空飛ぶタキシード、それって狂気じゃん。
自宅に帰ると、少しお腹が減っていたので、菓子パンを口に放り込み、冷えたコーヒーで胃袋に流し込んだ。
ソファーに座り少し休む、昨日の夢みたいな出来事が数珠つなぎに頭に流れた。あまりにもベクトルの違う事柄と、振り幅の大きな感情達に圧倒されないように、まるで映画でも観ているみたく、ぼーっと静観する。
考えても仕方ない、私は進むしかないのだと、あっさり割り切って、ソファーから立ち上がりシャワーに入った。
ザァーと流れるシャワーの温水で、風呂場はもくもくと白湯気が立つ。禊のようにあらゆる汚れや穢れを洗い流し、それらが排水溝に渦となって吸い込まれるのを安心して見届ける。私は腕でキュッキュと鏡を拭った。
鏡に映る私の髪は、さらに鮮やかな朱色になった気がする。もはや、朱の中に神聖な輝きすら見える。
しかし驚いたのは瞳の方だ。もう黒色の名残りはこれっぽちも無く、血色に近い赤色に変色している。その瞳が室内灯に反射してガーネットのように怪しく光った。
私はふざけたようにベーっと両目の下瞼を両人差し指で下げる。
なんだか可笑しくなって一人でクククと笑ってしまった。
すると突然、私は人でいられるのだろうか?と、不安が過ぎり、笑いが止み真顔が鏡に現れた。
恐らく、能力はもう人のレベルではないだろう。軍隊にすら負けないかもしれない。
人。
そもそも人である境界とはなんだろう?
身体?感情?言語?自我?社会性?記憶?DNA?
仮にそれらを要素として人というのなら、私は間違いなく人だが、では何故ほとんどの人が出来ない事をやってのけられるのだろう……?
そのような事が出来るようになった原因の呪いは本当に呪いなのだろうか?祝福と捉えても話の筋が通る気がする。もしかして、異形が追って来る事は能力とは別なのだろうか?
もし、人より上の次元の存在がいて、ほぼ人と同じであるが超常的な能力があるのならば説明がつく。
ヒボシの言った通り、世界が無限かもしれないなら似てるけど違う世界というのは全然あり得る話だ。
私が死にかけて見たあの島は、なんとなくそんなような壮大な雰囲気があったし。
そもそも、ヒボシって人間なのかな?
八百万も神様がいるのなら、あんな能力を持っているヒボシが神様であってもおかしく無い気がする……あんな浮世離れした見た目だし……
止めよう。怖くなっちゃった。
分からない事は考えないようにしよう。
怖い事は考えず、この幸せなままでずっと二人でいられるように、偉大な神様達にお祈りしよう。
私は浴室で目を閉じて、静かに世界に感謝した。
浴室から出た後、気分を切り替えてデートの為に張り切って着替えた。
フリルのついた白いシャツを着て、ベビーピンク色でチェック柄のショートパンツを履き、セットアップのジャケットを羽織る。スカートがよかったけれど、もしもの時を考えると動きやすい方が良いから仕方ない。
それから、白い肌をさらに透き通らせるように化粧を薄く伸ばす。清らかで冷たい肌の私が出来上がった。後は切れ長の目をさらにクールに見せる為のアイライナーをスッと引く。そして、切り揃えられた前髪をさらに整えて、終わり。
さぁ、いこっか。
ヒボシ、可愛いって言ってくれるかな?
私は勢いよく玄関を開け、スキップするように駅へ向かった。
阪急西宮北口駅構内のカリヨン広場へは瞬く間に着いた。ヒボシはまだ来ていないみたいだ。
それまでの間、電車内で見た奇妙な光景を想起する。
車窓から見える静かな街と晴天の間を、明らかに異常な存在が浮遊していた。
人型でタキシードみたいな服を着ていて、フワフワと楽しそうに虚空を歩いていたのだ。
人では絶対無い。そもそも空を歩いてる段階で間違いなくそうなんだが、何より頭の部分がやけ不気味で、それは、この世界に居てはいけない何かだと感じるぐらいだった。
その頭部は、黄金色に輝くゴージャスなメリーゴーランドと言う感じで一見は華やかだった。しかし、よく見ればクルクル回る内部には上下にから沢山の血色の腕が伸び、必死に何かを掴もうとしていた。
そして、真ん中の太い柱の部分もひと際濃い血色であり、それは獣の肉体のようで、その柱から蝙蝠の翼膜みたいな大きな赤い羽がバサバサッと何度も開いては閉じを繰り返すのだ。
そんな奇妙極まりない頭を持つそいつは、小躍りしながらまるで私と一直線になるように速度を合わしてきて、どんどん距離も縮めてきた。
そして、ギリギリ追いつかれる寸前で電車が駅に到着したので、私は急いでこの場所まで逃げた。人が多い所を異形達は避ける習性があるからだ。
奴には、鋼鉄の魔人とは別の方向性の闇を持っているように感じる。楽しそうな雰囲気を醸し出そうとしているが、絶対に正反対の何かを持つ存在だと私は直感した。
ヒボシが言っていた、メリーゴーランドの頭の怪人とは、たぶんあいつの事なのだろう。思い出すだけで寒気がした。
カリヨン広場の時計台にもたれかかり、背筋を冷やしながらボーッと考えていると、両腕を広げ、拳を振り子のように振り、明らかにプンスカと怒っているヒボシが近づいて来た。
爽やかで気品ある青いワンピース、海兵みたいなデザインが可愛い。
薄水色の髪色と白い肌にとても似合っている。まるで、海底から人の世界を見たくて登ってきた好奇心の強い天使みたいだ。
しかし、その顔は真っ赤になりフグみたいに膨らんでいる。
「やっほー!どしたのそんな顔しちゃって」
私は軽やかに手を振る。
「ぶつかりおじさんにタックルされたのっ!!!ラクノ!!!一緒に倒しに行こ!!??」
私は可笑し過ぎて、少し涙が出る程に笑ってしまった。
「ねぇー!笑わないでよ?すごく怖かったんだよ私?」
ヒボシは私の肩にすがりつく、見上げてくる青い瞳を囲うまつ毛が濡れているから、きっと既に泣いていたんだろう。
「倒すのは穏やかじゃないよね、フフッ。他に出来る事あるかな?」
私が半笑いでそう言うと、私の笑いにつられたように、小さなサクランボ色の唇をにぃーと徐々に緩ませ、私の手を引きながらこう言った。
「その権利、後で行使します!」
私、後で権利行使されるんだ……ふふっ。




