15 恋のライバルとビジネスパートナー
気持ちの良い風が吹き込む。
まだ冷たいが、多少汗ばんでいる私には丁度良い加減だ。
今日は実家のランドリー・ルームで洗濯に精を出していた。男爵令嬢と言えども、ここまで没落するとほぼメイドと変わらない。
手でゴシゴシ洗いながら、考えに没頭するには最高の時間だった。空は晴れ上がり、絶好の洗濯日和なのだ。一気に洗って干してしまおうと、朝早くから息巻いて洗濯をせっせと続けていた。もう少しで終わる。
「お母様、私はしばらくランドリー・ルームと庭先にいるから」
そう母に告げて朝早くからランドリー・ルームと、洗濯物干し用の庭の一角を往復し始めて数時間たっている。
昨日、皇帝とアンドレア皇太子からクイーンズマディーノモベリー公爵含めて関係者全員に婚約破棄の申し出が伝えられたと聞いた。
パトリシアが本気を出して私を叩くのは、これからだ。
暴風を起こして私を吹き飛ばしてしまおうとした事件、私の一張羅ドレスがビリビリ裂ける事件。
この2つは終わったようで、終わっていない。再び彼女はやる。
盗人女狐呼ばわりされて(それはある意味事実だが)サロンで嘲笑われる事件。これもこれから。
だが、あの子たちに会うためには、私は心を鬼にして悪役を務め、何も悪くないパトリシアが婚約破棄されたのをただ眺めている姿勢に徹しなければならない。
アンドレアはパトリシアに愛がなかったと言う。やるせない。
その理由がもうダメだ。婚約が結ばれる前に、婚約が知れ渡る前に、他に打つ手はなかったのだろうかと考えてしまう。
私は、未来で夫が私を捨てた記憶をしっかりと持っているので、夫を冷めた目で見ることもできる。確かに美しく、魅力的な男であることは認めるが、子を3人もなしてから幼な子3人抱えた状態で捨てられた身としては、今のパトリシアに婚約破棄を言い渡す夫には正直イラっとはくる。
だが、彼には何か言いようのない魅力があるのだ。もう一度ベッドを共にできるかと言われると、前は絶対無理と思ったが、今は前よりはできる気がしている。
事業の方は、会社設立したとは言え、事務所の正式な店舗はまだない。登記上の代表者はジェニファー・メッツロイトン、住所はギルフォード・カースル5、事業の目的は鉱石の採掘と売買、商号(社名)「マテルルーチェ・メッツロイトン」として、法人登記した。
社名は、ラテン語で輝く母という意味に近い。死に戻ってやり直す目的を忘れないために、商号に願いを込めたのだ。
「ジェニファー、お客様よっ!」
母の声が遠くから聞こえる。サルーンからこちらに向かっているようだ。
私は慌てて残りの洗濯物をぎっちり絞って、外に干すためにカゴに放り込んだ。洗濯はこれで終わり!
お客様はおそらくリーヴァイだろう。ダイヤ売買のお金に関しての話で、今日、我が家であるギルフォード・カースル5を訪れると聞いていた。
こんな時間にここまで辿り着くということは、相当早くドヴォラリティー伯爵家を出たということだ。蒸気自動車に乗ってきたのだろうか。私が乗りたいと言っていたので、その可能性はある。
私は慌てて庭まで洗濯物の籠を抱えて走り、一気に干し始めた。リーヴァイがここまでくる前に、このメイド感あふれる仕事を終わらせてしまおう。
パタパタと干したばかりの洗濯物を手で整えてぁると、思いがけない声がした。
「あーら、こんなことまでしているの?」
私の背後から聞こえたのは、パトリシアの声だ。
「やあ、ジェニファー、仕事中にお邪魔してごめんよっ!」
その後息を切らしたリーヴァイの声が追いかけてきた。
ボロボロの幽霊屋敷であるギルフォード・カースル5に、傷心のクイーンズマディーノモベリー公爵の姪と、ビジネスパートナーであるドヴォラリティー伯爵が同時に現れたのだ。
私は思わず、洗濯物を叩くための棒を手に握りしめて身構えた。




