03
王立考古学協会の建物は、図書館都市ソルステンの西地区に位置していた。煉瓦造りの古めかしい建物は、かつての貴族の館を改装したものだという。
その正面を飾る時計塔から、六時を告げる深い鐘の音が響き渡る。
クレイは重厚な石造りの門をくぐりながら、二日前に図書館でアルマと発見した資料のことを考えていた。
「星廻りの民」と「天空の楽園」——この発見は、間違いなく調査の転換点になるはずだった。
「おはようございます、クレイさん」
エントランスホールで待っていたアルマが、いつもの控えめな様子で声をかけてきた。服装も司書の制服ではなく、シンプルなワンピース姿だ。
「おはようございます。資料の準備はできましたか?」
「はい。探検隊の記録と、私が読解術で解読した内容の要約をまとめてきました」
「短い時間でありがとうございます」
クレイは文書の束を受け取ると、アルマが整理した記録の要約を確認する。
「お伝えした通り、今日はヴェルナー博士に相談する機会を設けました」
「第二王朝期の研究をされている方、でしたよね」
「はい。特に辺境地域の文化や、王朝崩壊期の記録については、王国でも五本の指に入る権威です」
クレイが博士との約束があることを受付の係員に伝えると、二人は応接室と思われる部屋に通された。
古めかしい革張りの椅子に腰掛けながら、アルマは緊張した様子で資料を広げる。
書き込みのある探検隊の記録。六芒星の図版を写し取った羊皮紙。そして、第二王朝期の歴史書からの抜粋。
しばらくして扉が開き、初老の男性が重厚な足音とともに部屋に入ってきた。グレーがかった髪に整った髭。磨き上げられた銀縁の眼鏡の奥の眼光は、穏やかながらも鋭い光を宿している。
「ヴェルナー博士。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
クレイが深々と頭を下げる。
「礼など不要だ。若い研究者が、こうして熱心に古い記録を掘り起こしてくれるのは、私としても嬉しい限りだ」
ヴェルナー博士は穏やかな微笑みを浮かべた。
博士は二人の前に腰を下ろすと、ゆっくりと資料に目を通し始める。時折、感心したような声を漏らし、いくつかの箇所では詳しい解説も加えてくれた。
「ここに書かれている『星月祭』については、私も若い頃に現地で調査したことがある。当時はまだ、その儀式の一部が伝承として残っていてな」
博士は時折、懐かしむように目を細めながら資料を見ていく。
しかし、六芒星の図版に目が留まった時、博士の表情が微かに変化した。
「この文様は……」
その声にわずかに力が入る。
「探検隊の記録によれば、この六芒星の文様は『天穹の印』と呼ばれていたようです。中心から放射状に広がる線は、伝説では星の光を集めるための……」
「なるほど」
博士は資料に目を落としたまま、静かに頷く。
「文様の周囲を囲む文字は、現代の文字とは異なる体系で、まだ完全には読み解けていません」
「若い二人が、ここまで丁寧な調査をしてくれるとは」
博士は再び表情を和らげ、微笑を浮かべながらそう言った。
「この資料は預かって詳しく検討させてもらうとしよう。改めて連絡を入れるまで、しばらく待ってもらえるかな」
博士に促されて二人が席を立つ時、アルマの刻印が、一瞬青白く光る。
彼女は何か言いかけたが、しかし、すぐに口を閉ざした。
*
それから五日が経過していた。
「面会を断られました」
クレイの声には落胆が滲んでいた。二人はまた王立考古学協会を訪れていたが、今回は応接室にすら通されなかった。
「理由は何か聞けましたか?」
「博士は多忙につき、としか」
クレイは首を振る。
「何かあったのでしょうか。衛兵や従者の方々の様子も慌ただしいようですが」
確かに、建物の雰囲気は一変していた。先日の穏やかな空気は消え、どこか緊張感が漂っている。
「クレイ様」
ヴェルナー博士との面会を諦め、建物を後にしようとしたクレイたちを呼び止めたのは、年配の従者だった。
「これをお渡しするようにと」
手渡されたのは、王立考古学協会の公印が押された一通の文書。クレイが開封すると、そこには簡潔な文面が記されていた。
『第二王朝期辺境地域調査に関する記録類は、王国機密文書として王立機密文書館に移管される。今後、該当記録は関係者以外の閲覧を禁ずる。また、以後の調査は不許可とする』
「どういうことですか?先日提出した資料は?」
「資料は既に機密文書館へ移送されました」
「なぜ、急に……」
その時、廊下の向こうを歩くヴェルナー博士の姿が見えた。しかし博士は、まるで二人を見なかったかのように、そそくさと別の部屋へと消えていった。
*
建物を後にした二人は、しばらく無言で歩を進める。
「アルマさん」
クレイが静かに声をかける。
「先日、博士と会った日……、あの時、最後に何を感じ取ったのですか?」
「あの時、部屋にあった資料に触れて、無意識に刻印の力が働いてしまいました。……そこには何年も前から積み重なる、強い警戒と、何かを守り通そうとする意志のような感情が染み付いていました」
「なるほど。……今は分からないことが多すぎますね」
「ええ。でも、これで記録による調査は……」
「ならば、現地へ」
そのクレイの声には、強い決意が込められていた。
「記録は奪われました。でも、氷河の下から姿を現した遺構は、まだあの地に眠っている」
「私も一緒に行かせてください」
クレイの言葉を聞いたアルマが顔をあげる。
「私の読解術が感じ取った当時の人々の思い。その背後にある真実を、この目で確かめてみたい」
アルマの言葉に迷いはなかった。




