旅立ち
「年代は……第四王朝期、材質は青銅に銀メッキ……」
クレイヴァー・ストランドは左手にある星型の印を軽く押さえながら、机の上の小さな装飾品を見つめていた。
依頼された商人の邸宅の応接室に、夕暮れの光が重厚なカーテンの隙間から差し込んでいる。
刻印の力を使うたびに、まるで指先から細かな砂が零れ落ちるような、不思議な感覚が左手を包み込んだ。
そして一瞬後には、その品物が作られた時代や材質、製法といった情報が、頭の中に流れ込んでくる。
「やはり偽物ですね」
クレイヴァー自身は、その能力によって確かな情報を得られているが、長年の経験から、依頼主には根拠を示して丁寧に説明する方が良いことを知っていた。
「様式など、見た目は第二王朝期のものですが、この技法は明らかに後代のもので、銀メッキの方法が当時のものとは異なります。……巧妙な複製品です」
依頼主の商人は、クレイヴァーの丁寧な説明に、肩を落としながらも納得の表情を浮かべた。
仕入れ先は、第二王朝期の工房で作られたとされる儀式用の装飾品で、王立博物館にも数点しかないという稀少な品だと豪語していたそうだ。
「私も長く商売をしている者として、目利きには少々自信がありましたが、仕入れ先が少し怪しかったもので……」
商人はため息をつきながら、贋作と鑑定された装飾品を受け取る。
「さすが考古学の刻印を持つお方だ。知人にクレイさんの噂を聞きましてね、依頼して良かった。最近は贋作も増えていて、見分けるのも一苦労でして」
商人の言葉に、クレイ——普段そう呼ばれることが多かった——は曖昧な笑みを浮かべた。
確かに刻印のおかげで鑑定の仕事に困ることはなかった。しかし、同時に物足りなさも感じている。
「お役に立てて良かったです。よろしければ今後もご贔屓にしていただけると」
ええ、ぜひとも、そう言いつつも、商人はそそくさとクレイを送り出した。
商人の居宅を後にして、クレイは首を振る。
神から選ばれし者だけが持つという「刻印」。左手の星型の印は、遺物に触れるだけでその年代や材質を見分けられる不思議な力をもたらしてくれた。
しかし、考古学の刻印と呼ばれるその能力は、熟練の目利きには及ばないこともある。
昔の人々の暮らしに思いを馳せ、先人たちの築いた文明を解き明かす。
それは彼にとって何より魅力的な仕事だったが、皮肉なことに、考古学の刻印は遺物の年代を知ることしかできず、その背景にある歴史の謎に迫ることはできなかった。
実際の収入も、今日のような骨董品の鑑定に頼らざるを得ない。
商人街から大通りに出ると、夕暮れ時の街並みが広がっていた。石畳の道を行き交う人々の中には、額や手に星型の印を持つ者の姿も見える。
炎を操る魔術師、剣術の達人、天候を読む航海士。それぞれが刻印の力を駆使して、この街で生きていた。
*
自宅に戻ったクレイは、研究室として使っている書斎に向かった。
棚には王朝時代の土器の破片や、謎の文字が刻まれた石版の断片が無造作に並べられ、机の上には未整理の古文書の束が積まれている。
日々の鑑定の仕事の合間を縫って、彼は本来の考古学の研究を続けていた。
窓の外には、「図書館都市」と呼ばれるソルステンの象徴、王立図書館の尖塔が夕陽に輝いている。
世界中から集まった知識の集積地。その最上階の天文台からは、夜になると青い光が灯り、街中を照らし出していた。
「さて、本題に取り掛かろう」
クレイは気分を切り替え、王立考古学協会から届いた一通の依頼書を広げる。
北方辺境のヴァルデン山脈で発見された奇妙な遺構の調査依頼だ。
発見者の報告によれば、近年の気候変動による氷河の後退によって、これまで氷に閉ざされていた建造物群が姿を現したという。
そして、その中心には幾何学的な文様が刻まれた巨大な扉が発見された。
「この文様は見たことがあるな……」
クレイは地図の余白に記された粗雑なスケッチを見つめる。
六芒星を基調とした模様は、彼の知る限り、どの時代のものとも異なっていた。まるで星座を地上に写し取ったような、不思議な配置をしている。
すでに発見から一月が経過しているが、調査隊は扉を開くことができないまま、悪天候で撤退を余儀なくされたらしい。
しかし、最後の報告には不可解な一文が添えられていた。
『夜になると扉から青い光が漏れ、風のような唄が聞こえる』
クレイは報告書に目を通しながら、思わず左手の印に触れた。今回の依頼には普段にない期待感を感じる。
氷河の下から現れた謎の遺跡。誰も見たことのない文様。そして、青い光と謎の歌声。
「ヴァルデン山脈に関する古文書を探せば、何か手がかりが見つかるかもしれない。明日、王立図書館に行って、できれば専門的な司書の人に相談してみよう」




