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ライルの店「銀の羅針盤」は、ソルステン西地区の外れ、表通りから一本入った路地の奥にある。
傾いた看板も、壊されたままの錠前も、あの夜に立ち去ったときのままだった。
倒れた棚も床に散った硝子も、誰の片づける者もないまま埃をかぶっている。
ヴァルデン山脈をあとにしたクレイたちは、再びソルステンに戻ってきていた。
クレイが手にした古びた剣が、突如としてその輝きを取り戻したあの日から、この旅は始まった。
初めはアルマ、次いでライルが旅の仲間として加わり、砂漠の地でサラと出会った。
その四人で再びソルステンを訪れてから、もうどれくらいの月日が経っただろうか。
三度この地を訪れたクレイの仲間には、さらにリオが加わっていた。
「ひとまず、ここを拠点にして良さそうですね」
クレイがこの長い旅路を思い返していると、周囲の様子を見にいっていたライルとサラが戻ってきていた。
「以前のような警戒はなさそうだ」
サラはリオが差し出したカップから水を飲むと、礼を言いながらその頭を撫でた。
リオは旅の間、サラから剣術を学び、ライルからは探索や斥候の技術を学んでいた。
「街の中は平穏そのものです。先生たちを探している様子もありません」
「だが、考古学協会だけは妙に慌ただしかったな。出入りする人間が多いくせに、部外者を締め出しているようだ」
クレイたちは、ヴェルナー博士の最後を見届けてから、残った調査隊よりは先にソルステンに到着したはずだった。
しかし、すでに博士の行方についての情報が伝わっているのだろうか。
「……そちらはまだ油断はできませんが、混乱していることは間違い無いでしょう」
「図書館の方も見てきましたが、特に変わりはないようでした。図書館に博士の影響がどの程度あるのかは分かりませんが、少なくとも今はまだ騒ぎは起きていないようです」
ヴァルデンで起きたことが、この街にどこまで届いているのか。博士がどう扱われているのかも、今は知るすべがない。
「以前も少しお話ししましたが——」
アルマが机の上に広げた羊皮紙の一部を指さした。
「図書館の地下には、私たち司書が立ち入れない区画があります。やはり、怪しいのはここだと思います」
羊皮紙にはアルマが記憶を辿って書き記した図書館内部の取り図が描かれていた。
「——さすがに昼間に堂々と訪れるわけにはいかないでしょうね」
「閉館後なら、地下まで人はいません。それに……」
アルマは荷物を入れた袋から、鍵を取り出すと、少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「実は、私まだ、職員用の通用口の鍵を持っています」
*
昼間は知識を求める者で賑わう館内も、今は灯りを落とし、書架の列が闇の中に沈んでいる。
クレイたちは、アルマの案内で迷うことなく奥へ進んでいった。
「こちらです。地下の閉架は、さらにこの下に」
螺旋を描く狭い階段を、いくつも下りていく。
「さすが王立図書館ですね。……ここにある書物はかなり古そうです」
「この辺りは、私たち司書でも、めったに降りてくることはありません」
書物の年代は下るほどに古びていき、木や石に文字が刻まれた遺物などが目に入るようになってきた。
「時間があれば、この辺りをじっくりと調査させてもらいたいですね……」
考古学を本業とするクレイにとっては、普段は触れることができないそれらの資料に興味が尽きない。
「実は私もさっきから、気になる資料があちこちに」
「——お二人とも、調査はまた今度に」
ライルに先を促され、クレイとアルマはバツが悪そうに肩をすくめた。
「着きました。ここが最下層です」
やがて目録にも記されていないであろう資料が積み上がる場所へと辿り着いた。
「これです、この扉です」
突き当たりの壁、古い書架に囲まれた一角に、鉄でできた扉があった。
「鍵がかかっているどころか、把手がないぞ」
サラの言うとおり、その扉には鍵穴も把手すらもついていなかった。
「僕が試してみましょう」
クレイは扉に左手をかざし、刻印の能力を通じて、腕輪に込められた管理者の力を呼び起こす。
すると、扉の周囲に淡い光の筋が走る。
「……開きます」
扉は低い音とともに、横に滑っていく。
「入りましょう。念のため、俺が先行します」
ライルを先頭に、五人はソルステンの最下部に隠された部屋へと足を踏み入れた。




