14 婚約破棄の余波 アンドレア皇太子Side
「どういう意味なのかしらっ!」
パトリシアは泣き崩れたが、ジェニファーも唇を噛み締めて震えていた。俺はパトリシアにまた謝った。
「すまない」
「……だから、4年後に返すってどういう意味かしらっ!?アンドレは……あなたはモノじゃないのですよっ!」
「ごめんなさい」
喚き散らすパトリシアにジェニファーは謝った。そして、パトリシアに震える声で静かに話した。
「でも、私を信じて欲しいの。あなたとアンドレア皇太子は、必ず4年後に結ばれる。私はアンドレア皇太子に結局は捨てられるわ」
「な……何を言っているんだ、ジェニファー!?」
あぁ、修羅場だ。何故ジェニファーがそんなことを言うのか、俺には分からない。
でも、どうパトリシアを説得したら良いのかも全く分からない。
『彼女は私たちを殺した第一容疑者よ。彼女の怒りをおさめる方法はないのかしら。殺すまでもないと思ってもらう必要がある。できるかどうかは別だけれど』
ぶつぶつと先ほどジェニファーが独り言をつぶやいていたのを俺は思い出した。彼女の話している内容が俺には分からなかった。今、パトリシアと同じく、ジェニファーが話していることが分からない。
逆上するパトリシアと対峙しているジェニファーは、4年後に俺がジェニファーを捨てると断言している。
呆気に取られてしまう。
でも、そう言いながら、ジェニファーは身を切られるような痛みを感じているような仕草をしている。
そのことを含めて、俺にはなんのことか理解できない。
「取引しましょう」
ジェニファーはまたパトリシアに持ちかけた。
「今、アンドレア皇太子の気持ちはあなたにはない。でも、必ず彼の気持ちはあなたの元に戻る。今まではあなたになかったアンドレア皇太子の気持ちが、必ずあなたの方に向くわ。その時は、私はキッパリと身を引きましょう。いいですか?どのみち、今はあなたの方に彼の気持ちはないのです!」
パトリシアはワナワナ震えながら、きっと唇を結び、俺の顔を睨むように見た。今、俺の気持ちがパトリシアにないことは事実だ。
俺はパトリシアにうなずいた。
「君に気持ちがどうしても向かないんだ。君と僕では幸せになれないよ、パトリシア」
ガシャーンと紅茶のカップが床に叩きつけられる音が響いた。パトリシアが泣きながら部屋を飛び出して行った。
俺は怪我をしたが、擦り傷程度で済んだ。
***
今、俺はアンドレア皇太子である事実を隠して、ジェニファーとカフェにいた。
ロンドンには2000軒ものカフェができていると聞く。我が国も同様だ。ザックリードハルトとパリの間に位置するヴィーラは、この大陸ではザックリードハルトに次に大きい国だ。ヴィクトリア女王の治めるイングランドのロンドンを羨望の眼差しで見つめるさまは、他の国と同じだ。しかし、国土の大きさでは他のほとんどの国々を圧倒しているのが、我が国だ。
俺の父はヴィーラの皇帝だが、皇位についてまだ5年足らず。先の皇帝は俺の祖父で、5年前に亡くなった。
俺たちはカフェで、コーヒーとケーキを頼んでいた。
俺のジェニファーと結婚する意思は固い。
「ねぇ、さっきの4年後に俺がパトリシアの元に走るという話だけれど、本気でそう思っている?奇妙な方法だけれど、あれは君がパトリシアを説得しようとして言っているだけだよね?」
ジェニファーの瞳が俺をじっと見つめるた。
少し切ない。
彼女の真剣な眼差しは、どこか悲しそうだ。
俺はジェニファーを抱きしめたくなる。
それなのに、ジェニファーは近寄りがたい、寄せ付けない雰囲気を漂わせている。表情が固く曇る。
「その時になれば分かることだから、今は話題を変えましょう」
ジェニファーにそう言われて、俺はため息をついた。そっと手を伸ばして彼女の頬に触れた。ジェニファーが思わず俺の手に顔を擦り寄せてきて、目をつぶった。
ジェニファーの瞳からゆっくりと涙がこぼれた。
「大好きよ」
ジェニファーは瞳を開けて、俺をじっと見つめた。青い瞳が俺の全てを見通すように見つめている。
とてつもない甘いな雰囲気だ。
「俺たちの結婚式を急ごう。結婚を誰にも邪魔させない」
リーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵がそっとカフェに入って来たのはその時だ。ジェニファーを見つけて、俺たちのテーブル席までやってきた。
「パトリシアがアンリ・ジャゲール伯爵の元に駆け込んだ」
俺はハッとしてリーヴァイの顔を見返した。リーヴァイが微かにうなずく。俺とジェニファーは、リーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵にパトリシアの動向を密かに確認して欲しいとお願いしていた。
「アンリ・ジャゲール伯爵?」
ジェニファーは首を傾げた。
「あぁ!あの預言者ね?赤毛の若い伯爵で、霊視ができる占いで有名な人ね」
「そうだ。彼にはいかがわしい噂が尽きない」
パトリシアは大丈夫だろうか。俺は真面目な魔女として有名だった彼女がいかがわしい霊視術をすると有名なアンリ・ジャゲールの元に駆け込んだことを心配に思った。
ジェニファーは、眉を顰めて何かが考え込んでいる。俺はリーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵に一緒の席に座るよう、すすめた。
俺はリーヴァイがジェニファーと仲が良すぎる点が気に食わないと思っていたが、会って話してみると、それほど嫌なやつではないと考え直した。
ハンサム過ぎるし、ジェニファーの庇護者のような態度が見え隠れすることにイライラはするし、頭が良過ぎる。だが、彼に商売っ気があることが分かると、少し考えを改めた。
ジェニファーが考えたダイヤモンド採掘会社の話に将来性を感じて投資をしたと聞いて、「なるほどな」と思うところがあったからだ。歴代のドヴォラリティーの先祖には、特殊能力があったと、皇帝だった祖父にかつて聞いたことがあったからだ。
それに、ジェニファーの実家のギルフォード・カースル5のサルーンの様子は圧巻だった。鉱石マニアの、ジェニファーの父と兄が集めてきたという世界中のヘンテコな石が陳列されている様を見たら、メッツロイトン家の特殊能力にも説得力があった。
ドヴォラリティー伯爵がメッツロイトン男爵家の特殊能力者と組むというなら、ビジネスのとしてうま味があるのが理由で、ジェニファーとリーヴァイ・ドヴォラリティーが一緒にいるのだと、自分に言い聞かせることができる。
「ジェニファー、一つ良い知らせがあるんだ」
「何かしら?」
ジェニファーは考え事をやめて、リーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵を見つめた。
「君の父上と兄上が、非常に大きなダイヤモンドを発見したそうだ。オデロー公爵から急ぎの知らせがあった」
おぉっ!?
俺は驚いてジェニファーとリーヴァイを交互に見つめた。ジェニファーはしばらくそのビッグニュースが飲み込めない様子で、ぽかんとした表情でリーヴァイを見つめていた。
「会社設立して最初の大発見ね。どなたが買ってくれるのかしら」
「イングランドで決まった」
「うわっ!」
ジェニファーは、リーヴァイと思わず手を取りあって喜び合った。
「待てっ!ちょっと待て待て待て待て」
俺はジェニファーとリーヴァイの手を引き離して、2人の手の間に自分の手を置いて喜び合う2人の間に自分を入れた。
小さい、せせこましい、と言われるかもしれないが、俺のジェニファーなのだ。俺が恋するジェニファーなのだ。
リーヴァイと言えども、ジェニファーの手を握るのはダメ。
「良かったな、ジェニファー、リーヴァイ」
俺は2人の手をがっちりつかんだまま、笑った。
パトリシアが奇妙で怪しげな霊媒師の元に駆け込んだというニュースを、俺たち3人は一瞬忘れかけていたのだ。




