24 それぞれの愛 アンドレアSide&ジェニファーSide
リーヴァイの言葉に、俺は思わずよろめくような衝撃を受けた。
俺はギルフォード・カースル5に住む子孫に、息が止まるほどの恋をした。時間を操ることのできるのは、その子孫だけだ。俺とジェニファーの間に未来で生まれる子供の可能性について、俺とリーヴァイだけが気づいた瞬間だった。
「ギルフォード・カースル5の時間を操る話は、実はジェニファーに聞くまで僕も知らなかったことなんだ。ドヴォラリティー伯爵家の誰も知らない。おそらく、他の貴族の誰一人知らない。オデロー公爵にすら僕はこのことを話していない。あなたに言われるまでは、ジェニファーすら知らなかったことだ」
リーヴァイの理知的な瞳は、同じ秘密に気づいた者同士の緊迫したものを感じさせるものだった。
俺は胸に手を当てて、過去の記憶を確認した。
俺は時間を操る魔法の球の話を祖父に聞いたのだ。確かに、誰ともこのことを話したことは今までなかった。
知られていない?
俺とジェニファーの子供が持つ可能性について、誰も気づいていないのか。
「俺はジェニファーにしか話していない。かつて皇帝だった祖父に聞いた話だ。思えば、父とも話したことがなかった。父が知っているのか分からない。俺とジェニファーの間に生まれる子供たち……このことに気づいたのが俺たちだけならば、決して誰にも悟られてはならないことかもしれない」
「えぇ、ヴィーラの持つ皇太子に伝わる能力と、メッツロイトン家の能力が交わる可能性は誰も予想のつかないことだった。何せ、メッツロイトン家は没落の一途を辿っていたのだから」
そうだ。
メッツロイトン家と言えば、世界中のガラクタの石を集めて回る奇行を繰り返す当主であるジェニファーの父と、その世継ぎであるジェニファーの兄で有名で、2人は陰で失笑はされても、敬われる存在ではなかったはずだ。貴族社会は常に冷酷だ。
「皇太子であるあなたは、死を回避して2年間時間を戻せる。ジェニファーは死を回避して5年間時間を戻せる。時間を操ることができる力を持つ子孫の子供は、両方の力を有する。あなたたちの子供は、とんでもない能力を獲得する可能性がある」
ジェニファーと俺が待ち焦がれる「ウィル」は、特別な子ということだろうか?
*** ジェニファーSide ***
唇が重なるたびに、私の心はどうしようもなく恋をしていると自覚する。
この熱くとろける思い。
何もかも捧げているのに、幸せでどうにかなりそうなのに、やがて私の前からこの素晴らしい愛は去る。
1877年の最高の瞬間がまもなく訪れる予感に、私は切ない思いを必死で追い払う。
勤勉に働こう。
お腹いっぱい食べられなかった没落令嬢の私が、いろとりどりの美しい最先端のドレスを手に取れる日々を過ごしているのだ。これは、やがて訪れる失墜に備える日々でもある。
全て自分の手で洗濯をして、料理もしていて、掃除もしていた人生は無駄ではないはずなのだ。私には遥か未来に生きた知識もある。
グレーのようなブルーのようなグリーンのような瞳が私を見つめて微笑む。夫は最高に魅力的だ。彼の魅力を言葉で表すのは難しい。
私はことが終わった後の幸せな余韻をかみしめながら、彼の温かい胸から抜け出して、完璧に身支度を整える。
時は1877年。ヴィーラの皇太子妃である私は最先端でファッショナブルなドレスを身に纏う。私はやがて生まれてくる子供たちの母なのだから。
あらゆる人たちに、私は皇太子妃にふさわしいと思ってもらう必要がある。未来の子供たちを守るために。
私はアンドレア皇太子にキスをしてから宮殿を出た。蒸気自動車を使って、実家のギルフォード・カースル5に向かった。最後に命を失った時は馬車だった。だから、私は結婚して正式に皇太子妃になった今は、なるべく蒸気自動車を愛用することに決めていた。
パラソルを差し出す侍女のリリアンは私に微笑んでいる。彼女はまだ若い。今回、ジェーンは私の侍女にはいない。ジェーンは敢えて私の侍女から外した。経験豊富なヤスカも私の侍女として、今回はすぐそばで仕えてくれている。
バッスルスタイルの透けるオーガンジーの生地で仕立てられたドレスは、座りやすいように工夫を施していた。
夏の陽光によく映えるオーガンジーのドレスは、ため息が出るほどの美しさだ。パリの最先端の帽子屋から購入した羽根のついた小さな帽子も私の頭の上にちょんと乗っている。時代と立場に応じたファッションをするTPOをわきまえた行動は重要だ。いつの時代も原則は同じなのだから。
兄のショーンに久しぶりに会えることに私の胸が弾んでいた。死に戻る前は、それほどショーンに会っていた記憶はなかった。父も兄もボロボロのスーツケースを引きずって世界中を旅していた。今回のやり直しでは、ダイヤモンド採掘事業で父と兄の能力に脚光が当たり、兄はいつになく幸せそうな笑顔を見せることが多いように思う。
ショーンの手紙では何か特別な報告があるといった話だった。前回の人生では、兄のショーンとアンドレア皇太子は何度か会ったことがあった。私と会うより、アンドレア皇太子と会うことが多かったような気がして、私はそのことを不思議に思い返した。
父と兄が持ち帰った石はガラクタとして、相変わらずサルーンを占領していた。しかし、朽ち果てる寸前だったギルフォード・カースル5の修復は確実に進んでいた。ガラクタに見える石ころが父と兄には特別な意味を持つのだ。他人の目にはガラクタでも、彼らにとっては光り輝く存在なのだ。
私と母は、そんな父と兄を尊敬していた。
何より、ダイヤモンド採掘における彼らの特殊な能力は開花しており、かつて父と兄を陰で失笑していた貴族たちは、私の父と兄に会いたがってこぞって手紙を送ってきていた。私は父と兄が認められ、輝きを放つ父と兄の力に深い感動を覚えていた。死に戻りする前の状況を知っているだけに。
「ジェニファーさま、日差しがつようございます」
蒸気自動車の屋根の小洒落た幌をヤスカが取り出した。
「ジェニファーさまのお肌は白く美しいですが、これほど太陽の光を浴びるのはいかがなものかと思いますよ」
私はヤスカに礼を言って、優秀な日焼け止めが欲しいと思った。思わず、化粧品の開発に思いを馳せた。
服は多少自分でも動きやすいものを作っている。
時代に必要なものを自分で作り出すのは楽しい。
今度は日焼け止めと化粧水を作りたいと思った。無毒なものが欲しいから。
私はまだ、自分がなぜ命を失う羽目になったのか、知らなかった。
1877年の夏は素晴らしい夏だった。最初の恋以上に。
夫は私を溺愛していた。最初の恋以上に。




