砂浜の扉、訳の分からない存在。
ヒボシは私と少し距離をとりながら、私の腹部に手を当てて回復の魔術を行っている。私の事をえっちぃ奴だと思っちゃたのかな?
ヒボシの掌から出ている特殊な魔術を見ながら、ちゃんと恋すらした事無いのに……と、心でシクシクむせび泣いていた。
彼女の透き通るような薄水色の髪色と同じ色の光が、交戦中のオセロの盤面みたいに点滅して私の傷を癒す。まるでそこにある現象を強制的にベストな状態にするような絶対的な神々しさがそこにはあった。
「これ、すごいね。もう痛くなくなったよ」
私は自分の腹部を触る。かすり傷すらもう無い状態だ。
「よかった、ちゃんと効いて」
ヒボシは胸を撫でおろしたように息を吐いた。
「どんな傷でも治せるの?」
よく考えれば、不老不死でこんな治癒力がある魔術を持ってる存在って、途轍も無く凄いんじゃない……?
「ある程度はね、死んじゃってたら効かないし、破損部分が多くても効かないよ。あの時のラクノの場合はホントにギリギリ間に合ったて感じ。あの喫茶店でケーキ食べてなかったら私の再生が遅くって、たぶん間に合わなかったと思う……」
ケーキに生かされたの私……
「ケーキサマサマだね」
私が手を合わせて祈るとヒボシはクスクスと笑った。
「そだね」
「不老不死はどんな効果なの?」
相変わらずベッドに横になりながら、童話を読み聞かせてもらう幼児みたいに質問責めをする。
「さっきの回復魔術をもっと強力にしたやつが、ずっと発動してるって感じかな。体のどの部位を吹き飛ばされても食べられたとしても元の状態に戻るし、死んでも生き返るよ、時間かかる時もあるけど」
笑い話のように語ったその顔には、一瞬、陰があった。もしかすると、私が想像できないぐらい怖い目に会ってきたのかもしれない。パニックになりやすい子だと思っってたけど、今までのトラウマを考えれば当然なのかもと私は思った。
「大変だったね今まで……」
私はベッドから体を起こし、混じり気の無い同情の言葉をポロリと零した。
「ありがと……もう爪も髪も伸びないけど、ラクノといると心は変われる気ががする」
ヒボシは優し気な目をとろーんとほぐし、にっこりピースした。
「変えよーよ、一緒に」
私はヒボシのピースで離れる中指と人指し指をピッとつまんでくっつけた。
「そだね」
私達は指と指の温度を通して、お互いの心を幽かに感じ合った。
私の腹部が完全に治癒した後は、今日はもう疲れたから何もしないでおこうよという話になって、ずっとソファーなどでダラダラしていた。
ヒボシはゴロゴロしながらSNSや動画配信を見たりしている。一人でキャーとかウォーとか言ってるのを聞くと、ずっと一人だったんだな……って痛感して胸が痛くなったりもした。自分もそうなんだけど他人だと可哀想に感じてしまう。
私は昼寝したり、ソファー前にある100インチの巨大テレビを映画のように堪能して見たりしていた。
案の上、私達が居た複合商業施設の事が何局かで早速ニュースになっていた。ガラス窓から外を見れば地上は人だかりが出来ていてとても騒がしいし、空にはヘリが飛んでいる。
結構な大事になっちゃってるね……
しかし、どのチャンネルでも私達や鋼鉄の魔人に関する映像は一切流れてはいなかった。恐らくは鋼鉄の魔人の魔術による機器の干渉か、摂理がこの世界に相応しくない状況を実現しない様に働いたか、政府からの命令で規制になっているかだ。
このようなニュースは全国的に見れば特に珍しい訳では無い。やはり、政府や世間も関わり合いになりたくないと言う精神を貫いているから、数日すれば何もなかったかのような扱いをされる。
どうにもできない事に介入して取り返しのつかない事態になるより、平然と社会を回していきたい本能みたいなモノだろう。摂理はその選択に好意的みたく、その邪魔はどのような異形にも中々させはしないみたいだ。
しかし、それでもどうしようも無い時、類稀なる特異能力を持ち、あらゆる世界の存在と対等に渡り合う異形霊媒探偵達が事を片付けているとは噂レベルで聞いた事がある。街に現れた危険性の高い異形が忽然と消える事があるのは、もしかしてその存在達の仕業では無いかとも思ったりもする。
「ねぇ!ラクノこれ見て」
ソファーの反対側で深く腰掛けていたヒボシが、一気に真隣まで距離を寄せてくる。細い体の感触とふわっと香る女の子らしい匂いに私は包み込まれた。
愛情や友情を抜きにしても抱きしめたくなるような感覚に陥る私。
「どれだい?見せてみな」
童話の魔女みたいな、しわがれた声を出しながらヒボシのスマホを覗き込む。
「これだよ!駄菓子屋のおばあちゃん」
ちょっと勘違いしてるみたいだけど、楽しそうにしてるからよしとしますか。
「……ん」
海と砂浜が映っている動画だ。タイトルは「潮芦屋で異形発見!!!超激ヤバ映像!!!」で投稿時間は数時間前、丁度私達が鋼鉄の魔人と対峙していた時間辺りだ。
「なにこれ、芦屋浜じゃん!私結構行くよ?」
芦屋浜とは、兵庫県芦屋市にある海辺の高級住宅地だ。大阪湾に面した埋め立て地で、映像に映る潮芦屋と言う場所は芦屋浜の一部であり、人口砂浜が綺麗に整備された美しいビーチだ。
その最寄り駅は、私の自宅からだと電車で二十分もかからないので、偶に散歩に行ったりもする。
「見てて。やばいから」
ヒボシは私の顔のすぐ隣に顔を置き、眉をキュピーンと吊り上げて画面を凝視している。そんな探検隊みたいに張り切らなくても……
映像は、いつも通りのだだっ広い砂浜と気持ち良いぐらいに遮りの無いオーシャンビューだ、地平線も青く揺れている。
しかし……映像中央の砂浜の上に何かがあり、それが段々と存在を増していっている。
形になってきた。縦五メートル、横二メートル程の黒い光の枠。私達の受けた呪いの扉にとてもよく似ている。
私は食い入るように映像を見る。スマホを握るヒボシの指にも力が入る。
次の数秒で、その黒い光の枠は黒い鉄の扉となり重厚感を持って砂浜に君臨する。
そして、ゆっくりゆっくりと扉は開きだした……
「えっこわ。なにこれ……」
私がヒボシに言うと、彼女は静かに頷いた。
扉は完全に開く。
そこにあったのは……
『目』だった。
「え???何???目???大き過ぎない???」
私は映像のそれに見られているような感覚になって、ちょっと体をのけ反らす。
「異界の生物かなぁ?」
そうだろうけど……なんか次元が違う感じしない?
その巨大な扉ですら全ては移せない程の大きな目。
私達人間には、感情すら読み取れないような深淵な雰囲気だ。
それがバチっと瞬きすると風圧で砂煙が大きく舞った。
砂が動く現象のリアリティは、かつてあの砂浜で見た風によるものと完全に一致したので、これはフェイク動画では無く紛れの無い事実だろうと本能で理解した。
背筋が寒くなる、くっつくヒボシの体は緊張して震えている。
そして動画の最後、その目は忽然と消え、月明かりがやけに眩しい城のような場所が扉の中に映った。恐らくは異界なのだろう、この世の雰囲気とはかけ離れている。
次の瞬間、先程の目の主の物と思われる大樹のような一本のドス黒い指とその鋭い巻いた鉤爪が映り、パッと扉は形を消した。
「どうだった?」
怖がりの癖に、何をそんなに考古学者みたいなワクワクした目をしてるんだよヒボシちゃん……
「どうも何も、もう行けないよあそこ、国家級の化け物じゃんかあれ」
私はソファーに深く埋もれ天井を見つめた。
「敵かなぁ?」
敵っていうかー、敵にもなれない存在の気がするんだけど……
ヒボシが変な気を起こさないように敵とした方が都合良いかな。
「敵、敵、敵!ホ・ショ・ク・シャ!」
私は恐竜の真似をして、ヒボシの肩に顔を埋めガウガウっと唸る。近付いちゃダメだよの意味を込めて。
「くすぐったいよ!ふふふ。……ねぇラクノ?」
「ん?どしたの?ヒボシっち」
「世界ってさー、無限にあるのかもね」
ダメだ、夢を馳せる顔しちゃってるじゃん。
ヒボシは、ぐでんとソファーに寝そべり、その青く澄んだ瞳であらゆる世界を夢想しているようだった。




