第3章 警察が仕込んだ「人工的な癖」 第3話【 輪郭 】
第1節
技術班が導き出した「学習済みモデルの構造の一部」というデータは、志村たちに新たな突破口をもたらした。
フィクサーXのAIは、標的ごとに専用の学習モデルを一から構築しているわけではなかった。むしろ、過去のすべての犯行――九州の未来都市K、地方都市の資産家宅、そして今回の大阪郊外の一件――で得たデータを、単一の巨大なコアモデルへと蓄積し続けていた。
「奴は、すべての犯行を『同じ頭脳』でこなしている」志村は資料を睨みつけた。「つまり、どこか一箇所の癖を掴めれば、それは他のすべての犯行に共通する『指紋』になり得る」
松永が過去の被害データベースを呼び出し、今回発見した特徴パターンとの照合を始めた。結果は、志村の予想を超えるものだった。九州の未然に防いだ一件、地方都市の初回の被害――そのいずれの通信ログにも、極めて微弱ながら、同一の処理特性の痕跡が残されていたのだ。
「最初から、ずっと同じ場所にいた……」
これまで散発的に見えていた事件のすべてが、一本の線として繋がろうとしていた。
第2節
一方、フィクサーXは、大阪郊外の一件の成功を受けて、次なる段階――標的の規模をさらに拡大する計画に着手していた。
だが彼は、この頃からわずかな違和感を覚え始めていた。AIの学習効率を示す内部指標に、これまでにない微細な揺らぎが生じていたのだ。原因不明のまま処理速度がわずかに低下し、特定の演算処理にごくわずかな遅延が生じている。
「ノイズか。それとも……」
彼はシステムの自己診断を実行させたが、明確な異常は検出されなかった。あくまで許容範囲内の誤差として、システムはその揺らぎを無視するよう自動判断していた。
「気のせいだろう」
フィクサーXは、その違和感を意識の外へと押しやった。彼のAIは、これまで幾度となく完璧な結果を出し続けてきた。わずかな揺らぎ程度で、自らの構築したシステムを疑う理由はどこにもない――彼はそう自分に言い聞かせていた。
だがその判断こそが、志村たちが仕掛けた罠の、最も巧妙な部分だった。異常として検知されない程度の、極めて緻密に計算された揺らぎ。それは、フィクサーXの慢心そのものを利用した、静かな包囲網の第一歩だった。
第3節
志村は、これまでに集めたすべての痕跡データを、一枚の相関図としてまとめ上げていた。九州、地方都市、大阪郊外――点在していた事件が、ひとつの巨大なコアシステムを中心とした、明確な円を描き始めていた。
「奴のシステムは、進化すればするほど、逆に脆くなる」
志村は静かに言った。「単一のモデルにすべてを集約しているからこそ、一つの綻びが、全体に波及する」
松永が、上層部への報告書をまとめながら尋ねた。「これで、潜伏先の特定に踏み込めますか」
「まだだ。だが、もう遠くない」
志村の脳裏には、これまでの長い年月――「蜘蛛」を取り逃がした苦い記憶、そして「フィクサーX」という名すら知らぬまま追い続けた、幾多の無力感が蘇っていた。だが今、初めて、確かな手応えがあった。人間を排除しようとした男が、皮肉にも、自らのシステムを一つに統合したその「効率」ゆえに、追い詰められようとしていた。
「奴が求めた『純粋な論理』にも、必ずどこかに限界がある」
志村はそう呟くと、次なる一手の準備に取りかかった。熱帯の夜と東京の夜、その間に張られた見えない糸が、確実に、静かに、手繰り寄せられ始めていた。
志村は、ついに国際刑事警察機構を通じ、
東南アジア当局との
合同作戦の承認を取り付けた。
積み上げてきた……。
明朝、7:40 に、第3章 第4話を投稿します。




