君さ、メリーゴーランド好きだったよね?
やばい。
ヒボシに向かって一本の血色の巨腕が海面から伸びる。
無垢な者に降りかかる災い。
私はスローモーションみたくそれを目で捉えた。
いける。
私の方が速い。
傍らのヒボシが止まっているかのように視える。
消え失せろ!!!バケモノ!!!
刃を巨腕に向けて振り抜く。
ガギンッ!!!
炎が散り、甲高い金属音と共に私は後ろに吹っ飛んだ。
地面に転がる私。
宙を見上げると、頭にねじ巻いた黄金の角を何本も生やした、巨大蝙蝠型のシルエットのデーモンがヒボシを片腕で抱えて飛行している。
目は無く、しきりに感覚で辿る様な仕草をとっている。
角と同じ黄金色の巨大な犬歯が二本、口からサーベルタイガーみたいにはみ出ている。
そいつは私を見て、答えを教えるように、目の前に薄紫色に輝く光の壁を展開した。
「クソッ!バリアかッ!」
泣き叫ぶヒボシ!
「いやああああああ!離してぇ!」
私はその声にいてもたってもいられず、周囲の地面がクレバスみたいに割れる程に渾身の力で踏み込み、奴めがけて一直線に飛んだ。
奴の怪しく輝くバリアに、朱色の太刀が激突する。
刃のほんの先だけがバリアを通過した。
しかし全然奴には届かない。
圧倒的な魔のエネルギーの差を感じさせられた。
私は太刀をバリアから引き抜く。
何も出来ずに地面へ着地した。
だが、蝙蝠のデーモンは感心する様に頷いていた。まるで悪意が無く、常に楽しみたいという気配。こいつはヒボシの回復能力や、私の浄化の炎とは全く逆の属性の世界に生きている存在だと感じた。
奴はヒボシの襟首を持ち、黄金の牙を剥き出しにしながら大口を開いた。
まるで、舞台俳優のように大袈裟な演技っぽく。
「やめろおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
私は体を大きく捻じって跳躍し、駒のように回転しながら、バリアを何度も斬りつける。
バリアは防弾ガラスのようにボーンと何度も跳ね、ヒビが入るのだが全く壊れる気配が無い。
奴はヒボシを降ろして、ケタケタと笑った。
まるで遊ばれている。
そしてバリアは何も無かったように自動的に修復された。
それは、満ち溢れる程の魔のエネルギーの使い道を持て余してるかのように。
次の瞬間、奴はヒボシを持ち上げては天に掲げ、メリーゴーランドから流れるメルヘンチックな音楽に合わせ鼻歌で歌い出した。
途轍もなく不穏な何かが起きる予兆。
いや。
やめて。
お願いだから。
その子は凄く大切なの。
……
優しくって、面白くって、可愛い……
私の唯一の光なの。
私には、もうその子しかいないの。
ヒボシの笑顔が幾つも浮かんだ。
お願い。
私からもう何も奪わないで下さい。
「なんで!!!こんな事するのよ!!!」
私は心の底から叫んでいた、それは奴に向けてでは無いのかもしれない。
奴はピタリと鼻歌を止め、私に向かって口を開いた。
「シマーゾ……ノ……ルミープレ」
終始ふざけたような奴はその言葉を喋る時だけは真剣な気迫を放っていた。
「ぜんっぜんわかんないよ……」
私は真珠のような大きな涙の粒が瞳から零れ、足元から崩れる。
その時だった。
「ラクノ……逃げていいよ」
ヒボシが諦めた様な顔で言う。
「いやだよ……絶対いや」
「私はどうなっても生き返るから大丈夫だよ……」
諭すように優しく言うヒボシ。
「確かにそうだけど……そんな事したら私達の間の信頼関係はもう戻らないじゃない……私、命懸けてでも、それを絶対に守りたいぐらい、ホントにヒボシが好きなんだよ?」
「ラクノ……」
まるで、私達の話が聞きたいかのように耳を澄ます蝙蝠のデーモン。
しかい、メリーゴーランドの音楽がそれを遮る。
蝙蝠のデーモンが目線を向けると、空間から出現した紫の光弾が幾つもメリーゴーランドに降り注ぎ、隕石みたいな大爆発を起こしたのち海に落っこちた。
私とヒボシはその光景に唖然となる。
心底理解の外にいる存在だ。
私達の知ることの無い、独自の美学すら感じる。
さらに……
もっと舞台を見せろと言わんばかりに、ヒボシの腕に黄金の太い牙でゆっくり噛みつきだした。
「うああああああああぁぁぁっっっ!!!!」
ヒボシは放心状態となり絶叫する。
ダメだ、コイツ。
本当に許せない。
私は正真正銘、ブチギレを通りこし、頭が真っ白になった。
静寂。
ただ、コイツを葬り去る。
それだけ。
無意識に魔圧が暴走し、私と奴を囲むように朱色の炎でできた、崇高なしめ縄の囲いが突如顕現する。その炎はいつにも増して神聖な感じがした。
奴のバリアがいきなり炎上しだす。
奴は訝しげるような仕草をとり、私に先程のメリーゴーランドみたく、紫の魔弾を容赦なく放った。
遅い。
私は飛び跳ねて速やかに避ける。
さらにこの神聖な炎は私の意思によって動いている事を発見した。
わたしの……炎……
私は火炎の女王の如く浄化の炎を操作する。
しめ縄の炎は意思を持ったように流動しだし、囲いの中を神獣が如く魔圧を放ちながら漂い出す。
奴の紫の魔弾はそれらが近寄るだけで一瞬で祓われた。
私は全神経を注ぎ、奴のバリアをこの絶対の炎が消し去るイメージを想像する。
瞬く間に、しめ縄の炎はバリアに蛇のように巻き付いた。ギシギシと音を立てて、無数のヒビ割れが入る。
蝙蝠のデーモンは今までの余裕を捨て去ったかのようにイラついた雰囲気を見せ、ヒボシのもう片方の肩にガブリと噛みついた。
「ぎゃあああああああああ!!!」
「ヒボシ!」
このまま、奴を責めて良いのかと躊躇する私。
しかし……
「ラクノ!私は死なないんだよ!!だから……だから!!!思いっきりやっちゃってぇぇぇーーー!!」
信じられない激痛のはずなのに、さらには人一倍怖がりのはずなのに、その時のヒボシの目は信じられない程の勇気に満ち溢れていた。
蝙蝠のデーモンの狂気の笑いが、まるでちっぽけな偽物だったと感じる程の、純粋で強い感情。
「合点承知!!!!!」
何もかも超えてやるという膨大な熱量が私の心を埋め尽くす。
私は特大の神聖な炎を太刀に纏わせ、持てうる最大の魔のエネルギーを使い、大きく振りかぶった。
そして、自分に降りかかるどんな災難も切り裂いてやると言う確固たる意思で、渾身の一刀両断を放つ。
刃はバリアにめり込んだ。
「うおおおおおおりゃああああああああ!!!!!」
ワニの異形から獲得した切れ味の能力も最大限に発揮。刃先がジワジワと伸び、バリアを溶かして喰らいだす。
「離してぇーーー!!!」
ヒボシは両手で蝙蝠のデーモンの耳を思いっきり引っ張った。
蝙蝠のデーモンはその単純な痛みに気が逸れたのか、バリアが一瞬ゆるむ。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
今の幸せを失えるかあああぁぁぁ!
紛れも無い気持ちを一刀に込めた。
次の瞬間――
ガラスが割れるような音。
それと共に、蝙蝠のデーモンの気配がとても臆病に変わる。
だが既に、私の刃は蝙蝠のデーモンの肩を貫いていた。
私は奴の背後にいる。
「今更、ビビっても許さないよ?」
蝙蝠のデーモンはヒボシを地に落とす。そして自らも私と共に地に落ちた。それもそのはず、肩を突き刺す前に、私はこいつの両翼を潰したのだから。
本当に遅い奴だ。
しめ縄の神聖な炎が、私の体に吸収されていく。
ひしひしと全能力が上がるのを感じる。世界が違って視えた。
蝙蝠のデーモンは、魔弾を放とうと私に腕を向けるが、その腕は神聖な炎にあっけなく焼き尽くされた。
「君さ、メリーゴーランド好きだったよね?」
私は飄々と言う。
蝙蝠のデーモンは、何故か快楽が蘇ったかのような気配になった。
私は、溢れんばかりの魔のエネルギーを使用し、体を捻じり奴を太刀に刺したまま、特大跳躍する。
空中で回転。回転。大回転。特大回転。超高速回転。裁きの渦。
私は海上で狂ったように回り続ける。
私の範囲だけ水が無くなり、海底が露出している。
奴は感じた事の無いような快楽を得ているような気配をさらした後、一切気配を漂わせなくなった。
私は露出した地面を蹴って地上に戻る。
体に新しい能力が加わったのを感じた。
ヒボシが駆け寄って来る。視界が揺らぐ。
ちょっと力を使い過ぎたかな……
ヒボシの温もりを感じたまま、意識が消失した。




