06
朝霧の立ち込める山中で、クレイは手にした剣を見つめていた。
その剣は、研究室に飾られていた時には、錆びつき朽ちかけていた。
だが、今では刃文の波紋が煌めき、青みを帯びた光沢を放っている。
手に馴染む重みは、まるで剣自体が息づいているかのようだ。
「クレイさん、その剣に何かあったのですか?」
アルマが不思議そうにクレイの手元を覗き込む。
「正直、私にも分からないのですが」
クレイは左手の刻印を見つめながら、昨夜起きたことをアルマとライルに話した。
理由は分からないが、剣は当時の姿を取り戻しているように見える。
「このまま持つのは危険かもしれません。でも、この剣が何かを伝えようとしているような気もしています」
刻印の反応も普段とは違っていた。
本来クレイの刻印の能力は、作られた年代や使われている材質について、明確な情報を伝えてくれる。しかし、この剣については、断片的な情報しか感じ取れない。
「詳しいことは分かりませんが、俺はその剣に対して《《嫌な感じ》》はしませんね」
「ライル、君の勘はよく当たるからね。しばらくはこのまま持っていることにしよう」
三人は再び馬を走らせた。やがてライルが手綱を引き、前方の木立を指差した。
「この先に廃坑があります。ここまで強行軍でしたから、お二人はそこで少し休んでください」
しばらく進むと、木々の間から、苔むした岩壁に穿たれた坑道の入り口が姿を現した。太い木の根が天井から垂れ下がり、朽ちかけた支柱が辛うじて坑道を支えている。
「ここはかつての鉄鉱山です」
ライルは入り口近くの錆びついた機械を指す。
「今は廃坑になっていますが、北に向かう抜け道として使えます。街道から外れているので、今や知っている人も少ないはずです」
「でも、崩れたりしないのでしょうか」
アルマは躊躇いがちに坑道を見上げた。
クレイは坑道の入り口付近の、苔むした壁面に触れる。
刻印が淡く光り、様々な情報を伝えてくる。確かに相当な年月が経っているが、工法は確かなものだった。
「大丈夫だと思います。相当年数が経っていますが、多くの鉱山が作られた時代のものです。この時期の鉱山は安全性には定評がありますよ」
「馬はここまでです。こいつらは賢い。自分たちで街まで戻ります」
ライルは必要な荷物を降ろすと、馬たちを解放した。
「俺が先導します。足元に気をつけて」
徒歩となった三人は、松明を灯して坑道の中へと足を踏み入れた。
*
湿った空気が肌を包み、足音が不気味に反響する。松明の光を受けて、無数の鉱物の結晶が闇の中で瞬いていた。
しばらく坑道を進むと、奥から低い唸り声が響き、三人は足を止める。洞窟の中でその音が幾重にも重なり、まるで四方八方から包囲されているかのようだった。
「気をつけて!」
ライルの警戒の声が張り詰める。
その直後、前方の暗がりから、大柄な野犬の群れが姿を現した。
「下がって! 俺が注意を引きます」
両手に短剣を持ったライルが躊躇なく野犬の群れに突進する。
最初に飛びかかってきた野犬の牙を左手の短剣で受け、そのまま右手の短剣で喉を切り裂いた。
さらに目にも止まらぬ速さで投げつけられた短剣が、別の野犬の目を正確に射抜く。
ライルは野犬の群れを翻弄し続けたが、血の匂いに興奮した一頭が向きを変え、アルマを後ろに庇うクレイに襲いかかった。
「先生!」
ライルが素早く反応するが、無理な体勢から投げられた短剣は、野犬の足を掠めることしかできなかった。
しかし、体勢を崩した隙を狙って、クレイが構えていた剣を振り抜く。
淡い光をまとうクレイの剣は、野犬の身体をまるで紙のようにやすやすと切り裂いた。
仲間を次々と倒され、残った野犬は遠巻きに様子を見ている。
「今のうちに、進みましょう」
ライルの声に促され、三人は横の坑道から奥へと駆け出した。
しばらく進み、野犬たちが後ろから追いかけてくる気配がないことを確認すると、一気に疲労が押し寄せてくる。
「お二人とも怪我はありませんでしたか」
「大丈夫です、ライルのおかげで助かりました」
「私も怪我はありません」
ライルは二人の無事を確認すると、松明で奥の暗がりを照らし出した。
「この先は天井が低くなっている上に、地下水が染み出している場所もあります。慎重に進みましょう」
坑道は次第に狭く、息苦しくなっていく。
時折、頭上から落ちてくる水滴が、不気味な音を立てる。松明の明かりも、湿った空気のせいか、徐々に弱まっているように見えた。
「……す、すみません、少し休憩を……」
アルマの体力に限界が近づいているのを見て、ライルが周囲を確認する。やがて、比較的安定した場所を見つけると、三人は岩場に腰を下ろし、水筒の水で喉を潤した。
さらに幾度かの休憩を経て歩き続けると、ようやく前方に微かな光が差し込んでくるのが見えた。
アルマが小さく歓声を上げる。
「やっと抜けられました」
アルマが深いため息をついた。
外は朝日が昇り始めていて、久しぶりの明るさに三人は目を覆った。
「まだ距離はありますが、あれがヴァルデン山脈です」
ライルが指差す北の空には、ヴァルデン山脈の峰々が朝日に照らし出され始めていた。




