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刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
失われた王都

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 崩れた階段を駆け上がった先に、深い静寂に沈んだ城の内部が広がっていた。

 高い天井は所々が抜け落ち、そこから差し込む光が、堆積した埃と崩れた石材を白く照らしている。


 クレイとアルマは、広間を貫くように延びる通路を、奥へと急ぐと、遠く、通路の先にエルンストの背が見えた。


「いました、あそこです!」


 エルンストは、奥まった一角で足を止めているようで、その正面には、装飾を排した簡素な扉があった。

 エルンストが手をかざすと、扉の表面に青白い光の筋が走り、扉が左右へと開いていく。


 クレイたちが駆け寄ったときには、エルンストはすでに奥へと姿を消し、扉は再び固く閉ざされていた。


 クレイは、左手の腕輪へと目を落とした。


「彼はこれと同じ力を持っているのでしょうか」


 息を整え、腕輪を扉へとかざすと、先ほどと同じように、扉の表面を青白い光が走っていく。



 扉の先は、円形の部屋だった。


 壁の一面には見たこともない意匠が隙間なく刻まれている。

 部屋の中央から奥にかけて、床には幾筋もの溝が走り、そのすべてが、最奥に据えられた一つの石碑へと集まっていた。


「思ったよりも早かったじゃないか」


 石碑の前で振り返ったエルンストの顔に焦りはない。


「エルンストさん。あなたは、この部屋で何をするつもりですか」


 エルンストが、石碑の表面へと手を滑らせると、指の触れたところから、淡い光が滲み出す。


「その前に、君たちに、話しておきたいことがある」


 エルンストは、クレイとアルマを交互に見た。


「君たち二人は、自分が何者か知らないだろう。私と同じだ。かつて第一王朝時代に、王たる座についていた者たちの末裔だよ」


 エルンストの言葉に、クレイとアルマは息を呑んだ。


「統治した国は違うが、その源をたどれば、行き着く先は同じだ。彗星に座する女神から、直接力を託された者たちの直系だよ」


 エルンストは、クレイの左手を指差した。正確にはクレイの左手に刻まれた刻印を。


「王族の末裔は特別な力を持つことが多く、それを利用しようとする輩に常に狙われてきた」


 特別な力——。

 冴えない能力だと思っていた自分たちの力は、確かに変化を見せていた。


「僕たちの力は、変化ではなく、本来の力を取り戻していた?」


「その刻印の力こそが、君たちの血筋を証明している」


「僕もアルマさんも自分たちの出自を知らない。でも、そんなことが……」


「君らが孤児同然に育ったのは、その力を隠すための苦肉の策だろう。私の一族は、代々研究者に身をやつし、その秘められた力を隠蔽してきたがな」


「そうか、あなたはそうやって代々継がれてきた知識で、星の力の秘密を知っていたのですね」


 エルンストは、円形の部屋を、そして頭上を仰ぐように見回した。


「その通りだ。ここは、太古、最も強大な力を持った者の居城だ。星の力を極限まで束ね、この城そのものを、天の彼方へと飛ばすことができる。これこそが私が求めていたものだ」


「そんなことに、どれほどの力が要ると思っているんですか」


「無論、膨大な力が要る。この星に残されたエネルギーを、根こそぎ使い果たすほどのね。この城が飛び立った後、残された星は、ゆっくりと枯れていくだろう」


「この地を絶やすというのですか!」


 クレイの声が、思わず高くなった。


 エルンストは、少しだけ困ったように眉を寄せた。本心から、クレイの言葉の意味を測りかねているようだった。


「地を這って生きるか、星の海へ出るか。より高きを選ぶのは、当然のことだろう。留まりたい者は、留まればいい。ただ、そこに未来がないというだけの話だ」


「……いいえ」


 それまで黙っていたアルマが、一歩前へ出た。


「あなたの言う『より高き』が、大勢の人の暮らしと引き換えにするものなら、私はそれを選びません。星廻りの民が残した力は、人を見捨てるためのものではなかったはずです」


 アルマの声には、書庫で読み解いてきた、遠い時代の人々の記憶が滲んでいた。


「彗星に座する女神は、この地に残り、その一生を人々のために捧げました。残された者たちも、その力を、暮らしを支えるために使い続けた。あなたのしようとしていることは、その願いを、根こそぎ踏みにじる行いです」


 エルンストは、しばらくアルマを見つめていた。


 そして、ゆっくりと首を横に振る。落胆とも、憐れみともつかない仕草だった。


「残念だよ。同じ血を分けた者として、君たちとは、共に星の海を渡れるかもしれないと思っていたのだがね」


 石碑に触れていた手を、エルンストが静かに持ち上げる。


「だが、分かり合えないのなら、仕方がない。ここで、退場してもらおう」


 その瞬間、閉ざされていたはずの円形の部屋に、風が生まれた。


 どこから吹き込んだともしれない風は、みるみるうちに勢いを増し、部屋の中を渦を巻いて駆け巡る。

 床の埃が舞い上がり、崩れた石材が軋みを上げた。エルンストの周囲で、その風はいくつもの見えない刃へと変わっていく。


「クレイさん、下がって!」


 アルマが叫ぶと同時に、不可視の風の刃がクレイたちへと殺到した。


 鋭い斬撃が、二人のいた場所の床石を、紙のように切り裂いていく。掠めただけでも肉を断つであろう、かまいたちだった。


 アルマが両手を突き出し、二人の前に呪法を編み上げる。指先から放たれた光が、薄い膜となって二人を包み込んだ。風の刃が、その膜へと次々に叩きつけられる。


 斬撃のたびに、防御の膜が激しく明滅し、アルマの体が後ろへと押される。エルンストの操る風は途切れることなく吹き荒れ、アルマの張った守りを、少しずつ削り取ろうとしていた。


「——これが私の刻印の能力『嵐の王』だ」




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