フィロソファーズ・ストーン、見てみたいわね。
私とヒボシは、その女性に案内されて占いの館の中へ入った。
女性……
私達と変わらない年齢にも見えるが、風格が遙に別物に感じる。
静かでありながら、全てを満たすエーテルのような魔圧量、こんなの初めてだ。
洞窟みたいに暗くて狭い室内は、ランタンによる青白い炎の灯かりで僅かに照らされている。
暗幕で仕切られている場所があり、彼女は「さぁ……」と私達をその中へ誘導し、座椅子へと着席させては、自らも対面の椅子に座った。
私達と闇端ロワクの間のテーブルの上には、大型の水晶みたいな丸い宝石がある。その物体は竜の瞳の様で、明らかにこの世の物では無いと感じた。
「こんにちは」
闇端ロワクが深く被っていたフードを背中へと下ろし、挨拶してきた。
……
なんて綺麗な人。
真っ白な髪にピンクのメッシュ、蒼白な肌に完璧な瞳と鼻と口、穢れの概念が寄り付けないような残酷で優しいクールな顔立ち。
「こここここんにゃちは」
無理も無いよヒボシ。
「こんにちは、私は織世ラクノです」
「あ!!!私は千知ヒボシです!!!」
闇端ロワクは微動だにせず、少し目尻を下げて笑った。
部屋の何処かからクルルルルルと言う、大型の捕食者が涎を垂らして喉を鳴らすような音が聞こえる……さっきの化け物かな……
「私は闇端ロワク……知っているわよね?」
口だけを動かして喋っている。
「はっははぁ!存じております!」
ヒボシホント止めて!慣れない敬語使うの。マジで笑っちゃうから。
「はい、少し……」
笑いを抑えつけながら真剣に答えた。
「あら……少しなの?その少しは何?」
下手な事は言えない雰囲気だ。あの奇妙な音を発する存在が、いつでも私達の首を狙っている感じがする。
「魔女さんなんですか?」
ヒボシーーー!私は不老不死じゃないのよーーー!
「そうよ」
闇端ロワクが目の前の竜の瞳みたいな宝玉に手をかざすと、そこに映像が流れた。
彼女らしき人物が、途轍も無く巨大で認識すら難しい形態の原始の生物を召喚しているような奇妙な映像。
間違いなく本物の魔女だ。
という事は、私達は今までで一番危険な場所にいるという事だ。
お願いします……見逃して下さい。
「何もしないわよ」
突然、闇端ロワクはそう言った。
こ……こえきこえてる。
最初に綺麗な人って言っててよかったぁ……
ヒボシがハテナを浮かべてる前で、闇端ロワクが一瞬口角をにぃーとあげて私に笑った。
「何が聞きたい?」
そうだな……やっぱり呪いの事かな……貴重なチャンスだから慎重に考えないと……
「ユ……ユーフォーっていますか?」
ヒボシが冷や汗を垂らしながら聞いた。
えぇーーー……異形いるんだから、絶対いるじゃん。
「いるわよ」
闇端ロワクあっさりと答える。あの獣の喉を鳴らす音が鋭くなった。
「やっぱりね。ラクノそうだって」
「私が聞きたかったみたいじゃない!」
「ふふ……可笑しい」
闇端ロワクは真顔でそう言った。どちらともとれない表情が余計に怖い。
ダメだ、ヒボシに喋らせたら。
「あのー……私達、呪われちゃって異形に追われてるんですけど、どうしたらいいですか?」
シンプルにこれだ。
「あなた達、呪われてないわよ」
透き通った声であっさりと言う闇端ロワク。
私とヒボシは驚愕の表情で顔を見合わせる。
室内に沈黙が響いた。
「ありがとう……ございます」
沈黙も許されないような気がして、間を繋ぐ私。
「ええ」
そして、ヒボシは意外な事を聞きだした。
「あのっ!不老不死はずっと死ねないんですか?」
あっそっか……それが怖かったんだこの子……
今まで気づいてあげれなくてごめんね。
「いいえ、あなたのレベルなら死ぬわ。全然、完全ではないもの。あなたのエネルギーを上回る魔術で攻撃されたら簡単に死ぬわよ」
闇端ロワクは少し興味があるようなトーンで素早く喋った。
……
再び室内に沈黙が漂う。
ヒボシは、安心した様な恐ろしいような顔をしている。
「あなたは完全なんですか?」
私は聞いた。
なんでもいいので確かな事を教えてください、私にはこの世界も自分の運命も分からないんです。
お願いします、魔女様。
闇端ロワクは、少し楽しそうに綺麗な指先で三角形を宙に描き出した。
そして言う。
「いいえ……私にはフィロソファーズ・ストーンは愚か、プリマ・マテリアへの到達やその操作も出来ないわ……でも……その時の為に、大いなる業は進めているの」
何がなんだか分からない。ヒボシは興味深そうな顔をしているが。
闇端ロワクは続けて言った。
「だから、混沌が必要なの……」
ああやばい。考えてはダメだ。この気持ちは。
「答えてくれてありがとうございます」
私は頭を下げる。
ヒボシも私の真似をして頭を下げた。
「いいのよ……その代わり……あなた……」
闇端ロワクはヒボシを指差した。
「私……ですか?」
「いつか、フィロソファーズ・ストーンを作る時は手伝ってね。うふふ」
闇端ロワクは楽しそうに続ける。
ヒボシは首を傾げている。
「あなたの持つ治癒能力結構使えるのよ……それに、無数の世界でもほんの一握りの存在しか持てないからとても希少なの……アンデットの魔王達がその性質を恐れて血眼で探しては芽を摘んでるからなのもあるけどね……ふふふ」
そんな……
異形の王達がヒボシを追ってるって事?
ヒボシは今にも泣きだしそうな顔だ。
「そのせいで、異形に追われてたんですか?」
ヒボシは涙声で彼女に聞いた。
それはたぶん違うよ、私が追われる説明がつかないから。
ヒボシの方が私なんかより、多くの異形に追われていた可能性はあるけれど……
「それは別」
闇端ロワクは答え返した。
やっぱりヒボシは二重で追われているんだ……
いやだ……
そんなの……そんなのってないよ。
ヒボシは私とずっと一緒にいるって約束してくれたんだから。
絶対そんなの許さない。
「ふふっ、強くならなきゃね」
闇端ロワクは私を見て言った。
「私達はこれからどうすればいいんですか?」
私は少し前のめりになりながら、声を強く張って聞いた。
「私でなくって、自分達に聞いた方が早いんじゃない?……一つヒントをあげるなら……長き災厄達はあなた達が怖いの……ふふっ……私も昔そこにいたけれど……つまらないから、一人で素敵な究極に到達する事にしたわ」
……長き災厄?素敵な究極?
「みんな……私を捕まえたいって事ですよね……」
ヒボシが消え入る寸前の声で呟いた。
私はその声に、もう心が耐えられなかった。
「そんなの絶対させないから!!!」
声を張り上げ、立ち上がってしまった。
その瞬間、空間から先程の化け物の腕がぬーっと現れた。
大きな三つ指の腕が私の胴を鷲掴みにし、細い三つ指の腕が私の首を絞める。
「ラクノ!!!」
力が全然入らない……
ヒボシが咄嗟に私の首を掴む化け物の腕を両手で押さえた。
ヒボシの手からは青白い魔圧が漏れ出ている。
闇端ロワクはピクリとも動かない。
そして驚くべき事が起こる。
ヒボシの掴んだ三つ指の腕が急速に崩壊しだしたのだ。
グルルルルルと、とても凶暴な唸り声が聞こえて、空間から多数の腕が出現しだす。
「スアヴィ、わたしそんな命令したっけ?」
闇端ロワクは一人静かな声で言った。
すると、三つ指の腕は一瞬で全て、室内から姿を消した。
沈黙の中、闇端ロワクはヒボシを見て言う。
「捕まえたい程のモノって考えてみたら?」
ヒボシは自分の震える両手をじっと見ている。
私はその手をギュっと握る。
「この辺でお終い。楽しかったわあなた達」
彼女は伸びをしながら、少し柔らかな声色で言った。
「怪物さんの腕……ごめんなさい」
ヒボシが頭だけペコリと下げた。まだその目は放心状態だ。
「いいのよ……優しい子ね」
闇端ロワクは満足そうな笑みを浮かべた。




