第3章 警察が仕込んだ「人工的な癖」 第2話【 泳がされる者 】
「次の標的は、もう決まっている」
フィクサーXは静かに呟いた。
だが、その言葉とは裏腹に、
日本の刑事が張り巡らせた見えない糸は、
すでに彼のシステムの奥深くへと、
静かに忍び込み始めていた。
関西の民間警備会社への「観察」を
終えたフィクサーXのAIは、
予定通り、
次の実行段階へと移行していた。
標的は、大阪郊外に居を構える、
非上場企業の元オーナー一族の邸宅だった。
「これまでと変わらぬ手順だ」
フィクサーXは、
AIが提示した実行計画に目を通しながら、
いつもと同じ淡々とした様子でいた。
監視映像の差し替え、
スマート鍵の暗号なりすまし、
資産移転のシミュレーション――
すべてが過去の成功例に基づいて
精緻に組み上げられている。
彼が気づくはずもなかった。
その学習データの根幹に、
日本の警察が仕込んだ「人工的な癖」が、
静かに紛れ込んでいたことに。
実行予定日時が近づく中、志村と松永は、
関西の捜査本部と密に連携を取りながら、
固唾を飲んで状況を見守っていた。
「奴のAIが、仕込んだ癖ごと
『正常な通信パターン』として
学習していれば、実行の瞬間、
必ずその癖が犯行ログに現れるはずだ」
松永が緊張した面持ちで頷いた。
「もし、学習の過程で異常として弾かれていたら?」
「その時は、また一から出直すだけだ」
志村の声に迷いはなかったが、
その表情には、これまでの長い捜査で
積み重ねてきた重圧が滲んでいた。
実行予定の夜、
志村たちは大阪郊外の邸宅周辺に、
目立たぬ形で監視体制を敷いていた。
表向きは、
通常の巡回警備の強化としか見えない態勢だ。
フィクサーXのAIに、
人間の介在を察知させるわけにはいかない。
深夜、
邸宅のスマートホームサーバーへ、
これまでと同じパターンの
偽装信号が送り込まれ始めた。
監視カメラの映像が
録画データへと差し替えられ、
スマート鍵の認証がなりすまされていく。
すべてが、
過去の犯行と寸分違わぬ手順で進行していた。
「来た……」
技術班のモニターに、
フィクサーXのAIが送り込んだ
通信の詳細なログが、
リアルタイムで表示され始めた。
志村はその一行一行を、食い入るように見つめていた。
そして、実行プロセスの終盤――
資産移転のログの中に、
志村が仕込んだあの「人工的な癖」と、
まったく同一のパターンが、
確かに刻み込まれているのを発見した。
「……あった」
松永が息を呑んだ。
フィクサーXのAIは、
警察が意図的に混ぜ込んだノイズを、
疑うことなく
「本物の通信特徴」として学習し、
そのまま自らの犯行手順に組み込んでいたのだ。
その「癖」――
偽装された通信パターンの中に
埋め込まれた、
極めて特殊な暗号化の手法は、
実は特定の演算処理を経由する際にのみ
生じる、
微弱ながら唯一無二の「指紋」だった。
技術班は即座に、
その指紋を逆算する解析に取りかかった。
フィクサーXのAIが処理を行った際に
必ず経由するはずの、
特定のサーバー群の特徴が、
じわじわと絞り込まれていく。
「東南アジア……熱帯地域の
複数のデータセンターを経由している。
ここまでは、これまでの捜査と同じです」
松永が報告する。
だが、これまでと決定的に違う点があった。
今回得られた指紋データは、
単なる
通信経路の特定に留まらなかった。
仕込まれた癖そのものが、
AIの内部処理における
「学習済みモデルの構造の一部」を、
間接的に浮かび上がらせる
鍵となっていたのだ。
「奴のシステムそのものの輪郭が、
少しずつ見えてきている」
志村は静かに、
しかし確かな手応えを感じていた。
これまで、
常に後手に回り続けてきた戦いだった。
だが今、初めて、
フィクサーXの側が気づかぬうちに、
自らの「意志」の痕跡を、
日本の捜査線上に刻み込んでしまっていた。
熱帯の夜、フィクサーXはまだ、
自分が張った網の中に、逆に
自分自身が絡め取られ始めていることに、
気づいていなかった。
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技術班が導き出した
「学習済みモデルの構造の一部」
というデータは、
志村たちに新たな突破口をもたらした。
フィクサーXのAIは、……。
本日、19:40 に、第3章 第3話を投稿します。




