22 最愛の妻の心にいる人は? アンドロイド皇太子Side
ことの終わった後の満ち足りた特別な幸せの余韻は、ふとした瞬間にジェニファーの心の中にいるはずの「ウィル」によって、俺の心に影をさした。
彼女の柔らかい大切なカラダに触れたのは俺だけだと断言できるのに。
俺は彼女の動きを目で追ってしまう。白く陶器のような肌のジェニファーが頬を赤らめて、俺にキスをして、申し訳ばかりの服を身につけて、侍女の元に行った後、俺はしばらくベッドの中で動けなかった。
一体、「ウィル」は何者なんだ……?
1877年の雪の残る頃にジェニファーに泉で出会って、今はもう夏だ。ジェニファーは俺の最愛の妻になったが、「ウィル」の名前は、眠りながら泣いている彼女の口から偶然聞いたのが初めてだったと思う。
妻の心にいるのは、誰だ……?
彼女の青い瞳は迷いなく、俺を真っ直ぐに見つめている。でも、時々、俺をはるかに超えた遠くを見つめているように思う。彼女の心の中には大切な誰かがいて、彼女は彼のことを思っている。
産業が飛躍的に発展し、中産階級と呼ばれる階級が台頭してきているのが当たり前の今、高貴なる者の責務に焦点が当たる。19世紀は特権階級の責務が声高に叫ばれている。当然ながら、皇太子である俺にはより大きな責務が伴う。
妻の心の中にいる誰かに頭を悩ませている場合では、決してない。しかし、俺の心は最愛の妻の心の中に夫である俺以外の男性がいることに、切ない痛みを感じて、信じられない幸せな瞬間も身動きができなくなるほどだ。
息が止まるほど愛していると感じているのに、妻は俺を見ているのに、彼女の心には大切な誰かがいると感じてしまって仕方がない。
「アンドレア」
ジェニファーが身支度をして、俺の所にやってきた。
陽光に煌めく薄いオーガンジーの布で仕立てられたドレスを着ている。後ろの腰から下が高く張り出した、流行のバッスルスタイルだ。
彼女はファッショナブルだ。ただ、彼女はコルセットを身につける機会を必要最低限に留めている。彼女が宮殿内や実家のギルファオード・カースル5内で活動する時のために考案したパンツスタイルは、お尻の形がはっきりと分かり、それはそれはホットでセクシーだ。
俺はたまらないという思いでため息をつく。
薄いオーガンジーの布は肌移りが素晴らしく、彼女の魅力をよく引き立てていた。
何を着ても可愛い。
着なくても可愛いが、美しい仕立てのドレスを着ると、もっとさらに妖精のように美しい。
透明感あふれる肌にピンク色にほんのり上気した頬。生き生きと輝く瞳。込み上げる笑いを堪えているような、明るい幸せそうな桜色の唇。
俺は思わず、彼女の頬に手を伸ばして、その艶やかな頬に触れた。
「どこに行くの?」
「学校の無償化の相談よ」
「え?」
「うちの会社の財団を設立するのよ。久しぶりに帰国した兄と実家で話し合うのよ。ショーンの集めてきた鉱石はまた増えているのよ」
ジェニファーは楽しそうに微笑み、俺のおでこに軽いキスをすると部屋を出て行った。俺はすぐさま飛び起きた。
財団だって!?
ドヴォラリティー伯爵家に行こう。
ジェニファーはどんどん進んで行くのに、皇太子である俺が妻が恋しい、寂しいと寝ていては、最愛の妻にいつか見放されてしまう。俺は常にジェニファーに相応しい夫でいなければならないから。
メッツロイトン家の宝石の採掘は驚異的な利益を叩き出していた。ジェニファーは的確にどの地域に宝石が眠るか知っているかのようだったし、社交界では鉱物マニアと軽んじられて影口を叩かれるだけだった父と兄の力を彼女はとことん信じて、励まし、父と兄を力づけて、父と兄に自由に過ごしてもらいながらも、家族が1つにまとまっている。力強くメッツロイトン家が短期間に再興を遂げていく様は、圧巻だった。
販売経路の確保に、ジェニファーはリーヴァイの力を借りていた。各国の王家や裕福な貴族層、台頭してきた富裕層を相手に宝石を売買している。
そして、その利益を公益活動に活かすという確固たる信念は見上げたものだった。
彼女のビジネス・パートナーはリーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵だ。豊かな茶色い髪の毛を無造作にかきあげ、穏やかで理知的な輝きを宿すブラウンの瞳を持つ若きリーヴァイ。皇帝だった祖父がドヴォラリティー伯爵家の特殊能力について話してくれたが、リーヴァイにそれが備わっているのは間違いなさそうだ。的確にジェニファーを導いてくれている。
俺の次にジェニファーと過ごす時間が長いのは、リーヴァイだ。
とにかく、ジェニファーの隠された思いが何なのか、「ウィル」に関する何かの情報を知らないか、リーヴァイに聞こう。俺は今ではリーヴァイを信頼していた。
夏の煌めきは儚い。
力強く世界を照らしているのに、街路樹も何もかも緑で、道端に咲く花々も色鮮やかに生を謳歌しているのに、爽やかな風が吹く秋を皆が恋しがっている。
あの泉で午後は泳ごうかとふと考えた。
夏の2週間は海辺で過ごすのが当たり前だ。馬車だけの父と母の時代は貴族間だけの贅沢な習慣だったが、今や鉄道が普及して中産階級と言われる人々も海辺で過ごす。それなのに、ジェニファーと言えば、休暇よりビジネス、ビジネスだ。
避暑地での社交によって、彼女の知りたがっている社交界の人々ともっと気さくに交流できると説得しよう。
俺は蒸気自動車でドヴォラリティー伯爵家に向かいながら、リゾート地にジェニファーを連れて行く計画を考えていた。
「アンドレア皇太子さま、ようこそ」
「やあ、アーネスト。突然すまない」
すっかり顔馴染みになった執事と言葉を交わしながら、立派なドヴォラリティー家の廊下を案内されて歩く。向こうから走るようにリーヴァイがやってきた。驚いた顔をしている。
「アンドレア皇太子!ようこそ」
「やあ、リーヴァイ」
突然の訪問にリーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵は驚いていたが、快く俺を迎え入れてくれた。
「早速だが、単刀直入に聞かせてもらう。ウィルのことを知っているか?」
その名前を聞いたリーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵は明らかに動揺した。彼はハッとした表情になり、いつもの落ち着きを宿しているブラウンの瞳が俺の顔を凝視した。
「知っているんだな?」
俺はグッと足を踏み出して、リーヴァイの方に近づいた。
「ウィルは誰だ?」
途端にリーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵は目をしばたいて、落ち着きを取り戻した。彼は思わず、ふーっと大きなため息をついた。
「ジェニファーが話しているウィルですね?」




