え???待って、私の俗的な気持ち。
私達は複合商業施設から離れ、駅近くに流れる巨大な川の上にかかる橋を歩いている。私はまだ状況が把握しきれないままヒボシの後を付いて行く。
「何処向かってるの?」
まだ少し傷む腹部を抑えて歩きながらヒボシに言った。
「私の家、すぐそこなの。一旦安全な所行こ?」
ヒボシは穴の開いた服を恥ずかしそうに抑えている。
「うん」
私は確かに生きていると再確認する為、辺りを見渡した。
未だに、あの状況で何故自分が生きながらえたのかが本当に理解出来ないからだ。
空は澄み渡る晴天で、私達の歩く橋の下に広く流れる川はザァザァと地球の音色を立てている。
「夢じゃないよね?」
私がヒボシにそう言うと、彼女はピタリと止まり、振り返ってこう言った。
「大丈夫、夢じゃないよ」
ヒボシは目尻を下げなんとも言えない表情で私を見つめては手を握ってくれた。
橋の上を一迅の山風が駆け抜ける。
その眼差しと手の温もりから、ヒボシは間違いなく助かったという確信を持てる程の何かを知っている事が分かった。
取敢えず今はヒボシに任せよう。私達は再び歩き出した。
そこから二分もかからない場所に突如現れた高くそびえるタワーマンション、ヒボシはそこに躊躇無く入って行く。
もしかして、ここがヒボシの家?一人でこんな場所に住んでるんだ……
エレベーターに乗る際も、ヒボシは私の体を気遣い「大丈夫?」と心配そうに声を掛けてくれた。私的にはヒボシの方が大丈夫じゃなかったような気がするんだけれども……彼女が鋼鉄の魔人に腹を貫かれた光景がフラッシュバックする。
そんな間もエレベーターは重力を置き去りにし、ぐんぐんと高層に昇る。足の浮遊感が心にも影響してきた。
私はヒボシをツンツンと突っつく。ヒボシは溶けるように笑い私の肩にツンツンと返して言った。
「へへっ、幽霊じゃ無いよ!」
なにはともあれ……また一緒に居られる事が本当に嬉しい。
ヒボシの家へ到着すると、私は開放的な広さに圧倒された。
穏やかな電球色の照明が、ピッカピカで広々としたフローリングを照らしていて、まるでバレエ教室のような雰囲気だ。
スクリーンみたいな巨大なガラス窓から見えるのは、ブロックのように綺麗に整理されたジオラマの街並み、目下の武庫川を下流に沿って見ていけば、私の住んでいる街まで見える。この場所からさらに上流の方角に目を向ければ、鮮やかな緑で連なる山々が贅沢なまでに一望できる。
名塩ニュータウンまで見えるじゃない。
私は山の中にそびえる、忘れられた白都市のような場所に魅入った。ヨーロッパの海岸都市を山中に転移させたような見た目がとても好きで、偶に遠出の散歩として出掛けたりするのだ。
「はい、これ飲んで」
ヒボシがミネラルウォーターを渡してくれた。
「ありがと。立派なお家だね」
そう言った後、ペットボトルを垂直になるぐらいまで傾けて、ゴクゴクゴクと乾いた喉を一気に潤す。
「広いだけだよ」
ヒボシは私の真似でもするかのように、手に持つミネラルウォーターをグイッと傾ける。
二人でしばらく沈黙し、窓の外をぼーっと眺める。
先程の戦闘の映像が頭にまた過ぎった。
記憶に誘発されたかのように腹部が痛み出す。ギュっと抑えて顔をしかめた。
ヒボシはそんな私を見て、不安そうな顔で手を伸ばしてきた後、スッと止まり、小さな拳を握りしめた。
「ベッドいこっか?」
ヒボシの口から予想外な言葉が飛び出た。顔がチーンと赤くなっている。
え!!!
どゆこと???
そう言う感じ???うぇ???
どういう感じ???
待ってお腹痛い。いや、そうじゃなくて。お腹痛くなかったら良いとかでも無くて、でも、嫌とかそんなんでもなくて……え???
こんがらがって目をグルグル回し、シューシューと恥ずかしさの湯気を立てる私の手をヒボシはそっと握る。
「こっちだよ」
せ……積極的!
ホント待って!あぁ、イテテ。
痛みなんか忘れるぐらい、物凄く恥ずかしくなってきた私が俯いた目線の先には、ヒボシの淡いピンクの花柄靴下がフローリングをキュッキュっと滑るように歩いている。
かわいい靴下……
じゃなくって!考えなきゃ!
もしかしたらヒボシは凄く天然さんのウブさんで、九死に一生を二人で乗り超えた事に心が爆発とかしちゃっているのかも。
私はあれこれ考えるが、囚われの城から連れ出す王子様みたく握ってくる小さく柔らかいヒボシの手に反抗できず、ただ後ろを付いていく。
とうとう私達は寝室に入った。
ヒボシの寝室は簡素だが、少し風変りだった。
純白の綺麗なシーツの傍らには、小さな動物達のぬいぐるみ。ぞう、きりん、へび、どれもフワフワでまん丸お目目が可愛い。
しかし壁には、大きくミステリアスなポスターがあり、全体的に宇宙のような絵で中央にはピラミッドが描かれている。その内部は、黒、白、黄、赤と色分けされていて底知れぬ意味を象徴しているかのようだ。
この部屋の内部を見渡すだけで、彼女のあどけなさ、深淵さがよく分かる。
ヒボシはベッドの前に立って、キョロキョロしつつも私をしきりに見ながら、何か言いたそうにする。
今の内に、ちゃんと言っといた方がいいかな?段階とか大事かもだよ?みたいなのを。
え?待って?
段階?私はヒボシと段階を共に上る関係になりたいの?
勝手に妄想が膨らみ止まらない。今まで感じた事の無かった感情に、鼓動が跳ね上がる。
友情……だよね?この気持ちって……
……
ダメ……滅茶苦茶恥ずかし過ぎるよ、この気持ち。
「ラクノ……寝転んで」
えぇーーー!!!大っ胆!!!
さっきまで、文字通り生死を彷徨ってたのに、こんな俗的な気持ちになっていいの私?
もしかして、世界からのご褒美だったり?いやいや、馬鹿なのかな私。
確かに死の間際、ヒボシともっと喋ったりくっついたりしたかったって願った気もするけど……
私は、ヒボシの言葉にこくりと頷いて、ベッドに仰向けに寝転んだ。
「ちょっと痛いけど我慢してね、すぐ終わるから」
ヒボシの透き通る青い瞳が私の瞳を一直線に貫く。
えっ?えっ?うぇ?
あーーーもう。知らないんだからね!
「優しくがいいかな……私、経験とかないし……」
私はヒボシから目を反らし、熱のこもった吐息をこぼす。
「え?」
ヒボシはポカーンとした声を出し、首を傾げている。
「ん?」
私は目をパチクリとして、人形のように口角をあげた。
「回復のね……魔術だよ?私の能力……それと不老不死なの。言うの遅くてごめんね」
おーそーいよぉ!
私は全てに合点がいった。不老不死という衝撃的なワードも耳にしながら。
なのに……なのに私は、恥ずかしいやら、ちょっと惜しかったみたいな、煩悩に頭がぐるぐると占領されている。
「へーーーそうなんだぁ。あたし、てっきり……」
ミス。考えも無しに喋ったせいで墓穴を掘った気がする。
おっとりあどけないヒボシでも流石に気づいたらしく、ボンッと音を立てるくらいに恥ずかしさが爆発して、目がギビギビと揺れて硬直している。
「違う違う……えーっと違うのヒボシ!」
私の口から弁明の言葉が上手く出てくれない。
ヒボシの口がゆっくり開いた。何を言い出すか固唾を呑む私。
「その考えは……えっちぃ過ぎるかも……」
ヒボシは言った後、枕でバッと顔を隠した。
「あ……え……その……ごめんね」
なんで、私が謝ってるのよぉ。




