05
クレイは深夜の研究室で、ふと外の物音に耳を澄ませた。
気のせいか、そう思った時、今度ははっきりと廊下に足音が響いた。
クレイは咄嗟に研究室の壁にかけられた古い剣に手を伸ばした。
とある調査対象として置かれていた古い剣。
(作られたのは第二王朝期の初期……)
クレイは自らの刻印能力によってもたらされる剣の情報を感じ取りながら、ここ数日の出来事を思い返す。
アルマとの研究で見つけた「星廻りの民」についての記録。ヴェルナー博士への報告後、突如として機密指定を受けた文書の写し。
(ただの物取りか……それとも……)
クレイは旅に必要な道具一式が詰められた背嚢を素早く背負い、剣を握り直すと、そっと部屋の明かりを落とした。
しばらくして、研究室の扉が音もなく開き、人影が三つ、静かに室内に侵入してきた。
窓から差し込む月明かりに、黒装束に身を包んだ侵入者の姿が浮かび上がる。
息を殺して身を潜めるクレイの前を、侵入者たちがゆっくりと通り過ぎた。
だがその時、最後尾の一人が振り向き、突然切り掛かってくる。
(見えているのか……!)
鋭い一撃だったが、クレイは手にした剣でその斬撃を弾き返す。すかさず左手の中に握りしめていた粉を相手の顔面に向かって投げつけた。
遺物の洗浄に使う研磨粉で、吸い込めば激しくむせる。
投げつけられた相手は激しく咳き込み、体勢が崩れる。
その隙を突いて、クレイは廊下へ飛び出した。
裏口から通りに出たクレイは、どちらに向かうか逡巡する。
(……もしやアルマさんのところにも……)
突然切りかかってきた侵入者が、偶然の物取りであるわけがない。クレイの胸中に、アルマに迫る危険がよぎった。
事前に聞いていたアルマの家がある方向に駆け出そうとしたが、追ってきた侵入者が背後に迫っていた。
クレイは間一髪、手にした剣で一撃を弾くも、脆くなっている剣にヒビが走る。
二合、三合と打ち合う度に、剣が欠けていく。さらに、体勢を整えた残りの侵入者もこちらに迫ってきていた。
クレイの意識に不思議な感覚が流れ込んでくる。
左手の刻印から普段とは違う熱を感じ、手にした剣に関する膨大な量の知識が流れ込んできた。
「……死ね!」
侵入者が裂帛の気合いで切り込んだ、その時、クレイの刻印が強く輝き始め、その光が剣を包み込む。
「……な、なんだ!?」
光が収まると、朽ちかけていたクレイの剣は、かつての輝きを取り戻したように燦然と輝き、切先は鋭く研ぎ澄まされていた。
混乱する相手に向かって、クレイは本能的に剣を振るう。
侵入者は慌てて防御の構えを取ったが、クレイの剣は相手の武器を切り裂き、そのまま肩口に深い傷を負わせた。
「ぐっ……」
その隙にクレイは身を翻し、路地に駆け込んだ。
後ろを振り返ると、体勢を整えた残りの侵入者たちがなおも後を追ってきている。
「ご無事ですか、先生!」
その時、クレイの前に馬に乗ったライルが現れた。
「ライル!」
馬の上から伸ばされたライルの手を取り、次の瞬間クレイは馬上の人となっていた。
ライルは巧みな手綱捌きで細い路地裏を駆け抜ける。
「……助かった、ライル」
「先生、間に合ってよかった」
「なぜ、君がここに……。いや、それより、アルマさんが危ない!」
「ご安心ください、先生。アルマさんは先に保護しています」
*
「クレイさん!」
ライルに連れられたクレイが「銀の羅針盤」の奥の部屋に入ると、震える手を温かい茶で温めていたアルマが立ち上がり、クレイに走り寄る。
「アルマさん、ご無事でしたか」
クレイもアルマの無事な姿を見てほっと安堵の息を吐く。
「はい……出発に備えて家で準備をしていたところ、見たこともない人たちが急に家を取り囲んで……その時、ライルさんが駆けつけてきてくれて、なんとか逃げ出せました」
どうやらクレイの研究室を襲ったのと同じ状況だったようだ。
「いえね、今日はどうにも嫌な予感がしまして。……俺の勘は外れたことがないんですよ」
ライルがクレイにも茶を出しながら言った。
「あいつらは何者なんだ……」
「ゆっくりはしていられません。ここも安全ではない、あまり時間がありません」
ライルは手早く地図を広げた。
「まずは西の森へ。知っている抜け道があります」
「準備は整っていますか?」
「馬は三頭、すでに用意してあります。万全ではないですが、大丈夫です。出発はいつでも」
クレイとアルマは顔を見合わせる。
「……行きましょう」
立ち上がったアルマの声は決意に満ちていた。
荷物を手分けして馬に積み込み、三人は店の裏口から外に出ると、月明かりの下、三頭の馬が待機していた。
*
途中怪しい人影を見つけつつ、三人は街を出て、馬を西へ走らせる。
「この先です」
ライルは迷うことなく獣道のような細い道を選んでいく。
「これで……、もう後戻りはできませんね」
アルマが街の方角を振り返る。
「ええ。でも、行くべき場所は決まっている」
クレイは北を指差す。
遥か遠く、朝靄の向こうにヴァルデン山脈の影が浮かんでいた。




