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光の扉をくぐると、視界が白く塗り潰された。
足元の感覚が消え、体が浮き上がるような、あるいはどこまでも落ちていくような、奇妙な浮遊感が全身を包む。
やがて光が収まり、視界が開けていくと、顔を上げたアルマは、目の前の光景に息を呑んだ。
「……ここは」
足元にあるのは、湿原の泥ではなく、硬く冷たい石畳。
あたりを閉ざしていた霧も、いつの間にか跡形もなく晴れている。
「あれを見てください」
クレイの指差した先には、見上げるほどに高い建造物が、いくつも連なっていた。
塔の頂は崩れ落ち、回廊の柱は傾き、壁の文様は風化して掠れている。
石畳のそこかしこに走る深い亀裂が、途方もない歳月の重みを感じさせた。
それでも、その荘厳な姿は、ここがかつて隆盛を誇っていた場所であることを物語っている。
サラは、石畳の端へと歩み寄り、その先を見下ろした瞬間、足を止めた。
「……おい。これは、どうなっている」
石畳の縁の、その向こうの眼下には、どこまでも続く雲が広がっていた。
その切れ間から遠く霞んで見えるのは、緑とも青ともつかぬ、地表の色。
「ここは空の上なのか」
「あの扉は、この場所へと繋ぐための装置だったようですね。イルメイアの転移の仕組みと同じように」
クレイが足元の石畳に触れると、左手の刻印が淡い光を放つ。
「実際に見るのは初めてです。……ここは、間違いなく、第一王朝時代の建造物です」
「ここは、昔のお城のような場所だったのでしょうか」
「ええ、おそらく。第二王朝最後の王が示したのは、天空に浮かぶかつての王都だったのでしょう」
「これほどの力を持ちながらも、最後には滅んでしまうなんて……」
太古の昔、空の上に、これほどのものを築いた人々がいた。
星の力を操り、雲の上に都を浮かべ、そこで暮らしを営んでいた。
だが、残されているのは、静寂と、崩れゆく姿。
その景色を前に、アルマの胸には、言いようのない寂しさが広がっていった。
*
五人は、崩れた回廊を抜け、ひと際目立つ建物を目指し、奥へと進んでいった。
人の気配のない街並みが、どこまでも続いている。窓の抜け落ちた家々、水の涸れた泉、半ばで崩れ落ちた橋。
かつては大勢の人々が行き交っていたであろう道は、今はただ、五人の足音だけを響かせていた。
やがて、巨大な城の門が見える広場へと到着した。
「やはり、あれが王城のようですね」
崩れかけた門の奥には、ひときわ巨大な建造物がそびえている。
「建物の内部は危険があるかもしれません。慎重に進みましょう」
ライルの先導でクレイたちが門に向かおうとした、そのとき、広場に聞き覚えのある声が響き渡った。
「君たちのおかげで、ようやくここに来られた。礼を言わせてもらうぞ」
崩れた円柱の陰から、ゆっくりと歩み出てくる人影は、かつてクレイたちを救ってくれた人物だった。
「エルンストさん……」
その傍らには、もう一人、背の高い、痩身の男が付き従っている。
腰には長い剣を提げ、感情の読めない静けさをたたえた目で、クレイたちを見据えていた。
「なぜあなたがここに」
「なぜ、と言われても、私の目的は最初から《《これ》》だったからな」
エルンストは、笑みを浮かべながら小首をかしげた。
「君たちは、ずっと道を示してくれていたよ。イルメイアで私の目を一つ潰してくれたのには参ったが。なに、目はいくつもある。君たちの歩いた跡を、ただ辿ってきただけのことだよ」
「やはり、あたしの勘はあたっていたな。こいつは信用できない、とな」
エルンストの言葉に反応したサラが、曲剣に手をかけ、一歩踏み出した。
その動きに、エルンストの傍らに立っていた剣士がわずかに腰を落とす。
だが、エルンストは片手を軽く上げ、それを制した。
「それにしても、ヴェルナー博士は気の毒だった」
エルンストは、崩れた建物を見上げ、感慨深げに息をついた。
「彼ほどの才能がありながら、望んだものが、この地上の王座だったとは。ずいぶんと、慎ましい夢だ」
「あなたはヴェルナー博士の目的も知っていたのですか」
「無論だ。だが、あの力はそんなちっぽけなもののために使うものではない」
「まさか、あなたは女神や星詠みたちのことまで……」
エルンストは、満面の笑みで頷いた。
「彼らは星から星へと渡り歩く者たちだ。たった一つの星の上で、誰が王だ、どこが国境だと争うことが、どれほど矮小なことか」
エルンストは両手を広げ、朽ちた都を、そしてその向こうに広がる雲海を、指し示した。
「彼らの力を、完全に取り戻すことができたなら。戦など起こすまでもない。この星のすべては、望むだけで手の中に転がり込んでくる。そして――その先へ、行くこともできる」
「その先……」
「この星を出るのだよ。雲の上どころではない。女神がそうしてこの星に来たように、私も星々の海へと漕ぎ出すのだ」
目の前に立つ自分たちではない、どこか遠くを見るようなエルンストの表情。
クレイは先ほどからの違和感にようやく気がついた。
「よく分かりました」
「ほう。思ったよりも物分かりがいい——」
「いえ」
クレイははっきりと首を振り、エルンストの言葉を遮った。
「僕が分かったのは、あなたは本当の歴史を知ったわけではないということです」




