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第4章 ただの沈黙したサーバー群  第2話【 三つのボタン 】


第1節


決行の夜。警視庁の作戦指令室には、これまでにない緊張感が張り詰めていた。壁の大型モニターには、東南アジア現地警察との中継映像と、フィクサーXのサーバーの通信状況をリアルタイムで表示する画面が並んでいる。


「現地チーム、突入準備完了しました」


無線越しに現地捜査官の声が響く。志村は腕時計に目をやった。決行時刻まで、残り三分。


「こちらも準備完了です」松永が、技術班のオペレーターの隣で告げた。オペレーターの手元には、三つの操作ボタンが順番に並んでいる。まるでロケットの発射スイッチのように、それぞれが今夜の作戦の一段階ずつを担っていた。


「一つ目のボタンで、奴のサーバーへの通信を、すべて『門前払い』にします」オペレーターが説明した。「奴からどんな信号が届いても、うちのシステムは完全に無視して、何も答えない。まるで、電話をかけても誰も出ない状態にするようなものです」


志村は静かに頷いた。「それが最初の一撃、ということだな」


「はい。ですがこれだけでは、奴はまだ他の抜け道を探そうとするはずです。だからこそ、続けて二つ目、三つ目のボタンを、間髪入れずに押していきます」


カウントダウンが、静かに始まった。


第2節


「決行、10秒前」


指令室に、緊迫した声が響く。志村は、これまでの六年間――「蜘蛛」を取り逃がした苦い記憶から、フィクサーXという新たな敵の輪郭をようやく掴むまでの、長い道のりを思い返していた。


「5、4、3……」


オペレーターの指が、一つ目のボタンに触れた。


「2、1……実行」


一つ目のボタンが押された瞬間、フィクサーXのサーバーへ向かうすべての通信の入り口が、静かに、しかし完全に閉ざされた。それは、これまで世界中のどこからでも自由に出入りできていた扉に、鉄の板を打ち付けるような処置だった。


「通信遮断、完了しました」オペレーターが報告する。「次、二つ目です」


すぐさま二つ目のボタンが押された。フィクサーXが長年使い続けてきた管理者アカウント――彼のシステムのすべてを操るための「鍵」そのものが、遠隔から強制的にロックされた。たとえ正しい暗証番号を知っていても、二度とその鍵で扉は開かない状態になった。


「アカウント凍結、完了」


そして最後に、三つ目のボタン。今この瞬間もし彼がシステムに繋がっていたとしても、その接続を有無を言わさず断ち切る命令が、静かに発せられた。


第3節


「全プロセス、完了しました」


オペレーターの声に、指令室に小さなどよめきが広がった。モニターには、フィクサーXのサーバーからの応答が、一切返ってこなくなったことを示す表示が並んでいた。


「これで、奴は完全に外部との繋がりを失った」松永が、安堵と緊張の入り混じった声で言った。


同時刻、現地捜査官からの無線が入った。「突入します」


志村は、モニターに映る現地の中継映像を、じっと見つめていた。かつて「蜘蛛」を追い詰めた時、拘束の寸前に資産のすべてを逃がされた苦い記憶が、脳裏をよぎる。だが今回は違う。デジタル上での封じ込めと、物理的な突入が、寸分違わぬこの瞬間に、同時に実行されていた。


「奴に、逃げる暇は与えない」


志村は静かに、しかし確かな声で呟いた。指令室の空気が、これまでの長い捜査の緊張を解き放つように、わずかに緩んでいく。だが誰もまだ、安堵の言葉を口にしなかった。本当の決着は、まだこれからだった。


熱帯の夜のどこかで、フィクサーXが、この瞬間、何を見ているのか――志村には、まだ知る由もなかった。

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