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第4章 ただの沈黙したサーバー群  第3話【 黒い画面 】

2031年冬。東南アジアの湿り気を帯びた熱帯夜。


フィクサーXは、

いつものように次の標的候補のデータを確認しようと、

自らのシステムへログインを試みていた。


だが、いつまで経っても、見慣れた管理画面が立ち上がらない。


「……遅いな」


彼は最初、単なる通信の不具合だと思っていた。


だが、何度キーを叩いても、画面に表示されるのは同じ文字列だけだった。


〈アクセスが拒否されました〉


苛立ちを覚えたフィクサーXは、別の経路からのログインを試みた。


予備として用意していたはずの、いくつもの迂回ルート。


だが、そのどれを試しても、結果は変わらなかった。


〈401 Unauthorized〉〈403 Forbidden〉


画面には、機械的な英数字だけが、感情のかけらもなく、淡々と並んでいた。


彼がどれほど正しい手順でアクセスしようとも、

システムはその要求を、まるで最初から存在しなかったかのように、

静かに、しかし完全に無視し続けた。


「……何が、起きている」


キーボードを叩く音が、次第に速く、そして荒くなっていく。


だがどれだけ手を動かしても、画面の向こうからは、何の応答も返ってこなかった。


フィクサーXは、ようやく気づき始めていた。


これは単なる通信障害でも、システムの不具合でもない。


誰かが、意図的に、彼のすべてのアクセス経路を、外側から塞ぎにきているのだ。


「まさか……」


彼は、

自らが長年使い続けてきた管理者アカウントの名を、震える指でもう一度打ち込んだ。


だが、返ってきたのは、これまでで最も冷たい応答だった。


〈このアカウントはロックされています〉


かつて彼は、自らのシステムをこう評していた。


「侵入なし、破壊なし。暴言も、流血も、内輪揉めもない」と。


人間の乱雑さをすべて排除した、完璧な論理の城。


だが今、その城の扉という扉が、

彼自身の意志とは無関係に、次々と閉ざされていた。


「俺は……完璧なネットワークを作ったはずだった」


その呟きは、

静まり返ったサーバーの排気音の中へと、儚く吸い込まれていった。


彼を締め出していたのは、暴走したAIでも、予期せぬバグでもなかった。


日本の警察組織、

そして彼を執念で追い続けた一人の刑事が、

五年以上の歳月をかけて組み上げてきた、正当な法の力そのものだった。


彼が長年見下してきた「人間の泥臭さ」――その執念こそが、

彼の完璧なはずのシステムを、静かに、しかし確実に、内側から崩していた。


フィクサーXは、もう一度だけ、力なくキーボードに指を置いた。


だが、

もはやどのコマンドを打ち込もうとも、

意味はないことを、彼自身が誰よりも理解していた。


2024年の「事案A」から始まった、長い潜伏の日々が、脳裏を駆け巡った。


案件屋たちが壁に刻んだ隠語を読み解き、

暗号資産の流出ルートを解析し、

人間の感情という「ノイズ」を、徹底的に排除しようとしてきた五年間。


だが、

どれほど精緻なシステムを組み上げようとも、

それを操っていたのは、常に彼自身という一人の「人間」だった。


そして、その人間が無意識のうちに残していたわずかな痕跡を、

泥臭く、粘り強く追い続けた日本の刑事によって、

彼は今、完全に追い詰められていた。


彼は静かに椅子から立ち上がり、電気の消えた部屋の窓辺へと歩み寄った。


眼下に広がる熱帯都市のネオンは、どこまでも眩しく、どこまでも冷たかった。


「……見事だよ」


フィクサーXは、誰に向けるでもなく、静かにそう呟いた。


遠くから、自らに迫る足音を感じ取りながら、

彼はもう、それを振り払おうとはしなかった。

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