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鳥居をくぐる、フェニックス。

 なぜ私の世界はこうも苦しいのだろう?


 これから、すべてが変わるかもしれないと思った所なのに。


 ささやかな希望すら許してはもらえないのだろうか?




 ついさっきまで無邪気にケーキを頬張って、こっちまで幸せにしてくれるような笑顔を浮かべていたヒボシが、ボロ雑巾の様に投げ捨てられた。


 私の心の中にビッグバンみたいな衝撃が一瞬で広がり、それを通り越してはピタリと音もなく静止した。


 その静寂の中、望みなんて何も無いのだと、あらゆる事に愛想が尽きる気持ちが湧いた。


 ヒボシの名も呼ばなかった。


 きっともう助からないだろうし。


「もういいや」


 私は太刀を持つ手を緩める。


 ……


 鋼鉄の魔人は何の感情も無いように、腕についたヒボシの血をビシュッと振り払い、宙に浮遊しながら私に体を向けた。


 邪悪。ただそれだけの奴。


 私達はそんな奴にやられて終わるのだ。


 なんて……なんて……


 ちっぽけなんだろう。


 一体私が今まで感じてきた感動はなんだったんだろう?


 奴は、目にも止まらぬスピードで目前まで接近してきた。


 腕を大型の裁ちバサミみたく二本のブレードに変形させ、今この瞬間、私を真っ二つにしようとしてくる。


「考える時間ぐらい頂戴よ……」


 ブシュ―――!!!


 駆け足とジャンプの能力を極限に組み合わせ宙返りし、奴の攻撃を避けながらカウンターで奴の腕を切断した。


「ウヴォヴォヴォ!!!」


 奴は絶叫し膝をつく。切断面は鮮やかな朱色の炎がユラユラ揺れて燃焼している。


 それを冷ややかな目で見ていると、純粋な疑問が頭に過ぎってきた。


 私が死んだら誰がヒボシを悲しんであげるんだろ?


 あの子もずっと一人だったらしいし。


 ……


 せめて、この私だけでも弔ってあげなきゃ。


 痛い程に気持ちが分かる、この私だけでも。


 それすら許されないのは、流石に私……許せないよ。


 再び、心に火が灯る。


 ……生きなきゃな。


 生きなきゃ何も出来ない。


 そう思った瞬間、私の意識の中に無垢な赤を閉じ込めたガラス玉が浮かび、それが幻聴のようにバキバキと物凄い音を立てて割れた。


 同時に、膝をつく鋼鉄の魔人と私を一列に囲うように、炎とはまた違う朱色の流動が幾重にも出現した。それはまるで延々と続く鳥居の道のようだった。


 鋼鉄の魔人は周りを見渡した後、頭のヒレを毒々しい紫色に変色させ、鏡面の顔に理解出来ないと言うようにテレビのカラーバーのようなイメージを浮かべ出した。


「君さ、もしかしてビビってる?」


 私は温度の無い声でそう言った。


 奴は、私の言葉を理解したのかプライドを傷つけられたように猛烈に憤怒し、地面を渾身の勢いで殴った。


 その威力により、一瞬で巨大なクレーターが出来あがり、遅れて大波のように地面が隆起し私の方へと襲ってきた。


 私は跳躍し、そのコンクリートの大波を軽やかに飛び移る。


 まるでリズムをとって遊ぶようにそれを乗りこなす私に、奴は限界の怒りに達し、顔にノイズが走っている。


「最後ぐらい頑張らなきゃ……」


 変わり果てた施設を半ばどうでもいいやと虚ろに見ながらも一人で呟いた。


 脇腹には避けきれなかった隆起の破片が深く刺さっている。血がドクドク出て、ヒボシにお洒落と思って欲しくて着て来た服が真っ赤に染まっている。


 私の前髪を可愛いと褒めてくれたヒボシの顔が浮かんだ。


 沸々と心に湧いた悲しみが渦になって私を飲み込もうとする。


 私はそれから逃げるように全力で奴に駆け出す。


 奴は、腕を自身より巨大な斧に変え、どの生き物からも聞いたことないような声で雄たけびを上げる。


 私が地を蹴り流動する朱をくぐる度に、それらが私の魔圧に祝福みたく融合し、全能力が上昇するのを感じる。それは一瞬の出来事で、全てをくぐり奴に到達する頃には、まるで火の鳥が滑空しているような鮮やかで神聖な爆炎と超波撃を纏っていた。


 君もちっぽけだったんだね。


 ……


 私は邪悪な闇を貫いた。


 煌煌と赤く輝く太刀の残光を背後に残し着地する。


 脇腹を抑えながら振り返った。


 激しく光る十字閃光が一列に連なってまだ奴を貫き続けている、そして一瞬圧縮した後、特大に膨張し空間は眩さで埋め尽くされた。


 光と共に、奴の気配がシャボン玉みたくパチンと消えた。




 私はズキズキと傷む脇腹を抑え、ヨロヨロとヒボシの元へ向かう。


 ヒボシの傍らに座り、今にも途切れそうな息を整える。


 もう、少しも動かせそうに無い体を無理矢理動かしヒボシの顔を覗き込んだ。


 両方の目尻に涙の後があり、まだまつ毛が濡れている。


「ごめんね……ヒボシ」


 私は彼女の手を握る。冷たい、凄く冷たいのに、この子の手はまだ私の心を温かくしてくれる。


 朦朧とする意識の中、私は頬にツーっと涙を伝わせて言った。


「ヒボシ……ありがと…ね…友達……なって……くれ…て」


 私は、彼女の上に倒れこんだ。


 




 ……


 ……


 暗い意識の中、一つのイメージが浮かぶ。


 どこまでも続く穏やかな海に囲まれた孤島。


 その孤島は、しめ縄と紙垂でぐるりと囲われている。


 とても清らかな場所で、何一つ邪悪なモノは無い。


 千年樹で出来ているような特大な鳥居がある。


 その前には、島の半分の大きさの伽藍とした神社の本殿。


 誰も立ち入ってはいけない様な禁足地みたいだ。


 そこに誰かいる……


 誰?


 その存在が振り返る瞬間、イメージは消えた。




 再び暗闇。


 今度は凄く幸せな気分。脇腹ももう痛くない。


 私……天国に行けたのかな?


 暗闇の中、何かが私にポタポタと落ちてくる。


 とても優しくて少ししょっぱい。


「クノ……クノ……ラクノ!!!」


 あれ?ここ、さっきまでの場所じゃん……


 え……


 幻覚?


「ラクノ!!!起きて!!!お願いだから!!!」


 死んだはずのヒボシが、死んだはずの私を生きていた世界で抱きしめている。


 彼女の温かな体温と、私好みの匂いが五感に認識され、確かに生きていると感じる。


「……ヒボシ?」


ヒボシは私を正面から見て、涙で一杯の瞳を大きくを広げた後、私を体に取り込むぐらい抱き締めて言った。


「よかったよぉ……」


 泣きじゃくるヒボシ、そこに降りかかる照明に怪しい暗さはもう無かった。シャッターがガラガラと開く音がする。


 どうやら、私達は助かったらしい。

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