02
翌日、クレイは再び王立図書館に出向き、アルマの元を訪れていた。
「私の能力の説明を、きちんとしておくべきでしたね」
アルマは古文書保管室の奥へと歩きながら、昨日の出来事を振り返るように話し始めた。
「私の『読解術』という刻印は、古い文字を理解できるだけでなく、その文章に込められた書き手の感情も読み取ることができるんです」
「感情ですか?」
「はい、昨日感じた『恐れ』のように」
「なるほど……。僕の考古学の刻印は年代を特定できるだけですが、アルマさんの能力なら、その時代を生きた人々の想いまで知ることができる」
「でも、普通の司書でも訓練次第で古い文字は読めますし、感情の機微を読み取れる人もいます。ですから、それほど珍しい能力とは思っていなくて……」
「でも、この組み合わせは貴重だと思います」
「そうかもしれません。もっと第二王朝期の記録を探してみましょう」
アルマはうなずき、説明を続けた。
「多くの歴史書では、第二王朝の崩壊は自然災害や政争が原因とされています。でも、この時代の記録には不自然な空白が多すぎます」
「そうですね、その前の第一王朝に比べれば、第二王朝期については遺跡や遺物は様々なものが見つかっていますが、文字による情報はほとんど残っていないようですね」
クレイは今まで見聞きしてきた情報を頭の中で整理しながら答える。
二人は書架の間を縫うように歩きながら、時折立ち止まってはアルマが文書に触れ、その内容を確認する。
「この辺りの資料は、ほとんどが断片的な記録ばかりです。でも……」
アルマは古い革表紙の本を取り出した。そこには「北方遠征記」というタイトルが記されている。
「これは、第二王朝期に北方を探検した騎士団の記録です。私の読解術が感じ取る限り、記録者の感情は比較的穏やかです。おそらく、王朝崩壊よりもずっと前の時代のものかと」
クレイは左手の印を本に近づけ、年代を確認した。
「ええ、崩壊の百年以上前ですね。……この本の内容は?」
アルマは本を開き、ゆっくりと目を走らせる。
「探検隊は、ヴァルデン山脈で奇妙な伝説を聞いたようです。『天空の楽園』という言葉が何度も出てきます」
「天空の楽園?」
「はい。山脈に住んでいた人々は、『星廻りの民』と呼ばれる人々の伝説を語り継いでいたそうです。星の光を集めて楽園を築いた民、と」
「星廻りの民……」
クレイは昨日見た六芒星の文様を思い出していた。
「その民は、どうなったんでしょう?」
アルマは首を振る。
「記録はそこで途切れています。ただ、探検隊はある奇妙な石版を発見したようです。六芒星の文様が刻まれた……」
「六芒星!それは、今回見つかった遺構の扉と同じ文様かもしれません」
「探検隊は石版を王都に持ち帰ったとあります。王立博物館に収蔵されたはずですが……」
「博物館なら、すぐに確認できます」
クレイは立ち上がりかけたが、アルマに制された。
「その前に、もう一つ気になる記述があります。探検隊が石版を発見した場所で『風のような唄が聞こえた』と」
「……今回の遺構でも、同じような現象が報告されています」
クレイは考え込むように腕を組む。
「私も博物館にご一緒させてくれますか。私なら、石版に刻まれた文字を解読できるかもしれません」
アルマの提案にクレイはうなずいた。
「ええ、ぜひ。一緒に調べてみましょう」
*
王立博物館は図書館と同じ敷地内にある。二人は急ぎ足で図書館を出ると、石畳の中庭を横切っていった。
しかし、博物館に着いて驚きの事実が判明する。
探検隊がもたらした石版は、ちょうど第二王朝崩壊の直前に「修復」のため収蔵庫に移されたまま、行方不明になっていた。
「まるで……意図的に隠されたかのようですね」
「ええ。でも、あの遺構で見つかった扉の文様と同じものが刻まれていたとすれば、何らかの関連があるはずです」
クレイは決意を込めて言った。
「アルマさん、協力していただけませんか?この謎を、一緒に解き明かしていきたい」
アルマは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んで頷いた。
「はい。私にできることなら」
*
その夜、クレイは自宅の書斎で一枚の古い写真を眺めていた。
王立博物館で石版の記録を探している時に、偶然見つけた探検隊の記念写真。
その背景には石板が写り込んでおり、微かに六芒星の文様が判別できる。そして、その文様の中心には、まるで星座のような点と線で描かれた模様があった。
クレイは、今は氷の下に眠る扉の文様と、写真の中の石版を見比べる。
窓の外では、王立図書館の尖塔から、いつものように青い光が夜空を照らしていた。




