↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
失われた王都

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/68

58

 サルマンの町を発って数日、クレイたちはメルヴィナ大湿原の縁に立っていた。


 乾いた砂の大地は、いつの間にか湿った黒い土へと変わっている。足元の草は水を含んで重く倒れ、一歩踏み出すごとに、靴底が柔らかな地面に沈み込んだ。


 そして、その先には、灰白色の霧が壁のように立ちはだかっていた。


 湿原そのものは、ほんの数歩先までしか見通せない。霧はゆっくりと渦を巻きながら流れ、時折その隙間から、水を湛えた黒い沼や、朽ちかけた立木の影がのぞく。


「これが……メルヴィナ大湿原」


 アルマが、霧の彼方へと目を向けた。


「話には聞いていたが、想像以上だな」


 サラは目を細め、霧の奥を見透かそうとしたが、すぐに諦めたように首を振った。

 砂漠で鍛えられた彼女の目も、この白い帳の前では役に立たない。


 ライルが腰の道具入れから方位磁石を取り出し、掌の上に置いた。


 だが、その針は定まることなく、緩やかに回り続けている。時折思い出したように向きを変えるが、北を指し示すことは一度もなかった。


「やはり駄目ですね。サラさんの一族が持ち帰った記録の通りです」


「遠征隊が越えられなかったのも、これが理由か」


 砂漠の民が幾度も西へ送り出した遠征隊の記録。

 そこに繰り返し記されていたのは、方角を見失い、同じ場所を巡り続けたという報告だった。

 太陽も星も霧に閉ざされ、頼みの方位磁石は狂い、隊は自分たちがどこにいるのかすら分からぬまま、水と食料を使い果たして引き返すほかなかったという。


「磁石が狂うのも、霧が晴れないのも……きっと、この地に星の力の名残が漂っているからだと思います」


「そのようですね。今まで巡ってきた遺構と同じように、ここも力の反動が生じたのでしょう」


 その時、それまで黙って霧の奥を見つめていたリオが、ふいに口を開いた。


「……あそこに、何か見えます」


 四人の視線が、リオの指し示す先へと向けられた。だが、そこにはただ、渦を巻く白い霧があるばかりだ。


「何が見える、リオ」


「……崩れた柱のようなものが、水の中から突き出しています。それと、その先にも、もっと小さな影がいくつか」


 リオの刻印は、暗闇の中でも遠くまで見通す力を宿している。

 松明の届かぬ闇を見抜くその目は、光を鈍く散らすこの霧の中でも、常人よりはるかに先を捉えているようだった。


「あの石を目印にすれば、進む方向を見失わずに済むかもしれません」


「なるほど、道しるべになるということですね」


 ライルが長い棒を手に、一歩前へ出た。


「俺が先導します。足元に深い沼があるかもしれません。リオが方角を教えてくれれば、あとは俺が安全な道を選びます」



 ライルを先頭に、五人は霧の中へと足を踏み入れた。


「その先、五、六歩は水が浅いはずです」


 ライルは長い棒で足元を探りながら、一歩ずつ慎重に歩を進めていく。

 棒の先が柔らかく沈み込む場所は避け、固い地面だけを選んで進む。その後ろを、クレイたちが一列になって続いた。


「もう少し左です」


 リオの声が、霧の中に響く。


 足を取る泥濘は、身軽さを身上とするサラから、その動きを奪っていく。幾度も顔をしかめるその表情には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。


「お前は、この土地が怖くないのか?」


「俺が育ったのは、川の近くです。水のある場所は、砂漠よりずっと慣れています」


 リオは霧の奥を見据えたまま、小さく笑った。


 やがて一行は、リオが最初に見つけた石の柱にたどり着いた。


 水面から斜めに突き出したそれは、人の背丈を優に超える太さの石柱だった。

 表面は水苔に覆われ、原形の多くは崩れ落ちているが、辛うじて残った側面には、見覚えのある文様の断片が刻まれている。


 クレイはその文様に指を這わせ、しばし黙り込んだ。


「ヴァルデンや各地の遺構で見たものと、様式は同じですが、時代はもっと古い。線の彫り方が、ずっと素朴で力強い」


「やはりここは、第二王朝期よりも、もっと古い時代の遺構なのでしょうか?」


「おそらく……僕たちが今まで見てきたどの遺構よりも」


 クレイは手帳に石柱の特徴を記していく。


「リオ、ここから他に何か見えますか?」


「はい、あちらにも、ちょうどこれと似たようなものが見えます。それからもう少し奥にも」


「ライル。ここまでのおおよその距離は分かりますか?」


「もちろんです。歩き始めた場所からの距離と方角はおおよそ分かっています」


 クレイは再び手帳を開くと、リオとライルから聞いた石柱の位置や方角を書き込んでいく。


「クレイさん、何か気づいたのですか」


「ここがもし何らかの遺構、つまり、建造物の跡であるなら、この石柱の位置関係から全体が掴めるかもしれません」


「そんなことができるのですか?」


「時代が変わったとしても、人が造るものには類似性があります」


 クレイは手帳を閉じると、ライルとリオに向き直った。


「いくつか石柱を回ってみましょう。それでより正確な位置関係が分かるかもしれません」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。