ジュラ紀のドキュメンタリーじゃないよね?うん、現実。
その巨大怪魚は芝生やボードウォークの上でも訳無くヌルヌルと巨体を動かし、全てを圧縮するかの如く、とぐろを巻いてメリーゴーランドを締め上げる。
メリーゴーランドは歪に変形するが、メルヘンチックな音楽だけはいつまでも絶やさなかった。
「ねぇヒボシ、夢じゃないよね?」
私は目の前のジュラ紀のドキュメンタリーみたいな光景を見て言った。
「こんなの夢でも見ないよ」
私に体を抱きかかえられながらヒボシはそう言った。その目は不安が八割で、二割は好奇心に彩られていた。
このまま私達は、訳の分からない存在に助けて貰えるのかな?
いや……それはないか。
先程感じた、怨みながらも快楽を得ているようなドロッとした底知れない気配が、もう既に臨界点に達する程に飽和してしまっているからだ。
きっともう爆発する。
私がそう思った瞬間、巨大怪魚の様子がおかしくなった。
突然動きが鈍くなり、自分のとぐろの中に大きな口を開き、無数の針のような鋭い牙を向け、野太い咆哮を上げ出した。
その鳴き声は、芝生の草も海も全て震わせ、団地の方まで響き渡った。
しかし、突如とぐろの中から、血色の禍々しい剛腕が二本伸びて、巨大怪魚の下顎を掴み、とぐろの中へと引きずり込みだした。
不穏な形成逆転。
締め上げていた巨大怪魚はその場から離れたいかのように、メリーゴーランドから巨体を剥がし、水圧で狂ったホースみたいに体をのたうち回らせだした。
綺麗なヒレを苦しそうにうねらせ、必死に海に帰ろうとする姿は少し可哀想だった。
そして、ようやく陽の下に姿を現した五メートル程の大きさの血色の存在は、両腕で巨大怪魚の口を押さえ付けては無理矢理閉じさせ、そのまま引きずりながら、海の方に向かって進む。
「なにあれ……」
私はその存在を見て言った。その見た目は、言いようの無い焦燥感が漂う程で、
今すぐにでもヒボシを連れてここから逃げ出そうかと考えるぐらいだった。
「すごい力……」
ヒボシがそう言うのも無理ない。
圧倒的な肉体のハンデがありながら、血色の存在は地をバリバリと割る程に踏ん張り、物理的な常識を超えた力を発揮してるからだ。
さらに、自身の体より大きな翼膜をバサッと広げ、神秘的に太陽に透かしながら、ゆっくり羽ばたき出す。その翼膜からは、毒々しい紫の瘴気が火炎放射器の炎みたいに放出されている。
巨大怪魚も激しく抵抗するが、凄まじいい機動力に成す術がないように、頭を掴まれたまま宙を浮いてる。
その二体は、既に海の上を飛んでいた。
その時だった――
「頑張って!!!お魚さん!!!」
ヒボシが大声で叫んだ。
え……
私はヒボシを見た。ポタポタと涙を流しながら必死に応援している。
……
そう……だよね。
私達を助けてくれたのは間違いないもんね……
私は少し目を閉じた後……
「頑張れーーー!!!お魚さーーーん!!!」
こんな大声を出したのは、思い出せないくらい久しぶりだ。
きっと届くはずは無いけれど……今はきっと、これが正しい。
そして……
私達が大声を出した同じタイミングで、巨大怪魚は絶海の荒波のようなうねりを見せだし、なんと、瞬時に血色の異形の片腕を嚙み千切ったのだ。
そして、二体の異形は吸い込まれるように海へと落ちた。
「やったぁ!!!お魚さんすごい!!!」
ヒボシは私の腕の中で喜びながらギュっと抱き着いてきた。
「うん……お魚さん……超すごい」
私も呆気にとられて声を漏らした。
しばらくの間、二体は海面から上がってこなかったので、私はヒボシを降ろす。
「危なかったね」
海に近寄り海面を覗き込むヒボシ。
なんだ、この不安。肝心な事を忘れてる気がする。
「どしたの、ラクノ?」
「うん、なんか……ね」
目を閉じ、静かに息を吐いた瞬間気が付いた。
まだ、メリーゴーランドの音が鳴っている……
「ヒボシ!海から離れて!」
「え?」




