23 あなたしかいない アンドロイド皇太子Side
俺は次にリーヴァイが何か言いかける前に、手をサッと上げて止めた。
「待って!言わないでくれるかっ?」
思わず、手を胸に当てて天を仰いだ。
怖い。聞くのがとてつもなく怖い。知らない方が良いことを俺は聞かされるのではないか。そんな不安がよぎって、リーヴァイに待ってくれと頼んだ。
さっきのリーヴァイが一瞬見せた反応から、「ウィル」はジェニファーにとって、何かとても重要な役割を果たす人物だと思えたから。
「待って。俺は聞かない方がいいことか?」
リーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵は、黙って俺の顔を見つめた。その表情からは何も読み取れない。
リーヴァイがまた口を開こうとしたので、俺はまた止めた。
「待て!待て待て待て!待ってくれ!」
俺はとっさに叫んで、両手で自分の髪をぐしゃぐしゃにかき乱しながら歩き回った。
「ジェニファーは俺の最高の妻だ。ジェニファーは確実に俺のことを愛してくれている。俺は彼女のことが息が止まるほど最高に好きだ。だから……」
思わずよろめく。真実を知るのが怖いのか、知りたいのか、よく分からなくなる。俺は自分で何を言っているのか分からなくなった。
「ウィルが誰かなんてことは、どうでもいいことなんだ……そうだろう?」
俺は自分に言い聞かせて、また髪をぐしゃぐしゃにしながら歩き回った。
リーヴァイはそんな俺を、何の表情も読み取れない顔でただ黙って見つめていた。いつも理知的な落ち着きを宿している瞳が、キラリと光った気がした。
今年は、人生最高の夏だ。それをここで終わらせたくない。最愛の妻に出会えた。ジェニファーという可愛らしくて、実家を自力で再建するために奔走する女性で、俺にはない先見の明を持っていて、何より彼女と二度と離れたくないと思える女性だ。
不思議な魅力のある女性だ。
一瞬の煌めきとは思えない恋をした。太陽が力強く世界を照らすように、俺は彼女の世界を明るく照らす夫でありたい。
抱きたいが、ただ抱きたいという強烈な衝動を超えた存在で、遥か未来でも一緒にいたいと思える可愛いジェニファー。
「ウィルは特別な存在だ」
俺はリーヴァイのその言葉によろめいて、床に思わずひざまづいた。
「待ってとお願いしたのに……リーヴァイッ!」
俺はリーヴァイの言葉に打ちのめされた。
「ウィルはあなたとジェニファーの息子だ」
「は?」
次の瞬間、俺はぽかんとしてリーヴァイを見つめた。
「いや、生まれたらそういう名前にしようという話は確かにしたが……?」
俺は意味が分からなかった。リーヴァイを見た。
彼は一体何を言っているんだ?
「それだ」
「えっ!何がそれだ?」
「だから……これから生まれる未来の皇帝となる子が、つまり、あなたとジェニファーの子の名前が、ウィルなんだ。あなたとジェニファーはそう決めたんでしょう?」
いや、そんな話をしたのはついさっきであって……?
「そんなことは決めていない。さっき、話の流れでそういう話になっただけだ」
「そうか。ジェニファーはあなたとの最初の子の名前はウィルにしたいと言っていたんだ。僕が知っているのはそれだけです」
ジェニファーの心の中にいるウィルのことなんて、知らないとリーヴァイは断言した。
「ジェニファーの心の中にはあなたしかいない。そのことはよく知っているでしょう?」
そうだろうか。
確かに、俺がジェニファーの初めての相手なのは俺自身がよく知っている。あのプライベートな小さな教会での結婚式の後、確かに俺は……あのオーガンジーのドレス着たとてつもなく魅力的な色っぽいジェニファーを思い出して……俺は頭を抱えた。
オーガンジーをふんだんに使った半透明でシアー感のある、エレガントなウェディングドレス姿のジェニファーが森の中を俺の元に歩いてくる姿が頭に蘇る。ブロンドのような赤褐色のような不思議な色の柔らかい髪が陽光に輝き、俺の胸の鼓動が早鐘のように打っていた瞬間だ。
「ジェニファーの心の中にはあなたとのことしかない。思いませんか?ジェニファーは遥か先を見通して行動をする癖があると」
そうリーヴァイに言われて、俺はハッとして顔を上げた。
確かにそうだ。
彼女はよく先々のことを見通して行動するように思う。
「ジェニファーは、あなたとの間に生まれる子供を待ち遠しく思っています。その子の名前をジェニファーは最初から決めていた。とても待ちきれないから」
リーヴァイの言葉が俺の胸の中にスッと入ってきた。
「それは分かった。それは、過去と未来の交差点みたいなものだろうか。俺との未来で起こることをジェニファーは待ち望んでいて、子供の名前を既に決めていた、ということか」
俺のひとりごとをリーヴァイは静かに聞いていた。
「メッツロイトン家の栄光が過去のものとなり、随分前からメッツロイトン家は朽ち果てようとしていた。でも、それでもジェニファーは運命を切り拓こうと奮闘している。彼女は事業を起こした。それは未来をある程度見越して決めていたから」
リーヴァイの言葉を聞くと、ジェニファーが俺との子の未来を見据えて名前まで決めているのは、彼女からすると自然なことかもしれないと思えた。
「そうだな。ジェニファーの考え方ではごく自然なことなのかもしれないい」
俺はその嬉しい考えを受け入れようとした。
「でも、なぜウィルなのか?」
「それはジェニファーに直接聞いてくださいよ」
リーヴァイは俺に微笑んだ。
「そうか。リーヴァイでも分からないことか」
「えぇ、ジェニファーはあなただけを見つめていますから。僕になど話してくれませんよ」
俺はそう言われて、ほっとした。
釈然とはしないが、とにかく、そう言われてほっとしたのだ。そして、ある事実に思い当たって、体が震えた。
「ジェニファーは、俺との子が皇帝になる未来を見据えているのか」
俺は赤面した。嬉しさが込み上げてきたから。
俺に溺愛されて妻になったジェニファーは、当然皇帝の母になる未来を背負った。俺が皇帝になり、俺の子が皇帝になる。俺の子の名前をウィルと決めて、俺の子が皇帝になる未来をジェニファーは見据えているということか。
「う……うれしいぃっ!」
俺は思わず顔を覆った。
嬉しさでくすぐったく、少し感動して涙もこぼれそうだった。何よりそこまで見据えていてくれると分かれば、胸が熱くなる。信じられないほど愛している人から、自分が愛されていると感じて恥ずかしいような、満たされるような、なんとも言えない感情に包まれて、身悶えした。
胸の奥にとてつもなく温かいものが広がる。
涙が込み上げる。
「ありがとう。俺が考え過ぎていたようだ。そして、ジェニファーが俺を愛していると思い出させてくれてありがとう」
リーヴァイは力強くうなずいた。
俺とリーヴァイはがっしりと抱き合った。
「海辺のヴァカンスに行こうと思うのだが、君も一緒に来てくれれば、きっとジェニファーは向こうでも時々は仕事の話ができると思って、来てくれると思うんだ。リーヴァイも一緒に行かないか?」
俺は海辺の休暇に彼を誘ったが、あっけなく断られた。
「若い新婚夫妻の邪魔をするほど、野暮な人間ではないつもりだ」
リーヴァイはそう言って笑った。
「ギルフォード・カースル5のビリアードの死を回避する球、あのことを教えたのはあなたですね?時間を操ることができる魔法の特別な球のことです」
リーヴァイの次の質問に、俺は冷や水を浴びせられたような、奇妙な感覚に襲われた。泣きたいほどの温かさが胸に溢れた、胸打つ恋の感覚から、いきなり「死を回避する球」の話になったのだから。




