08 ダメな力は光り輝く元かも
「もどかしいわ。モールス信号で今すぐに父と兄と連絡が取れないかしら」
「善は急げだ。今すぐにオデロー公爵の元に行こう」
「なぜ?」
「ジェニファー、オデロー公爵なら、君の願いを今すぐに叶えられる!」
父と兄と連絡が取りたいと願う私の話を聞いて、すぐに御者に馬車の支度をさせたドヴォラリティー伯爵は、私を連れて馬車に飛び乗った。
私たちの馬車が出て行った時、誰かが慌てて反対側の街路樹の影に隠れたのが見えて、ギョッとした。
―― まさか、ブレッチダービー公爵たちの手下に跡をつけられていたのかしら?
不安はある。
しかし、私は二度とブレッチダービー公爵やヒュームデヴォン伯爵とは手を組まないと決めている。
乗合馬車と違って、ドヴォラリティー伯爵家の馬車はふわふわの座席で座り心地が良く、私は思わず目をつぶってしまった。
ボロボロのカントリーハウス、ギルフォード・カースル5にも、よく考えればダウントン・アビーに出てくるようなサルーンがある。尖塔アーチが多用されており、階上まで吹き抜けていているあの円形の天井を保つ大広間のようなものだ。
壁には壁画が描かれている場所もある。
しかし、そのサルーンは今や他の用途に使われている。
それは、父と兄が世界中を旅して持ち帰ってきた、一見するとガラクタとしか言いようがない石の数々の陳列場所だ。整然と石が陳列されている様は圧巻だ。
円天井からほのかな外光が入り、幻想的で豪華な博物館のような趣になっている。
そうだ。
私の父と兄は筋金入りの変わり者だ。
前世の記憶が戻った視点で2人を見つめると、貴族の家に生まれた異端者だ。
いつもボロボロのマントを羽織って、大地に転がる石ころにきらきらと目を輝かせ、傷だらけのトランクを引きずって世界中を旅する偏屈者。
でも、神様に与えられたちょっとだけ特異な能力を活かせていないだけだとしたら……。
「オデロー公爵にも奇妙な特殊能力があってね」
目を瞑って考え事をしている私に、リーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵はささやいた。目を開けると、彼が私に微笑んでいた。この友人は、私のビジネスの話を聞いてから、ずっとイキイキとしている。
「オデロー公爵の特殊能力は、音魔術だ。彼は貿易船を多く所有しているのだが、モールス信号より早くて確実な方法で世界中の誰とでも連絡を取ることができる」
――それは携帯電話のようなものかしら?
私が首を傾げると、リーヴァイはそれ以上は説明しなかった。会えば分かるということだろう。
初めて訪問したオデロー公爵のお屋敷は、それはそれは立派なものだった。広大なカントリー・ハウスとは全く趣が違うが、当たり前のように屋敷中がピカピカにお手入れがされていた。資金は潤沢ということだ。疑いようもない財力の豊かさを物語っていた。使用人の頬が皆ピンク色で健康的だ。リーヴァイの住むドヴォラリティー伯爵家と同じ。
執事に通されて初めてオデロー公爵と対面した私は、少し緊張していた。
「やぁ、リーヴァイ、君が突然尋ねてくるなんて珍しいね」
大きなお腹をした(太鼓腹ともいう)オデロー公爵は、頭髪が少し薄くなり始めてはいるものの、威厳に溢れていて、気さくな人物だった。
「突然の訪問をお許しください。ビジネスのお話がありまして」
「ほう?」
「こちらは、メッツロイトン家のジェニファー嬢です」
「初めまして」
「おお、メッツロイントン家の?お父上は確か……石が大変お好きな方でしたよね。一度、スコットランドで偶然お会いしたことがありますよ。息子さんがまだ小さい時に、ご一緒に石を探してらっしゃった。お父上も皆様もお元気ですか?」
「えぇ。その小さな息子というのは私の兄のショーンでございます。おかげさまで皆元気でやっておりますわ」
私は父と兄を知っているオデロー公爵に親近感を覚えた。リーヴァイは説明を続けた。
「単刀直入に申し上げますと、ジェニファー嬢のお父上と兄上のショーンさんが希望岬のあたりにいるはずなのです。お二人を至急探していただきたいのです。そして、ビジネスの話がしたいのです」
オデロー公爵は、驚いた様子で私とリーヴァイを交互に見つめた。
「なんと。昨日の夕方、ちょうど私の船の2隻が希望岬に着くと連絡があったところです。スエズ運河ができたので、あの海難事故が多発するあのルートは最近は通らないようにしていました。すごい偶然ですね」
そう言いながらオデロー公爵は木のカップをポケットからおもむろに取り出した。それは、糸電話のようにカップの底から糸が出ているものだ。
重なっていた2つのカップを離し、オデロー公爵が「フッ」と息を吹きかけるともう一つのカップが一瞬で消えた。
「え?」
「ジェニファー嬢、これが音魔術でしてね。私の奇妙な特殊能力なんです。まぁ、これが役に立つのは戦争の時と私の貿易ぐらいでして」
オデロー公爵はそれだけ私に言うと、真面目な顔をして糸のついたカップを口元に持っていった。
「デビッド船長、話をしたいんだが」
何か言うたびに、カップを耳に持っていく。
完全な糸電話に見える。
子供の時代によく遊んだあの糸電話にしか見えない。だが、相手の心に魔力で言葉を到達させるという特殊魔術だ。電話の比ではない。テレパシーに近い。
「なんと!ショーン・メッツロイトン君が近くにいる?一緒に乗ってきていたのか。ではお父上のメッツロイトン氏を乗組員全員で手分けして探し出して欲しい」
私はリーヴァイと無言で顔を見合わせた。
幸運だ。
私はあっけに取られた。
そうか!
分かった。
5年前に殺された私には、味方がいなかった。
友もいなかった。
没落令嬢から、金を積まれていきなり悪役令嬢の役をやろうとした 。そんな私は、悪巧みをしていたブレッチダービー公爵やヒュームデヴォン伯爵のような者としか関わっていない。
少し視点を変えて、別の道を探そうと思ったら。
もしかしたら、味方や友が少しはできたのかもしれない。
それに、家族の風変わりな力。
ダメな能力と諦めて終わらせていた。
貴族社会の異端者で終わらせてしまっていた。
もしなしたら、ダメどころを輝かしい力に変えることができたのかもしれない。
私は前回は間違えていた点がある。
結局、デビッド船長の乗組員たちが、父を見つけてくれた。
イングランド領のケープタウンに向かう途中の寂れた小屋で兄を待っていた父を皆が見つけてくれたのだ。
私は驚く父と兄に、計画を打ち合けて共有した。
父と兄の興奮たるや、すごいものだった。
なぜなら、大好物のキラキラに輝く大きな石がすぐそばに沢山眠っているのだから。
涙ぐんだ声で父に「本当にあるんだね?」と聞かれた。
私はあるわ、と断言できた。
「お父様とお兄様の力はとても特別な力なの。力を貸して欲しいの」
そう言った時、なぜか二人は泣いていた。
私が皇太子妃になった時、父と兄は泣いて祝福してくれたが、それとは違う涙だと思う。咽びなく二人の涙声は、温かくて、家族が一つになったような不思議な感覚をくれた。
誰にでも、ダメな自分は、本当は違う見方をしたらダメじゃないと言ってくれる人がいたら、それだけで幸せなのかもしれない。
あの美しい男、アンドレア皇太子と結婚するだけでは、私の幸せの道は決まらない。
あの美しい男と結婚して、あの子たちに再会して、今度こそ守り抜く。父の孫と兄の甥っ子たちを守って見せる。
絶対に。何に変えても。
今度こそだ。




