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刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
旅立ち

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04

「ヴァルデン山脈まで、どのくらいかかりますか?」


 夕暮れ近くの王立図書館。閲覧室の窓から差し込む光が徐々に赤みを帯びていく中、アルマは地図を広げながら尋ねた。

 彼女の指先は、ソルステンから北方へと伸びる街道を辿っている。


「馬車で十日ほど。途中の街道は整備されていますが、山域に入ってからが問題です」


 クレイは地図の縁を押さえながら答える。


「遺構のある場所までは、さらに二、三日かかります。ただし、地形や天候次第では……」


 考古学協会からの通達から二日。


 調査の不許可、記録の押収という事態を受け、非公式な調査へと舵を切ることを決めた彼らは、必要な準備の検討を始めていた。


「私、旅慣れているわけではないので……」


 アルマの言葉に、クレイは顔を上げる。

 司書という職業柄、長期の旅などしたことはないだろう。不安そうな表情を浮かべる彼女に、クレイは微笑みかけた。


「その点については、少し心当たりがあります。山岳地帯での調査経験も豊富な、腕の立つガイドを」


「お知り合いですか?」


「ええ。私の調査によく同行してくれる人物です。この件についても、きっと力になってくれるかと」


「頼りになりそうな方ですね」


「今夜、さっそく会ってみましょう。この時間なら、たぶんあの店にいるはずです」



 ソルステンの西地区にあるその通りは「冒険者横丁」と呼ばれていた。装備店や宿屋が立ち並び、遠方への旅の準備を整える者たちで賑わっている。


 日が沈み、街灯に火が灯り始める頃、クレイとアルマは、通りの奥にある店を訪れた。

 店の前には「銀の羅針盤」と書かれた看板が掲げられている。


「おや、先生、こんな時間に珍しいですね」


 二人が店に入ると、奥から陽気な声が響いた。

 茶色い髪を後ろで束ねたその男は、細身だが体幹の良さを感じさせる。


「やあ、ライル」


 クレイを先生と呼んだ男——ライルは、クレイの横のアルマに気づくと、柔らかな物腰でお辞儀をした。


「お連れがいるとは、これまた珍しい。この店の店主、ライル・フォスターと申します」


「アルマリア・ヴィンターと申します。アルマで結構です。王立図書館で司書をしています」


「図書館の……」


 ライルは一瞬考え込むような表情を見せる。


「……先生、今日は何か相談事ですか?」


 クレイが頷くと、ライルは店の奥の小部屋へと二人を案内した。


「ここなら人目を気にせず話せます」


 三人の前にはライルが用意したお茶が置かれている。


「また何か面白い遺跡でも見つかったんですか?」


「実は……ヴァルデン山脈まで、調査に行きたいと思っています」


「ヴァルデンなら私もよく知っている場所です。しかし、あの山域は侮れない。険しい地形に加えて、天候の変化も激しい」


 ライルは眉を寄せる。


「……この件は非公式な調査で、調査隊を出せるわけではないのです」


「非公式?これまた珍しい」


 ライルはクレイの表情を読み取ろうとするように視線を向ける。


「……相当の理由がありそうですね」


「ええ」


 クレイは一瞬ためらったが、決意を固めたように続ける。


「詳しい事情は、街を離れてからでないと話せません。しかし、それでも、君の力を借りたい」


 ライルはしばらくクレイの表情を見つめていた。

 そして、ゆっくりと頷く。


「……それだけの理由がある、と」


「はい、ライル、あなたを信用しての相談です」


「先生がそこまで言うなら」


 ライルは立ち上がると、部屋の明かりを少し落とした。


「まずは必要な準備の話をしましょう」


「話が早くて助かるよ」


 ライルは奥の倉庫から古い地図を取り出してきた。端は擦り切れているが、山域の詳細な地形が克明に記されている。


「アルマさん、山の経験はありますか?」


 ライルが地図を広げながら、アルマに問いかけた。


「いいえ。図書館の仕事柄、長期の外出すらほとんど……」


「そうですか」


 ライルは考え込むように腕を組む。


「まあ、装備を整えれば、体力的な部分はなんとかなります。むしろ問題は寒さですね。山の寒さは、街とはまた違いますから」


 アルマはうなずきながら、自分の薄手の服を見下ろす。


「ご心配なく、必要な装備はこの店で揃えられます」


 ライルは立ち上がって倉庫の方へ向かう。


「ライル、準備には何日くらいかかりますか?」


「そうですね……装備の確認に二日。それと、街道の様子も見ておきたい。三日あれば準備は整います」


「分かりました。では、三日後にまたここに」


「任せてください。それまでに準備を整えておきます」



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