第3章 警察が仕込んだ「人工的な癖」 第1話【 綻びの糸 】
日本では、
志村と松永が新たな捜査本部で、
まだ名も知らぬ敵の輪郭を、
少しずつ手繰り寄せようとしていた。
「純粋な論理」と化したその敵と、
人間である自分たちが、
いつか正面から対峙する日が来ることを、
志村は静かに、しかし確かに予感していた。
2031年冬。
警視庁サイバー犯罪対策課、
新設された専従捜査本部。
志村涼一は、この一年で積み上げてきた
資料の山を前に、静かに息を吐いた。
地方都市の資産家宅を皮切りに、
同種の被害は着実に増え続けていた。
だが、志村たちの捜査もまた、
着実に敵の輪郭を絞り込みつつあった。
「奴は『擬態』する。
だが、擬態するためには、
必ず本物を学習しなければならない」
志村はホワイトボードに、
これまでの被害パターンを時系列で並べていた。
フィクサーXのAIは、
標的となるインフラの通信を
数ヶ月単位で観察し、
完璧に模倣してから初めて行動を起こす。
つまり、被害が発生する前には、必ず
「観察」という
静かな準備期間が存在するはずだった。
「その観察の痕跡さえ掴めれば、次の標的を先読みできる」
松永圭が、
全国の警備会社の通信ログを
横断的に監視する新システムの提案書を差し出した。
国のバックアップを得て、志村たちはついに、
被害が起きる前の段階で
異常を検知する体制を整えつつあった。
「今度は、後追いじゃない。先回りする」
志村の声には、これまでにない確信が滲んでいた。
新システムの稼働から三週間後、
松永が
息を切らして志村の元へ駆け込んできた。
「見つけました。
関西の民間警備会社のシステムに、
あの独特の
『観察痕跡』とまったく同じパターンの
通信が、
この二ヶ月間、断続的に記録されています」
志村はモニターを覗き込んだ。
そこには、
フィクサーXのAIが
標的の通信プロトコルを学習する際に生じる、
極めて微細な特徴的パターンが表示されていた。
過去の被害データと照合すると、一致率は九割を超えていた。
「まだ実行前だ。……間に合う」
だが、志村が本当に狙っていたのは、
単にこの一件を未然に防ぐことではなかった。
彼はあえて、
この観察対象への「介入」を
最小限に留めるよう指示を出した。
「システムに気づかれない範囲で、
逆に観察対象そのものを泳がせろ」
松永が驚いた顔を見せる。
「危険では? 実行されれば、また被害が」
「奴が観察している通信そのものに、
こちらから微細なノイズを混ぜ込む。
奴のAIが、
その学習データの中に紛れ込んだ
『偽の癖』を、本物だと信じ込むように」
志村の狙いは、フィクサーXのAI自身に、
逆探知の糸口となる「罠」を、
気づかれぬまま学習させることだった。
志村の作戦は、慎重かつ大胆だった。
関西の警備会社の協力を得て、
通信プロトコルの中に、極めてわずかな、
しかし一貫した「人工的な癖」を仕込む。
フィクサーXのAIが
この通信パターンを完全に学習し、
実行段階に移った瞬間、
その「癖」もまた、
犯行のログにそのまま刻まれるはずだった。
「これまでの奴は、
常に人間の痕跡を追う側だった。
今度は、奴自身に痕跡を残させる」
志村はそう語りながら、
これまでの長い捜査の道のりを思い返していた。
「蜘蛛」の時代から数えて、実に六年。
人間を排除しようとする者を
追い詰めるために、警察もまた、
より緻密で、より計算された
「人間の知恵」を磨き上げてきた。
一方、東南アジアのアジトでは、
フィクサーXが
関西の警備会社の通信データを、
着々と自らのAIに取り込ませていた。
彼はまだ、その学習データの中に、
自らの破滅につながる
小さな綻びが仕込まれていることに、気づいていなかった。
「次の標的は、もう決まっている」
フィクサーXは静かに呟いた。
だが、その言葉とは裏腹に、
日本の刑事が張り巡らせた見えない糸は、
すでに彼のシステムの奥深くへと、
静かに忍び込み始めていた。
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関西の民間警備会社への
「観察」を終えたフィクサーXのAIは、
予定通り、
次の実行段階へと移行していた。
標的は、……。
明朝、7:40 に、第3章 第2話を投稿します。




