01
朝日に照らされた王立図書館の尖塔が、乳白色のガラスのように輝いている。
高くそびえる中央塔の周囲には、八本の小塔が円を描くように立ち並び、塔と塔の間を石の橋が繋いでいた。
図書館を訪れたクレイは入り口で手続きを行い、入館許可を得る。
クレイは考古学協会に所属する研究者として登録されており、古文書の特別書庫への立ち入りも認められていた。
階段を上り、目的の文献がある歴史資料室へと向かう。利用者の中には、額や手に星型の刻印を持つ者の姿もちらほらと見えた。この図書館は、刻印能力の研究でも知られている。
「ヴァルデン山脈、ヴァルデン山脈……」
文献目録で当たりをつけた棚を探すが、北方の辺境に位置するその山脈に関する記録は、予想以上に少なかった。
「第二王朝期の記録では山脈の名前すら違うはずだし……」
目録にはない古文書も探してみたが、二時間ほどの探索で、地理書に記された位置情報を確認できた程度だった。
意外な苦戦に、クレイはため息をつく。
遺物に触れれば年代が分かる考古学の刻印。しかし、こと文献となると、その能力は何の役にも立たない。手がかりを見つけるには、地道な調査に頼るしかなかった。
気候変動で氷河が後退したことで姿を現した建造物群。誰も見たことのない文様の刻まれた扉。そこから漏れる青い光と、風のような唄。
情報があまりに少ない。そもそも、その地域の古い記録が極端に少ないのが気になる。
「あの……、何かお探しでしょうか」
クレイが振り向くと、そこには薄い金髪を一つにまとめた若い女性が立っていた。
白を基調とした司書の制服に身を包み、首から図書館職員の証が下がっている。
「あ、はい。ヴァルデン山脈に関する古い記録を探しているのですが……」
「ヴァルデン山脈ですか」
アルマリア・ヴィンターと書かれた名札の司書は、一瞬考え込むような表情を見せた。
「もしかしたら、地誌の分類ではなく、別の場所にあるかもしれません」
「別の場所、とは?」
「辺境地域の記録は、軍事記録や探検記録として保管されていることが多いんです。特に第二王朝期以前は……」
その仕草は控えめでありながら、確かな知識に裏打ちされた自信が感じられる。
「なるほど。それは思いつきませんでした」
「あちらの書庫に関連する記録があるはずです。探検隊の記録や、辺境伯の報告書などが……」
アルマリアはクレイを特別書庫の一角へと案内し、棚から何冊かの古い文書を取り出し、クレイに手渡した。
薄茶色に変色した羊皮紙を糸でしっかりと綴じた分厚い冊子。表紙には既に判別が難しくなった文字が浮かび上がっている。
「ありがとうございます」
クレイは閲覧用の机に向かい、早速文書を開いたが、すぐに困難に直面する。
第二王朝期特有の装飾的な文字は、文字体系が現代のものとは大きく異なっていて、彼の知識だけでは読み解くのが難しい。
それでも一時間ほど格闘したが、ほとんど進展がなかった。
クレイはしばらく思案した後に席を立ち上がる。
自分一人での調査に限界を感じ、先ほど案内してくれた司書ーーアルマリアに頼ることにした。
「失礼します、アルマリアさん。この文書の解読についてアドバイスをいただけないでしょうか」
アルマリアは近くの書架で整理作業をしていて、すぐに見つけることができた。
「はい、どのような……」
アルマリアは文書を覗き込み、何かに気づいたように言葉を切った。
「……あの、私から一つ提案が」
「提案とは、どのような?」
「実は私には刻印能力がありまして……『読解術』と呼ばれるものなんです」
「読解術ですか」
「たいした能力ではありませんが、このような古文書の解読のお手伝いはできると思います」
「それは願ってもないことです。しかし、手伝っていただいても良いのでしょうか。えっと、アルマリアさん」
「アルマと呼んでください。皆そう呼びますから」
アルマは少し照れたように微笑むと、クレイが開いていた本に目を落とした。
「では、アルマさん。この本を見ていただけますか」
アルマは頷き、クレイから本を受け取ると、そっと手を当てる。その手には、確かに星型の印が浮かび上がっていた。
「これは……」
アルマの表情が凍りついたように変わる。
「どうかしましたか?」
「文章の内容よりも……それ以上に……書き手の感情が伝わってきます。恐れです。とてつもない恐れの感情が、この文字に染み込んでいる」
クレイが読んでいたのは、第二王朝期に編纂された辺境地域の報告書だった。そこには確かにヴァルデン山脈に関する記述があったが、その章はわずか数ページで、しかも文字の大半が黒く塗りつぶされている。
二人は顔を見合わせた。
黒く塗りつぶされた記録。そして、書き手の強い恐れ。
「アルマさん。他にも、この時代の記録の調査を手伝ってもらえませんか?あなたの能力があれば、文書からもっと当時の人々の想いを読み取れるかもしれない」
「でも、私の能力は……」
「僕の考古学の刻印は、遺物の年代を測れるだけの能力です。文字の意味を理解することも、書き手の想いを知ることもできない。でも、それがあなたの能力と組み合わさることで、何か見えてくるかもしれない」
アルマは少し考え込むように目を伏せた。そして、ゆっくりと顔を上げると、今度は迷いのない表情で頷いた。
「分かりました。私にできることがあるなら、お手伝いさせてください」




