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崩れた階段を駆け上がった先に、深い静寂に沈んだ城の内部が広がっていた。
高い天井は所々が抜け落ち、そこから差し込む光が、堆積した埃と崩れた石材を白く照らしている。
クレイとアルマは、広間を貫くように延びる通路を、奥へと急ぐと、遠く、通路の先にエルンストの背が見えた。
「いました、あそこです!」
エルンストは、奥まった一角で足を止めているようで、その正面には、装飾を排した簡素な扉があった。
エルンストが手をかざすと、扉の表面に青白い光の筋が走り、扉が左右へと開いていく。
クレイたちが駆け寄ったときには、エルンストはすでに奥へと姿を消し、扉は再び固く閉ざされていた。
クレイは、左手の腕輪へと目を落とした。
「彼はこれと同じ力を持っているのでしょうか」
息を整え、腕輪を扉へとかざすと、先ほどと同じように、扉の表面を青白い光が走っていく。
*
扉の先は、円形の部屋だった。
壁の一面には見たこともない意匠が隙間なく刻まれている。
部屋の中央から奥にかけて、床には幾筋もの溝が走り、そのすべてが、最奥に据えられた一つの石碑へと集まっていた。
「思ったよりも早かったじゃないか」
石碑の前で振り返ったエルンストの顔に焦りはない。
「エルンストさん。あなたは、この部屋で何をするつもりですか」
エルンストが、石碑の表面へと手を滑らせると、指の触れたところから、淡い光が滲み出す。
「その前に、君たちに、話しておきたいことがある」
エルンストは、クレイとアルマを交互に見た。
「君たち二人は、自分が何者か知らないだろう。私と同じだ。かつて第一王朝時代に、王たる座についていた者たちの末裔だよ」
エルンストの言葉に、クレイとアルマは息を呑んだ。
「統治した国は違うが、その源をたどれば、行き着く先は同じだ。彗星に座する女神から、直接力を託された者たちの直系だよ」
エルンストは、クレイの左手を指差した。正確にはクレイの左手に刻まれた刻印を。
「王族の末裔は特別な力を持つことが多く、それを利用しようとする輩に常に狙われてきた」
特別な力——。
冴えない能力だと思っていた自分たちの力は、確かに変化を見せていた。
「僕たちの力は、変化ではなく、本来の力を取り戻していた?」
「その刻印の力こそが、君たちの血筋を証明している」
「僕もアルマさんも自分たちの出自を知らない。でも、そんなことが……」
「君らが孤児同然に育ったのは、その力を隠すための苦肉の策だろう。私の一族は、代々研究者に身をやつし、その秘められた力を隠蔽してきたがな」
「そうか、あなたはそうやって代々継がれてきた知識で、星の力の秘密を知っていたのですね」
エルンストは、円形の部屋を、そして頭上を仰ぐように見回した。
「その通りだ。ここは、太古、最も強大な力を持った者の居城だ。星の力を極限まで束ね、この城そのものを、天の彼方へと飛ばすことができる。これこそが私が求めていたものだ」
「そんなことに、どれほどの力が要ると思っているんですか」
「無論、膨大な力が要る。この星に残されたエネルギーを、根こそぎ使い果たすほどのね。この城が飛び立った後、残された星は、ゆっくりと枯れていくだろう」
「この地を絶やすというのですか!」
クレイの声が、思わず高くなった。
エルンストは、少しだけ困ったように眉を寄せた。本心から、クレイの言葉の意味を測りかねているようだった。
「地を這って生きるか、星の海へ出るか。より高きを選ぶのは、当然のことだろう。留まりたい者は、留まればいい。ただ、そこに未来がないというだけの話だ」
「……いいえ」
それまで黙っていたアルマが、一歩前へ出た。
「あなたの言う『より高き』が、大勢の人の暮らしと引き換えにするものなら、私はそれを選びません。星廻りの民が残した力は、人を見捨てるためのものではなかったはずです」
アルマの声には、書庫で読み解いてきた、遠い時代の人々の記憶が滲んでいた。
「彗星に座する女神は、この地に残り、その一生を人々のために捧げました。残された者たちも、その力を、暮らしを支えるために使い続けた。あなたのしようとしていることは、その願いを、根こそぎ踏みにじる行いです」
エルンストは、しばらくアルマを見つめていた。
そして、ゆっくりと首を横に振る。落胆とも、憐れみともつかない仕草だった。
「残念だよ。同じ血を分けた者として、君たちとは、共に星の海を渡れるかもしれないと思っていたのだがね」
石碑に触れていた手を、エルンストが静かに持ち上げる。
「だが、分かり合えないのなら、仕方がない。ここで、退場してもらおう」
その瞬間、閉ざされていたはずの円形の部屋に、風が生まれた。
どこから吹き込んだともしれない風は、みるみるうちに勢いを増し、部屋の中を渦を巻いて駆け巡る。
床の埃が舞い上がり、崩れた石材が軋みを上げた。エルンストの周囲で、その風はいくつもの見えない刃へと変わっていく。
「クレイさん、下がって!」
アルマが叫ぶと同時に、不可視の風の刃がクレイたちへと殺到した。
鋭い斬撃が、二人のいた場所の床石を、紙のように切り裂いていく。掠めただけでも肉を断つであろう、かまいたちだった。
アルマが両手を突き出し、二人の前に呪法を編み上げる。指先から放たれた光が、薄い膜となって二人を包み込んだ。風の刃が、その膜へと次々に叩きつけられる。
斬撃のたびに、防御の膜が激しく明滅し、アルマの体が後ろへと押される。エルンストの操る風は途切れることなく吹き荒れ、アルマの張った守りを、少しずつ削り取ろうとしていた。
「——これが私の刻印の能力『嵐の王』だ」




