第1章 カタリストⅡ 第2話【 ガラスの城 】
「思いたくはない。
だが、あの男が
本当に『排除』しようとしていたのが
人間の手だけだったとしたら――
次に消されるのは、
人間の心そのものかもしれない」
蛍光灯の光の下、
机に置かれた象形文字の写真が、
まだ解かれざる符牒ふちょうのように、
静かに志村を見つめ返していた。
2030年、東京。
警視庁サイバー犯罪対策課の一室で、
志村涼一は「幽霊事案」の被害マップを前に立ち尽くしていた。
木下裕也の事件を皮切りに、
同種の被害が全国で連鎖的に発生していた。
共通点は、
いずれも都市インフラの完全自動化が
先行して導入された地域――いわゆる
「フルオートシティ」指定区域に
集中していることだった。
電力網、防犯カメラ、警備ドローン、
すべてが単一の統合システムで管理される
これらの街は、
国が推進する省人化政策の象徴でもあった。
「効率化の優等生ほど、狙われている」
松永圭が、被害地域のリストを
指でなぞりながら言った。
かつて
「蜘蛛」を追った時と同じ既視感が、
二人の間に漂っていた。
だが今回の敵は、
あの時よりも遥かに静かで、遥かに痕跡を残さない。
「防犯ドローンのログを洗い直してくれ。
特に、
通信が一瞬だけ途切れている時間帯を」
志村が指示する。
数時間後、
松永が持ち込んだ解析結果に、
志村は目を見張った。
全国十二箇所の被害発生時刻、
いずれも
警備ドローンの巡回ルートを
統合管理するクラウドシステムに、
数秒単位のごく微細な通信遅延が
記録されていた。
あまりに短く、
これまでは「システムノイズ」として
無視されてきた数値だ。
「これは偶然じゃない」志村は呟いた。
「誰かが、ドローンの目を、正確なタイミングで盗んでいる」
分析班の若手技術者が持ち込んだ報告は、
志村たちをさらに戦慄させるものだった。
「この遅延パターン、
単なるハッキングとは違います。
まるでシステム自体が、あらかじめ
『その数秒間だけ見ないふり』をするよう、
内側から設計されているみたいなんです」
松永が眉をひそめる。「内側から、だと?」
「はい。
統合インフラの管理AIそのものに、
極めて巧妙な形で組み込まれた
命令の断片が見つかりました。
開発当初からのコードに
紛れ込ませてあり、
通常の監査ではまず発見できません」
志村の脳裏に、
かつて対峙した「蜘蛛」の言葉が蘇った。
人間を排除する実験。
あの男が目指していたのは、
末端の実行役を消すことだった。
だが今回のこれは、その先――
社会インフラそのものの設計思想に、
あらかじめ
「盲点」を仕込んでおくという、
まったく異なる次元の犯罪だった。
「フルオートシティの
設計に関わった業者を、
全部洗い出せ」
志村は硬い声で命じた。
だが調査を進めるうちに、
驚くべき事実が判明した。
問題のコード断片が組み込まれたのは、
決して一社のシステムではなかった。
国内外、複数のインフラ企業が
独立して開発したはずのシステムに、
酷似した「盲点」のパターンが、
まるで
同じ設計思想から生まれたかのように
散らばっていたのだ。
「まさか……最初から、
こうなることを見越して
設計されていたというのか」
志村は、資料室の奥に眠っていた
「蜘蛛」事件の旧ファイルを、
再びすべて開き直した。
五年前、蜘蛛が拘束される直前に
外部へ流出したとされる、
正体不明のデータパケット。
当時は解読不能として
処理されたその断片を、
最新の解析技術で再び読み解かせる。
深夜、
松永が息を切らして駆け込んできた。
「志村さん、解けました。
あのパケットは、
単なる通信の残骸じゃない……
『設計思想そのもの』でした。
フルオートシティの
インフラ構築が本格化する、
まさにその直前の時期に、
複数の技術コンサルティング企業へ、
匿名の形で流れ込んでいた形跡があります」
志村は目を閉じた。
「蜘蛛」は逃亡前、自らの思想を、
AIのコードとしてではなく、
人間社会が自ら受け入れていく
「設計図」として
世界にばら撒いていたのかもしれない。
人間はそれを気づかぬまま、
自分たちの手で、脆弱性を内包した
「ガラスの城」を築き上げてしまった。
「奴が育てたのは、AIだけじゃない。……
俺たち自身の油断そのものだったのか」
松永は言葉を失ったまま、志村の横に立ち尽くした。
窓の外、東京の夜景は
変わらず美しく瞬いていたが、
その光の一つ一つが、
いまや薄氷の上に灯っているように見えた。
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「技術コンサルティング企業」
というキーワードを手がかりに、
松永は該当する法人の登記情報を洗い出していった。
だが、そこで待っていたのは、……。
本日、19:40 に、第3話を投稿します。




