鋼鉄の破壊者、ただそれだけの奴。
別次元、もしくは異星からの来訪者であろう鋼鉄の魔人は、この世界の物質にストレスを与える程の圧倒的な魔圧を発して中央大階段を上って来る。
そして、真ん中の踊り場でピタリと止まり、ストリートピアノに目を向けた。
そのままじっと動かない。
「ピピピピアノ弾きたかっただけなのかなぁ??」
ヒボシはガクガクと震えた声で私に言う。
「そんなわけないでしょ。行くわよ」
私は奴に向けて刀を水平に構えながらヒボシを連れて、施設を反時計回りに徐々に移動する。
死角なる壁に遮られた一階へと繋がるエスカレーターの方へ向かう。
私だけなら、駆け足とジャンプの能力で逃げ切る事も可能かもしれないが、今はヒボシを守りつつ行動しないといけない。
しかし、それは至難の業なのだろうと私は直感している。
奴の魔圧や風格を見るに、デーモン級の異形かもしれないからだ。デーモンの異形は下級ですら滅多に現れる事は無いが、現れた際にはそれが隣町であっても数日、学校が休校となるぐらいの存在だ。
私達は止まったエスカレーターの上を、奴の気配を伺いながらゆっくり移動する。
奴からは私達は見えないが、私達からも勿論奴が見えず、状況がとても掴みにくい。やけに静かなのが余計に恐怖心を煽ってくる。
ヒボシは私の背にしがみつきガクガク震えている。
「大丈夫、ヒボシ?」
「ううん……凄く怖いよ……」
彼女は首をぶんぶんと振り、無駄な強がりの無い言葉を吐いた。
その言葉が、この子を守らなければという気持ちに繋がり、私は手に持つ朱色の太刀に魔力を込め覚悟の眼差しでその刀身を眺めた。
この太刀の現在の能力は、まず、元から備わる朱色の鮮やかな炎。これはいまいちよく分かって無いのだが、私達を追う闇属性の魔圧漂う異形達の弱点らしい。普段使う火とは全く違い、浄化の光に近い気がする。
そしてあと二つは、鉄兵の異形を倒して得た、金属もバターのように簡単に斬れる切れ味の能力と、ワニの異形を倒して得た鋭利さの能力だ。鋭利さが増したことにより、刃先の光の反射が赤い輝きを強めた。さらに、刃に沿う朱色の波紋がより濃く滲んでいる事を見るに、きっと威力が数段増したのだろう。
奴の能力さえ分かれば、一気にトップスピードで近寄り、勝負を決められるのに……
私が頭の中でシミュレーションを行っている最中、それを強制的にかき消す破滅的な破壊音が私達を襲った。
「きゃあああああああ」
ヒボシはパニックになり、私から離れてエスカレーターを駆け下りる。
「ヒボシダメ!!!」
彼女は恐らく、パニックに陥りやすい性格なのだろう、私の声など聞こえている感じがしない。子供のように泣きじゃくりながら、頭の中が真っ白みたいな滅茶苦茶な走り方をしている。
私は急いで後を追う。敷居の壁が無くなり、その時やっと何が起こったかを視認できた。
先程私達が居た辺りの壁は、大きく凹んでクレーターのようになり、大階段にあったピアノがその前に粉々に散乱している。ただぶつけたと言う感じでは無く、隕石でも落ちたかのような破損の仕方だ。もしあの破壊を素手で行ったのなら未知なレベルの怪力だろう。
奴自体は先程の場所から移動はしていなかった。鏡面の顔にルービックキューブの回転のような色彩を浮かべ、その横でヒレをヴェールの様にヒラヒラさせていた。
私は奴に注視しながらも、ヒボシに駆け寄り、背後を守りながら後に続いて移動する。
最初にいた場所とは反対側の出入り口のシャッターの前に着いた。ヒボシは小さな拳を握り、ドンドンドンとシャッターを叩く。
「お願いします!だれか開けて下さい!」
ダメだ、このままじゃ私達はあいつにやられる。
奴は針の茨マントをたなびかせ、中央大階段を下りて来る。きっと遊んでいるぐらいの感覚だろう。先ほどの破壊を成す筋力があれば、一蹴りと数秒でこの施設なんて縦断出来るに違いないのだから。
ヒボシは壊れたように叫びながらずっとシャッターを叩いている。
「ヒボシ!ねぇ!!ヒボシ!!!」
我を見失ったヒボシを揺さぶり正気を呼び起こそうとする。
ヒボシの目が喫茶店で楽しく話をしていた時のように徐々に戻る。
「ラクノ……もうやだよぉ」
ヒボシは我に帰った瞬間、あなたもいたんだ……というような顔をした。きっと、これは彼女に深く刻まれたトラウマのせいなのだろうと私は思った。
「大丈夫、大丈夫だから」
私はヒボシの頭を優しく撫でた。
「ごめんね……ホントに……」
ヒボシはポタポタと大粒の涙を流し出した。
いつもなら、異形と対峙する時、正直どうなってもいいやという考えが根底に軽くありながら本能で逃げたり戦ったりしていたが、今に関しては確実に勝たなければならないという使命感一色に心が染め上げられている。
これが、(誰かと一緒にいる)と言う事なのかな?
刀を握り直し奴を見る。
……
え?
奴は姿を消していた。
何処?
私はヒボシに向き直る。
……
え?
ヒボシいないじゃん……
私はいきなり一人になるという不可解な状況に鼓動が一気に跳ね上がった。
そして、見てはいけないモノが頭上にある気配を感じ、唾をゴクリと飲み込んだ。
全身に嫌な冷や汗を滲ませながら恐る恐る見上げる。
そこには……
鋭利で太い槍のように変形した鋼鉄の魔人の腕に腹を貫かれ、ぐったりと宙に垂れさがるヒボシの姿があった……




