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「やはり、砂の匂いは落ち着くな」
サラが目を細め、深く息を吸い込んだ。
乾いた風が頬を撫でた瞬間、サラは自分が確かに砂漠へ戻ってきたことを実感する。
「町までは、あと一日といったところでしょうか」
クレイはサラの横に馬を並べると、遠く砂丘のかなたを眺めた。
「砂漠の町でサラさんと出会ったのが、ついこの間のようです」
ソルステンの書庫の祭壇に浮かび上がった大陸の姿。
そこで判明した最後に訪れるべき場所は、このサルマン地域より、遥か西を指していた。
「目的の場所はサルマンの町とは方角が少しずれますが、町に寄ってしっかりとした準備を整えましょう」
ライルは馬上で地図を広げ、あらためて現在位置を確認する。
祭壇に浮かび上がった地図は古く、あのあとライルとアルマが協力して、現在の地図に置き換えていった。
時代が変わっても変わらぬ地形はあり、いくつかの目印を頼りに、やがて目的地を浮かび上がらせることができた。
「俺は砂漠は初めてです。こんなに乾いた風が吹くんですね」
リオはマーカスの元、ソルステンから見て東側の河川地域で育ったため、砂漠特有の風の匂いや、いくつも連なる砂丘が珍しいようだ。
「目的地は大湿地地帯の中央付近。そこに何かがあるとは聞いたことがありませんが、サラさんの一族なら、何か分かるでしょうか?」
「砂漠のことなら大抵は知っているつもりだが、あの湿地に足を踏み入れた者の話は、聞いたことがないな」
クレイも遺跡や遺構などの情報を調べてみたが、該当するような情報は見つからなかった。
「だが、父上に聞けば、何か知っているかもしれない」
彗星に座する女神と星詠みたち。
ソルステンの書庫で明らかになった歴史によれば、サラたち砂漠の守護者はその末裔にあたる。
最後の目的地に関する情報を集めることは、サルマンの町に立ち寄るもう一つの目的でもあった。
「行きましょう。あと少しです」
*
町に着くと、サラは一行と別れ、単身で一族の元へ向かった。
久方ぶりの帰還を、族長である父や、兄アシュラフへ報告するためだ。
残されたクレイたちは、町の宿に部屋を取り、西へ向かうための準備に取りかかった。
「湿地というのが、どうにも厄介です」
装備を検分していたライルが、珍しく難しい顔をしていた。
「山も氷河も砂漠も、それぞれに越え方があります。ですが、湿地は……正直、俺も本格的に旅をしたことがありません」
乾いた大地を渡る装備と、水に沈む土地を渡る備えは、まるで違う。足を取られる泥濘、飲み水の確保、湿気による荷の傷み。
ライルは市場を巡り、防水を施した布や、浅瀬を探るための長い棒などを買い集めていた。
「ここから先は、俺の経験も通じないかもしれません」
「ここまでみんなで力を合わせて乗り越えてきました。ライル、最後までお願いします」
その一言に、ライルは静かに頷いた。
*
「挨拶は済ませてきた。まだすべてを話せるわけではなかったが……兄様は、相変わらず何も聞かずに送り出してくれた」
夕刻になり、クレイたちの宿にサラが戻ってきていた。
「目的地について、何か分かりましたか?」
「残念ながら、目的地そのものの情報はなかった。だが、役に立ちそうなものはあったぞ」
サラはそういうと、古びた羊皮紙の束を取り出した。
「これは、旅の記録でしょうか?」
アルマが羊皮紙を広げ、その文字を読んでいく。
「そうだ。交易路を広げるため、今までに何度か砂漠の西に遠征隊を派遣したことがあるらしい。これはその記録だ」
しかし、砂漠の西側は広大な湿地が広がるばかりで、複数回に渡る遠征隊の派遣でも、その湿地帯を越えることが叶わず、いつしか西への交易路拡大は諦められたらしい。
「もしかしたら、この記録を読み解けば、目的までの旅程は楽になるかもしれません」
「任せてください。私が情報を整理します」
ライルの言葉に深く頷いたアルマが、さっそく手帳を取り出し、メモを書き込んでいく。
「それから、マーカスへの謝礼の手筈もつけてきた。あいつにはずいぶん世話になったからな」
サラの言葉は、傍に座っているリオに向けたものだった。
「リオ、お前はここで待つか。この先は、今までよりずっと危うい」
「いえ! 俺も最後まで一緒に行かせてください。皆さんと旅をして、俺は自分の力の使い方を、少しずつ分かってきた気がするんです」
「そうか。お前も段々良い面構えになってきたな」
サラにそう言われると、リオは少し恥ずかしそうに、それでも胸を張って大きく頷いた。
「そうですね。リオ、今では君の力は僕たちの旅には欠かせない」
最初は同行に反対していたクレイも、今ではリオの努力を認めている。
「準備が整い次第、出発しましょう」




