第4章 ただの沈黙したサーバー群 第1話【 最後の準備 】
作戦決行の三日前。警視庁の一室に、志村涼一、松永圭、そして技術班の主要メンバーが集まっていた。壁のスクリーンには、これまでの捜査で組み上げた「フィクサーXのシステム全体図」が映し出されている。
「奴のシステムは、ひとつの巨大な脳みそのようなものです」松永が図を指しながら説明した。「不正に集めたお金を隠すための口座、命令をやり取りするための通信経路、そして外部からの侵入者を跳ね返すための管理者権限――全部が、たった一つの管理者アカウントに集約されています」
志村は頷いた。「つまり、その管理者アカウントさえ止めれば、奴は指一本動かせなくなるということだな」
「はい。ただし、問題は『同時に』止めないといけないということです。どこか一箇所でも遅れれば、その隙に奴は逃げ道を作ってしまう」
技術班の担当者が、作戦の骨子を三つに分けて説明した。まず、フィクサーXのサーバーへ向かうすべての通信を、入り口の段階で完全に遮断すること。次に、彼が使っている管理者アカウントそのものを凍結すること。そして最後に、すでに繋がっている接続を、問答無用で強制的に切断すること。
「この三つを、寸分違わぬタイミングで実行する。それが今回の作戦の核だ」
第2節
「まず一つ目、『入り口を塞ぐ』についてです」
技術班の担当者は、志村と松永にも分かるよう、噛み砕いて説明を続けた。
「フィクサーXのサーバーは、世界中のどこからでもアクセスできるように設計されています。ですが逆に言えば、私たちが『このIPアドレスからの通信だけは絶対に受け付けない』と、サーバーの門番に命令することもできる。それが、いわゆる通信の遮断です。奴が何を送りつけてきても、返事すら返さず、すべて黙って捨てる」
「返事すら返さない、というのがミソだな」志村が呟いた。「奴に『拒絶された』という事実にすら、しばらく気づかせない」
「その通りです。次に二つ目、『鍵を取り上げる』段階に移ります。奴が使っている管理者アカウントそのものを、ログインできない状態に凍結します。たとえ正しいパスワードを知っていても、二度とその扉を開けられなくする」
松永が資料をめくりながら付け加えた。「これは、家の鍵そのものを取り替えてしまうようなものですね。合鍵をいくら持っていても、もう意味がない」
「そして三つ目が、今まさに部屋の中にいる相手を、力ずくで追い出す段階です」技術班の担当者が続けた。「たとえ今この瞬間、奴がシステムに繋がっていたとしても、その接続そのものを強制的に切ってしまう」
第3節
志村は、三段構えの作戦を頭の中で反芻していた。
「入り口を塞ぎ、鍵を取り上げ、部屋にいる相手を追い出す。……三つ揃って、初めて完全な包囲になるわけだ」
「はい」技術班の担当者が頷いた。「どれか一つでも欠ければ、奴は必ずその隙間から逃げ出す方法を見つけてしまいます。特に相手は、自分自身の身を守るためのAIまで持っている。人間の想像を超える速さで、逃げ道を計算してくる可能性があります」
松永が、これまでの長い捜査を思い返すように、静かに口を開いた。「蜘蛛の時は、拘束の直前に資産をすべて逃がされました。今回は、同じ轍を踏むわけにはいきません」
「だからこそ、今回は現地の警察とも完全に足並みを揃える」志村は言った。「デジタル上で奴の手足を封じるのと、物理的に奴の潜伏先へ踏み込むのを、寸分違わぬ同時刻に行う」
窓の外はすでに日が落ちていた。志村は資料を閉じ、静かに立ち上がった。
「三日後、すべてが決まる」
熱帯の夜と東京の夜、それぞれの時間の中で、決着の刻限が、確実に近づいていた。




