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刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
失われた王都

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 光の扉をくぐると、視界が白く塗り潰された。

 足元の感覚が消え、体が浮き上がるような、あるいはどこまでも落ちていくような、奇妙な浮遊感が全身を包む。


 やがて光が収まり、視界が開けていくと、顔を上げたアルマは、目の前の光景に息を呑んだ。


「……ここは」


 足元にあるのは、湿原の泥ではなく、硬く冷たい石畳。

 あたりを閉ざしていた霧も、いつの間にか跡形もなく晴れている。


「あれを見てください」


 クレイの指差した先には、見上げるほどに高い建造物が、いくつも連なっていた。


 塔の頂は崩れ落ち、回廊の柱は傾き、壁の文様は風化して掠れている。

 石畳のそこかしこに走る深い亀裂が、途方もない歳月の重みを感じさせた。


 それでも、その荘厳な姿は、ここがかつて隆盛を誇っていた場所であることを物語っている。


 サラは、石畳の端へと歩み寄り、その先を見下ろした瞬間、足を止めた。


「……おい。これは、どうなっている」


 石畳の縁の、その向こうの眼下には、どこまでも続く雲が広がっていた。

 その切れ間から遠く霞んで見えるのは、緑とも青ともつかぬ、地表の色。


「ここは空の上なのか」


「あの扉は、この場所へと繋ぐための装置だったようですね。イルメイアの転移の仕組みと同じように」


 クレイが足元の石畳に触れると、左手の刻印が淡い光を放つ。


「実際に見るのは初めてです。……ここは、間違いなく、第一王朝時代の建造物です」


「ここは、昔のお城のような場所だったのでしょうか」


「ええ、おそらく。第二王朝最後の王が示したのは、天空に浮かぶかつての王都だったのでしょう」


「これほどの力を持ちながらも、最後には滅んでしまうなんて……」


 太古の昔、空の上に、これほどのものを築いた人々がいた。

 星の力を操り、雲の上に都を浮かべ、そこで暮らしを営んでいた。


 だが、残されているのは、静寂と、崩れゆく姿。

 その景色を前に、アルマの胸には、言いようのない寂しさが広がっていった。



 五人は、崩れた回廊を抜け、ひと際目立つ建物を目指し、奥へと進んでいった。


 人の気配のない街並みが、どこまでも続いている。窓の抜け落ちた家々、水の涸れた泉、半ばで崩れ落ちた橋。

 かつては大勢の人々が行き交っていたであろう道は、今はただ、五人の足音だけを響かせていた。


 やがて、巨大な城の門が見える広場へと到着した。


「やはり、あれが王城のようですね」


 崩れかけた門の奥には、ひときわ巨大な建造物がそびえている。


「建物の内部は危険があるかもしれません。慎重に進みましょう」


 ライルの先導でクレイたちが門に向かおうとした、そのとき、広場に聞き覚えのある声が響き渡った。


「君たちのおかげで、ようやくここに来られた。礼を言わせてもらうぞ」


 崩れた円柱の陰から、ゆっくりと歩み出てくる人影は、かつてクレイたちを救ってくれた人物だった。


「エルンストさん……」


 その傍らには、もう一人、背の高い、痩身の男が付き従っている。

 腰には長い剣を提げ、感情の読めない静けさをたたえた目で、クレイたちを見据えていた。


「なぜあなたがここに」


「なぜ、と言われても、私の目的は最初から《《これ》》だったからな」


 エルンストは、笑みを浮かべながら小首をかしげた。


「君たちは、ずっと道を示してくれていたよ。イルメイアで私の目を一つ潰してくれたのには参ったが。なに、目はいくつもある。君たちの歩いた跡を、ただ辿ってきただけのことだよ」


「やはり、あたしの勘はあたっていたな。こいつは信用できない、とな」


 エルンストの言葉に反応したサラが、曲剣に手をかけ、一歩踏み出した。

 その動きに、エルンストの傍らに立っていた剣士がわずかに腰を落とす。


 だが、エルンストは片手を軽く上げ、それを制した。


「それにしても、ヴェルナー博士は気の毒だった」


 エルンストは、崩れた建物を見上げ、感慨深げに息をついた。


「彼ほどの才能がありながら、望んだものが、この地上の王座だったとは。ずいぶんと、慎ましい夢だ」


「あなたはヴェルナー博士の目的も知っていたのですか」


「無論だ。だが、あの力はそんなちっぽけなもののために使うものではない」


「まさか、あなたは女神や星詠みたちのことまで……」


 エルンストは、満面の笑みで頷いた。


「彼らは星から星へと渡り歩く者たちだ。たった一つの星の上で、誰が王だ、どこが国境だと争うことが、どれほど矮小なことか」


 エルンストは両手を広げ、朽ちた都を、そしてその向こうに広がる雲海を、指し示した。


「彼らの力を、完全に取り戻すことができたなら。戦など起こすまでもない。この星のすべては、望むだけで手の中に転がり込んでくる。そして――その先へ、行くこともできる」


「その先……」


「この星を出るのだよ。雲の上どころではない。女神がそうしてこの星に来たように、私も星々の海へと漕ぎ出すのだ」


 目の前に立つ自分たちではない、どこか遠くを見るようなエルンストの表情。

 クレイは先ほどからの違和感にようやく気がついた。


「よく分かりました」


「ほう。思ったよりも物分かりがいい——」


「いえ」


 クレイははっきりと首を振り、エルンストの言葉を遮った。


「僕が分かったのは、あなたは本当の歴史を知ったわけではないということです」


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