悪夢の指パッチン、異界の獣達のパレード。
折角のデートなのにごめんねーっと、私は飄々とした感じで笑い、もうヨットハーバー行こうよ、とヒボシに言った。
ヒボシは、本当に大丈夫?と私の背中をさすりながら何度も聞いてきたが、私の気持ちを汲んでか、じゃっ!いこっかと優しく笑ってくれた。
やっぱり思う、私はこの子が初めて電車で声をかけてくれた時から、無意識に特別性を感じていた。それは、ヒボシから滲み出る隠せない程の優しさによるモノの気がする。その優しさは、回復魔術を自身の能力として引き寄せてしまう程なのだろうから、暗い海の底に沈んでいるみたいなこんな私が、その眩しさに手を伸ばすのは当然の事なのだろう。
私達は阪急西宮北口駅の南側にあるバス停から、阪神バスのマリナパーク方面行きに乗った。
バスの一番後部座席に二人でぽてんと座り、変わって行く景色を眺める。
「ラクノの家はこの辺り?」
「ううん、この辺りはかなり地元だけど、私の家はもっと大阪寄りだよ」
「言ってたね、武庫川沿いって」
「そそ」
ヒボシはバッグから筒状の箱に入ったポテトチップスをゴソゴソと取り出して食べだす。
遠足みたい……ふふ。
バスは阪神西宮駅を通過し、そのまま南の方角の海側へと直進していく。
極普通の街並み。都会でも無く、田舎でも無い、平凡な街並み。
神戸三宮と大阪梅田の中間に位置し、独自の個性を放つ不思議な街。
私は過行く街並みを眺めなんとなく言った。
「ヒボシってさー、食べ物何が好き?」
「んー……鍋かな?豆乳鍋は凄く好きだよ」
「ほー、なんか好きそう」
「どの辺が?」
そう言うヒボシの口には、チップスが貼り絵みたいにひっついている。
「ええっとねー……」
巨大な人工島であるマリナパークへと繋がる巨大な橋に、バスはさしかかった。
もう左右の窓には、一面に煌めく蒼い海が映し出されている。
ふと、違和感を感じ空を見た。
「メリーゴーランド……」
空に漂い小躍りするタキシードの存在を見て私は言った。
「え……?」
ヒボシは聞き返すも、私の目線の先を見て理解する。
「あれ……私を追いかけてた異形だ……」
ヒボシの顔は一気に青ざめて、声が消え入りそうに小さくなった。
「やっぱり?前言ってた、頭がメリーゴーランドの怪人てあいつだよね?私も今朝、電車の窓から見たよ」
メリーゴーランドの怪人は明らかに私達を見ており、頭の部分をグルグル回転させながら指を鳴らす様な仕草をして、リズムよく小躍りしている。
「うん、私もよく分かんないけど、ずっとあんな調子で踊って、近寄ってきたりいつの間にか消えたりするの……」
ヒボシはあれに相当つけ回されたのだろう、不安そうな顔が物語っている。
「もう着くけど、どうする?」
バスは、既にヨットハーバー前だ。目前は多数のヨットが並び、地平線まで見える海、反対側は幾つもの高くて白い団地がそびえ立つ入り組んだ場所だ。
何処へ行こうとも、この一帯は場所が広いので人が少ない、異形からしたらアクションをとりやすい場所だ。
「どうしよ……」
敢えて広い場所に出て、一撃で仕留めるか……あいつは、放っておいたらいつまでもつけ回してくるだろうし。
「取敢えず、広い場所に出よ。もし、チャンスがあれば一撃で片付けるから」
私は強い眼差しでヒボシを安心させる。
「うん……」
バスは到着し、私達は広大な芝生の上を素早く駆けて、ヨットが多数並ぶ海沿いの木製のボードウォークの位置まで移動した。
海を背にすれば、百八十度、ボードウォークと芝生のみになり、なんの遮りもないので大きな一撃を繰り出しやすい。
メリーゴーランドの怪人はテンションがかなり上がっているような感じで踊りながら、高度をどんどん下げてこちらに近づく。
「来やがれ、バケモノ……」
私は朱色の太刀を空間に顕現して構える。ヒボシはビクビクしながら私の少し後ろに隠れている。
今の距離なら居合で仕留られる……
私は太刀に魔のエネルギーを込めた。太刀の波紋がギラりと赤い閃光を放ち、鮮やかな朱色の炎が激しい白光と交わいながらメラメラと立ち上がった。
奴はもう目前の距離まで近寄り、ピタッと止まっては、私達に向かってバチンと指を鳴らして指差ししてきた。
頭部のメリーゴーランドの中の血色の腕が激しくグーパーを繰り返している。
決める――
私はその判断をしたと同時に、迷いなく奴を真っ二つに斬り捨て、奴より後方十メートルの上空を飛んでいた。
やった――
自身が思いの他、強くなっていた。
やっぱ、怪力の能力かなり使える。
俊敏さも威力も格段に上がってる。
私は着地し、振り返って奴の体を眺める。奴の体は、芝生の上二ヶ所に吹っ飛び、切り口からは、ゴォゴォと放射する鮮やかな炎が眩しく輝き、闇を浄化している
「やったぁ!!!ラクノ凄いよ!!!」
ヒボシが私に駆け寄り、嬉しさのあまりピョンピョンとウサギのように跳ねる。
「うん……」
でも、なんだかしっくりこない。コイツの気配はこんな事で終わる様なモノでは無かった気がする。
それに何故、まだメリーゴーランドが回ってるんだろう?
私は奴を凝視した。
その時、妙に楽し気で不気味な気配が、私の直感にゾワッと触れた。
こいつ……笑ってる。
「ヒボシ!下がって!」
メリーゴーランドの怪人の体は磁石のように素早く引き寄せ合うと、神経が絡み合うようにして元通りにくっつき、私の炎を易々と鎮火して、何も無かったみたいに立ち上がった。
「え……なんで」
ヒボシが悲壮な声を上げる。
メリーゴーランドの怪人は、パンパンとタキシードについた汚れを叩いて払い落とし、私達に人差し指を立て、チッチッチと指を振った。
そして、間もなく奴は、頭のメリーゴーランドの部分を異常な程に回転させ音が鳴る程の膨大な光を発し、恍惚に浸るように宙に浮きだしては、自らの光に包まれだした。
明らかに異常なその光景を見て、ヒボシの目はパニック寸前となっている。
「い、いや、いやぁ……」
叫ぶ一歩手前のヒボシの手を私は強く握る。
「落ち着いてヒボシ、絶対助けるから」
私の声に反応し、ヒボシの目が正常に戻ってきた。
「う、うん。ごめん。私も、いつでも回復できるようにスタンバイするから……一緒に頑張ろ」
ヒボシは冷や汗を垂らし、卒倒しそうになりながら頼もしい言葉を言ってくれた。
「うん、一緒に切り抜けよ」
私が再度太刀を構える頃には、奴を包んでいた眩い光は消え、超巨大な物体が現れていた。
直径十五メートル程のメリーゴーランド、完璧な異界仕様。
全てが血色。先ほどの頭部みたいな黄金色は欠片も無い。
やけに楽しいメルヘンチックな音楽。
上下から伸びる血色の腕も数本とかのレベルでなく、尋常では無いぐらい生えている。異界の何かの腕の数が圧倒的に多い。
回っている乗り物に関しては明らかに異界の化け物で、恐らく生きている生物であろうその見た目は爬虫類にも似てるが、何処か決定的に違う感じで、魔界の獣と言った方がしっくりくる。それらは地に張り付いて大人しく回っている。
しかし、一体だけ異様にデカい存在が、馬車型ゴンドラの暗がりの中に王のような風格で居座っているのが見える。まるで未知の災いのような雰囲気だ。
ヒボシもそいつの存在に気づいたのか、呼吸がとても荒くなっている。
私は再度、未知の災いみたいな奴を含めこのメリーゴーランドを壊滅的に葬ろうと、全力で斬りかかろうと構えていた。
その気持ちを察しているかのように、そのデカい何かは、ゴンドラの中から悪魔のような腕を出し、チッチッチと指を振った。
「やっぱりあいつか……」
メリーゴーランドの回転が緩まり、奴の座るゴンドラが私達の目の前で止まった。
奴は腕をスーッと幽霊のように伸ばし、おいでと言うように手招きをしてきた。
ヒボシが口を開く。
「乗ったら許してくれるのかなぁ?」
もうさ……天然と言うか、お人好し過ぎて笑うんだけど。
鋼鉄の魔人の時も、ピアノ弾きたいのかなぁとか言ってたし。
明らかに悪の塊みたいな存在にそんな事を言うものだから、半ば冗談交じりで、私は灸を据えるようにこう言った。
「聞いてみたら」
「あのぉ!?乗ったらいいんですか?」
聞くんだ!!!もはや、すごいよヒボシ。いつか争い無くせそうだよ。
奴は暗がりの中からにゅーっと腕を伸ばし、ベリーグッドと人差し指と親指を重ねて丸を作る。
「だって……」
ヒボシは私を見て言った。
だってじゃないよ……もう……
その時――
海の方から巨大な恐竜の鳴き声のような音が響いた。ティラノサウルスみたく地響きがする程の爆音。
辺りを見渡す私達。
同時に、途轍もなく大きいウミヘビのような存在がメリーゴーランドへ瞬時に突っ込んだ。
大爆発みたいな衝撃が一帯に走る。
「ヒボシ掴まって!!!!!」
「さ……さかなあああぁぁぁ!!!」
私は即座にヒボシを抱えて後方に大きくジャンプし距離をとった。
よく見れば、リュウグウノツカイのような見た目のその怪物は、圧倒的な巨体とその筋肉でメリーゴーランドをヘビのように容赦なく締め上げ、バッキバキと破壊していく。
「ヒ、ヒボシの……知り合い……かな?」
「んなわけないよ!人魚じゃないんだしし!」
潰れゆくメリーゴーランドの中から、血色の巨体の怨讐がのそりと気配を覗かせたのを私は感じる。
異様過ぎるそれに背筋は瞬く間に凍りつき、一気に頭の中に警戒音が鳴り響いた。




