚しか道がない19世紀の女性の地位は、かなり低い。
事業を起こす女性は少ない。
私は前世で持っていなかったヴィトンのトランクを持ち、前世で持っていなかったティファニーのストップウォッチである、ゴールドのティファニー・タイマーも持っている。前世で持っていなかったエルメスの高級馬具も持っている。
面白いのは、エルメスはまだ馬具しか作っていないし、エルメスの創業者が馬車の衰退を予見して、事業の軸を皮革製品に移すのはこれからの未来の話だ。私の起こした事業も遠い未来まで残って欲しいが、それは分からない。
19世紀に生きながらも、高価な品を、自分で起こした事業で得たお金を使って購入できる数少ない女性の一人が私だろう。だが、未来ではこれが当たり前になる。
「あなたのことを尊敬しておりますのよ」
パトリシアにしか見えないアンは、パトリシアそっくりの声で言ってきた。
なんだ、この茶番は。
バカにするのもいい加減にして欲しい。
アンドレア皇太子を私が取ってしまったのは、さぞ痛手だっただろう。それは分かる。パトリシアはおかしくなってしまったのだろうか。
「お家の状況はいかが?」
私はアンと名乗るパトリシアに単刀直入に聞いた。
「え?どういうこと?」
初めてぽかんとした表情をされた。
「クイーンズマディーノモベリー公爵家の台所が苦しいのはよく存じ上げていますのよ。どなたがメッツロイトンの会社からダイヤモンドを買ってくれるのか、よく存じ上げているわ。世界中のうちの顧客リストの中にクイーンズマディーノモベリー公爵家はないですわね」
私の言葉は、パトリシアにそっくりな令嬢の顔を引き攣らせるのに十分だった。
「私は裕福な殿方に嫁がなければならないの」
震える声で彼女は言葉を絞り出した。
「えぇ、今の時代がそうしなければならない務めがあるのは私もよく知っておりますわ。結婚しか道はないですわね。教えて欲しいの。あなたはパトリシアでしょう?」
「ち……ち……違うわっ!」
「バカにするのもいい加減になさいっ!」
私は彼女を一喝した。
「騙されると思ったら大間違いよ。この屋敷では魔力は効かないわよ」
彼女たちの真の目的を暴いて、現行犯逮捕する方法はないかしら?
「あなたが正直に告白すれば、私はクイーンズマディーノモベリー公爵家の台所事情を助けることができるかもしれない。でも、このままでは、私は逆のことをするわ」
目の前の女性は、もじもじとしながらドレスについたロゼッタ飾りをいじった。
「既に抵当に入っている土地を私は手に入れられるの。その方向で弁護士が調整しているわ。クイーンズマディーノモベリー公爵家の総差配人は誤っているわ。彼は失敗する可能性が高い。別の公爵家の破産を知っているでしょう。このままでは同じことが起きるわ」
クイーンズマディーノモベリー公爵家の領地のそれぞれには、私なりの開発計画がある。私が買い占めても、私には利益が出るはずだ。先の未来を知っているからだ。これから何がくるのか知っているだから。
うまくいっている他の土地は、非農業的事業で収入源泉の多様化が成功している。成功するには、土地と事業の適合性をよく見極めなければならない。
問題の総差配人は、観光用一大レジャー地を作ろうとしている。だが、適さない場所で仕掛けていた。鉄道なのか、港なのか、製鉄なのか、はたまた鉱山なのか。観光地だって、それで貴族が生き延びた歴史的事実はあるのを私は知っている。本気の賭けはするものではない。事業は慎重な計算の上に成り立つ。算盤を弾くには知識が要る。戦略も必要だ。
だが、クイーンズマディーノモベリー公爵家の今の選択は致命的だ。
考えてみれば、死に戻りする前は、3年後にはかなり黒い噂があった。5年後には確か、パトリシアがアンドレア皇太子と元鞘になり、私に別れを告げた頃だが、何か社交界には良くない噂があったと思う。ただ、私はよく覚えていない。覚えていない私は、かつてはダメな皇太子妃だったということだろうけれども。
「アンリ・ジャゲール伯爵は、なんと言ったのかしら?あなたは彼にアドバイスを求めていたでしょう?」
私がそう言うと、ガタガタとパトリシアにそっくりな令嬢は震え出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
彼女が着ているドレスには、黄色い絹サテンのリボン、最高級品だと分かるシャンティレースの装飾が贅沢にあしらわれていて、ベルトにも絹サテンのリボンが後ろについている。ロゼッタ飾りがポイントで付いていて、スカート裾にはプリーツとリボンの装飾があるドレスだ。
ロゼッタ飾りの真ん中にキラリと光る石が見えた。私がそっとさりげなくそれを指し示すと、横で私たちの様子を黙って見つめていたショーンがうなずいた。ショーンの表情は険しい。
ショーンは分かっている。
この石には魔力が込められている。私たちは青い鉱石が守ってくれるが、このロゼッタ飾りについている石がパトリシア自身を操っているのかもしれない。
「サルーンに案内しますわ、アンさま」
私はにっこりと微笑んで、アンと名乗る令嬢の手を取り、ショーンに合図をした。サルーンには父と兄が世界中から集めてきた石がある。玄関から入ってきた時は、鉱石だらけの展示品をショーンは見せなかったはずだ。兄は、信頼している人しかじっくりとそこを見せないのだから。
私にオデロー公爵と同じ特殊能力があれば……。
兄のショーンの心にテレパシーを送りたいが、私には何の力もない。
「石の妖精さんが教えてくれることは何かしらね」
私はそれとなくショーンを振り向いて言った。ショーンはハッとした表情になり、私にうなずいた。
ロゼッタ飾りの石のことが分かるのは、ショーンが集めてきたガラクタのような石の妖精かもしれない。私は兄の特殊能力を信じている。世界中を放浪して兄が夢中で集めてきたことには、何か意味のあることだと信じていた。




