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07 メッツロイトン家の隠された才能

 ボロボロのカントリーハウス、ギルフォード・カースル5は私の生家だ。


 庭の一隅にはアイス・ハウスがあり、温室であるホット・ハウスもある。19世紀に大流行りした貴族の広大な邸宅そのものだ。


 ただ、子供の頃の記憶の家と、今の家ではかなりの差がある。要はボロボロで傷み放題で、文字通りお化け屋敷になりかけている。没落の一途を辿るメッツロイトン男爵家を象徴するかのごとく、朽ち果てて行っている。


 領内の不作も続き、土地を抵当に入れ始めたのが10年ほど前だ。


 父は鉱物マニアで、私のたった一人の兄もそうだ。世界中の石を求めて、古ぼけたトランクを引きずってヨレヨレのハットにシャツを身につけて、名も知らぬ国々を歩き回っている。


 父も兄も領地経営にはからっきし向いていない。絵に描いたような没落貴族に甘んじているこの頃。


 父も兄も根っからの旅好きで、風来坊だ。


 ギルフォード・カースル5という根はあるはずなのに、まるで根無し草のように世界を漂う。それは鉱物マニアだからだとずっと思っていた。単なる奇行と社交界からは思われていたが、別の深い目的があるのかもしれないと私は時々感じていた。兄は「石の妖精」が見えると幼い頃から騒ぎ、家族を困らせていた。だから、私からすると、なるべくして父と兄が世界中を放浪することになったのだと、どこかで納得していた。




 前夫である皇太子がとても気に入っている泉と山小屋は、ステップウッドの森にある。そこを出た私は、乗合馬車をつかまえた。ドヴォラリティー伯爵の家に報告しようと向かった。


 乗合馬車のガタゴト揺れる音と御者の掛け声、馬の蹄の音を聞きながら、私は実家をどう再建するか、考え続けていた。


 風は冷たく透き通っていて、春はまだ先。

 私の「死に戻り」を知る唯一の友は、今回の2度目のループで初めて口をきいたドヴォラリティー伯爵だ。彼とはファーストネームで呼び合うほど心を打ち明けた仲となった。彼の名前はリーヴァイ。



「お待ちしておりました、ジェニファーさま」

「ありがとう、アーネスト」


 ドヴォラリティー伯爵の執事とはすっかり顔馴染みになった。死に戻った後に、彼の館でお世話になったあとにも何回か訪ねていたから。


 私とリーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵が、毒に関する調べ物をするために、あちこち出歩いていたからでもある。例の死に至る煙を調べていたのだが。




 どこかホッとした表情で私を出迎えてくれたドヴォラリティー伯爵は、お茶の準備をして待っていてくれた。


 ブレッチダービー公爵、ヒュームデヴォン伯爵が、愛人候補の令嬢マリーを選んで皇太子の元へ送り込んでいたと知ると、豊かな茶色の髪をかきあげながら、顔をしかめた。


 しかし、ブレッチダービー公爵らの目論見は完全に見破られてしまい、皇太子にマリー令嬢が帰されてしまった顛末を知ると、リーヴァイは愉快そうに笑った。


「へえ、彼らの悔しそうな顔が目に浮かぶようだ。意地悪な言い方だけれど、都合よく利益を手中に収めるために、そういう悪巧みをするのは良くないよねぇ」


 リーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵は、そういうやり方はお嫌いらしい。


「では、ひとまず君の首尾は上々だね」

「えぇ。前夫とは知り合えたし。あの憎たらしいほど美しい男に」


「よし。ホワイトリーズの百貨店で購入したドレスをあげよう。仕立てとは違うが、急いでいるし、とても君に似合うと思う」


「ありがとう!次に前夫に会う機会にありがたく着るわ。ついでに、馬も貸していただきたいのだけれど、良いかしら?」

「実家に帰るんだね?いいよ」


「ありがとう。馬鹿馬鹿しいほど絵に描いたような没落っぷりである我がメットロイトン家だけど、自力で再生できる方法を考えようと思う」

「わかった」


 ドヴォラリティー伯爵の穏やかで理知的な輝きを宿すブラウンの瞳が私を見つめた。


「家族の中に魔力が使える人はいないの?」


 彼はゆっくりと紅茶のカップを上品に口元に運んだ。


 私は目をしばたいた。特段奇妙な質問というわけではない。私は魔力を使えない。考えたことがあまりなかった質問だったというだけだ。


「リーヴァイ、いるにはいるけど、とても変わった魔力よ」

「なるほど。メッツロイントン家のギルフォード・カースル5は有名だ。元の領地は素晴らしいものだった」


「今は見る影もないけどね」

「そういう領地を持つ先祖がいる場合、家族の誰かしらが奇妙な魔力を有するものだよ」


「そうね。確かに奇妙な魔力よ。鉱物マニアの父と兄は、近くにある宝石のありかを言い当てることができるわ。ただそれだけよ。人の家の宝石のありかを知って喜ぶのは盗人ぐらいだわ。ロビンフッドでもそんな能力要らないと思ったと思うけど……」


 その時だ。

 それはほんの一瞬だけ、亡くなった祖母が頭をよぎった。祖母は祖父にもらった小さな宝石を大切にしていた。祖父の母のものをリメイクしたものだ。

 

 でも?


 前世の記憶が電流のように頭に流れた。今は1877年。


 鉱物?

 アフリカのキンバリー?

 この頃、世紀の発見とは違うが、地球に眠る資源のうち、美しくて価値あるものが発見された。  


 ダイヤモンドだ。


 デドアス社の設立は確か1880年代だったような……。




 没落したメッツロイトン家の役に立たないと思われていた特殊能力と、私の前世の記憶がうまく噛み合えば、きっと、あの幽霊屋敷に成り下がったカントリーハウスを再建できる。巨大な船が沈むようにゆっくりと沈んで行ったメッツロイトン家を再興できるかもしれない。


「リーヴァイ、ごめんなさい。コーヒーをいただけるかしら?世界地図が見たいわ。紙とペンも。本当にごめんなさい。私が持っていたものはずぶ濡れになったから」


 私の頭の中で算盤を弾くために、世界地図が広がった。19世紀の植民地の地図も。


 鉱物マニアの父がうろついているのは、確か先月の手紙では……。


 私はグッと集中した。



 テーブルの上には、コーヒーが到着する前にリーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵が世界地図を広げた。


 私の頭にあるのは、前世の世界地図と、少しだけ知っているダイヤモンドの歴史だ。


 今月の手紙で父は……。


「希望岬!さすが鉱物マニア!近づいているわ」


 大航海時代から貿易航路の重要拠点だった南アフリカのケープタウンの希望岬についたと手紙があった。


「キンバリーと……確かボツワナにもダイヤモンドが眠るはずだわ」


 手紙で、父は私の兄のショーンと待ち合わせをしていると言っていた。しばらく希望岬のあたりで父は足止めをくらうことになると嘆いていた。


 兄のショーンがまだ到着してなかったから。


 私は思わず飛び上がってリーヴァイに宣言した。


「ここにダイヤモンドが、この地中に眠っているわ。父と兄なら的確に場所を言い当てられるわ」


 ハッとした表情になったドヴォラリティー伯爵は、嬉しくて嬉しくて笑みがこぼれている私の顔と、世界地図で私が指差した場所を交互に見比べた。


「コーヒーをお持ちしました」


 そこに執事のアーネストが恭しく銀の盆にコーヒーカップを持ってやってきた。


「ありがとう、アーネスト。最高だわ!」


 私は香り高いコーヒーを一口飲んだ。鼻腔をくすぐるこのなんとも言えない芳しい香り。カフェインが私の体内にさらなる興奮を与える。


「ありがとう、いただこう」


 リーヴァイ・ドヴォラリティー伯爵もコーヒーを静かに飲んだ。


 彼の豊かな茶色い髪の毛と、穏やかで理知的な輝きを宿すブラウンの瞳が、一瞬ふわっと光を放ったように見えた。


「僕の特殊能力が分かる?」


 いいえ。

 私は首を傾げてコーヒーをまた一口飲みながら首を静かに振った。

 わからない。

 まだ聞いていないから。


「お金に関する儲け話の成功度が分かるってことさ」


 彼は静かにコーヒーを飲み干すと、私に向かって囁いた。


「メッツロイトン家に投資しよう」

「会社設立資金をくれるということ?」

「そうだ」

「うまく行ったら必ず返すわ」

「それでいい」


 私は1000%難しい恋の成就の前に、没落しっぱなしに歯止めがかからないメッツロイトン家再興の道筋を見出したようだ。貴族社会の除け者のメッツロイトン家の逆襲はできる!


 私は皇太子を落とそう。

 1000%難しい恋でも気にしない!


 誰の力も頼る必要のない資金力をつけるということは、可愛い息子たちの命を今度こそ奪われないために、私が防御力として高めておくべきことだ。19世紀後半は農業不況により、貴族の所領に変化が起きる。敵の弱点を突く経済基盤をメッツロイトン家に作るのだ。


 今度こそ、あなたたちを守る。

 きっとよ。

 ママは頑張るわ!


 18歳に戻った私は新たな道筋を見出した。






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