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刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
星廻りの民

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 光になぞられた紋様が、本来あるべき形からねじれ、歪んでいく。


 やがてその歪みが限界を超えると、赤黒い光は紋様の上を離れ、堰を切ったように壁全体へあふれ出した。


「管理者の力を人工的に? そんなことが……」


「お前たちには想像もできんだろう。だが、刻印の能力は神が気まぐれに与えたなど、そんな偶然の産物ではない」


 広がった光は、収まる気配を見せない。それどころか、生き物のように、ゆっくりと脈動を始めた。


()()()()()()()()()()()が授けた力——この力は意図して継承が可能なのだ」


 博士がなお壁面に近づくと、次第に光が一点に収束していく。

 その光が最も濃く集まる場所――壁と博士の腕とが結ばれた根元に、一つの水晶が嵌め込まれているのが見えた。


「先生! もうここは危険です!」


「しかし、このままでは——」


 振動は今や建物全体に及び、ただ立っているだけでも、バランスを保つのも難しくなってきていた。


「これ以上ここにいては、全員瓦礫の下敷きになるぞ」


 サラは体勢を崩しそうになったアルマを抱き止めている。


「博士!」


 護衛の一人が叫び声をあげた。


「がぐ、ぅ……あぁっ……!!」


 その呻き声はヴェルナー博士から発せられたものだった。


 壁から伸びた光は、水晶を通じて、今度は博士の右腕の刻印へと流れ込んでいく。

 腕を伝い、肩へ、胸へと這い上がり、壁と博士の体とをつなぐ、太い血管のように脈を打っている。


 護衛の二人が博士の元へ駆け寄ろうとするが、脈動する光を前に博士に触れることができないでいる。


「ライル、みんなを先に逃がしてください」


「先生!」


 クレイはライルの制止を振り切り、壁に埋め込まれた水晶の元へ走り出した。


「僕の力で制御を取り戻せれば……」


 水晶に左手をかざし、クレイは腕輪に込められた管理者の力を呼び起こす。

 この遺構の管理者として、暴走しかけた流れを、本来あるべき形へと引き戻そうとした。


 だが、制御しようとした途端、得体の知れないものに意識が引き寄せられる感覚が襲った。

 壁を這う赤黒い光が大きく明滅すると、水晶に伸ばされたクレイの腕めがけて伸びてくる。


「……これはっ」


 クレイは、思わず力の行使を断った。手のひらに、痺れにも似た不快なものが、いつまでも残っている。


 それでもなお、クレイはもう一度、水晶へ手を伸ばそうとした。流れを読み、制御を奪い返せないか。乱れた呼吸を整え、再び意識を集中させる。


 その時、ひときわ大きな揺れが、部屋を芯から貫いた。


「危ない!」


 ライルが走り出したのと同時に、頭上で天井が裂け、クレイと博士めがけて、大人の背丈ほどもある岩塊が落ちてくる。


 だが、落下した岩塊は透明な膜に阻まれ、鈍い音を立てて左右へ砕け散った。


「間に合いました……」


 アルマが咄嗟に組んだ術式が、間一髪クレイたちを救ったが、連続して崩れ落ちる瓦礫は次第にその防御を削っていく。


「もう……持ちません」


「先生、こちらへ!」


 ライルがクレイの体を支えて下がってくるのと入れ替わりに、今度はサラが博士に向かって走り出した。

 壁と博士とをつなぐ血管のような光の筋へ、踏み込みざまに曲剣を叩きつける。


 だが、刃は光に触れる寸前で、鋭くはじかれた。痺れが腕を駆け上がり、サラは思わず半歩、後ずさる。


「ちっ……斬れないのか」


 壁の脈動は、治まるどころか刻々と勢いを増していく。床の亀裂は枝を伸ばし、参道の奥からは、天井ごと崩れ落ちる轟音が、絶え間なく押し寄せてくる。


 逃げ場を失いかけた二人の護衛が、ついに博士を見捨て、転がるように出口へ走り去った。


 博士の体を伝っていた光は、腕から胸へ、胸から顔へと這い上がり、博士の輪郭が呑まれていく。


「は……はは……手に入れたぞ。私は……私は、すべての力を……!」


 全身を不気味な光に浸食されながらも、博士は恍惚とした笑みを浮かべていた。


「先生……博士は、もうだめです」


 クレイは、光に沈んでいく博士の姿から、すぐには目を離せなかった。


 やがて、クレイは静かに頷いた。


「……撤退しましょう。ライル、先導を頼みます」



 遺構を遠く離れた雪原まで退いたところで、ようやく五人は足を止めた。


 息を整える間もなく、背後で、地の底をえぐるような轟音が上がった。

 振り返れば、氷河に覆われた山肌が、内側へと崩れ落ちていくところだった。


 地下の遺構が崩壊するのにつれ、それを覆っていた氷も岩も支えを失い、巨大な擂鉢を穿つように陥没していく。砕けた氷塊が雪煙を噴き上げ、地鳴りが幾度も雪原を揺らした。


 やがて轟音が遠ざかると、あとには深く落ち窪んだ大地と、舞い落ちる細かな雪と塵だけが残された。


「博士の狙いは星のエネルギーを自らのものにするためでした……」


「第二王朝最後の王が『歴史を正しく理解すること』を求めたのは、まさにこうした事態を避けるためだったのですね」


 星のエネルギーは、その使い方次第で、便利な力にもなれば、他者を制圧するための道具にもなる。

 すでに過去の歴史を学んだクレイたちにとっては、ヴェルナー博士の破滅は想定されていた事態だった。


「博士は私たちもまだ知らないことを口にしていました」


 刻印の本来の使い方、刻印の能力は神が気まぐれに与えた産物ではない。

 それらはクレイたちがまだ手にしていない情報だ。


「ヴェルナー博士がああなった以上、ソルステンでの邪魔も入りにくくなったかもしれません」


 ライルの言葉に頷くと、クレイは仲間たちの顔を見渡した。


「博士の本拠地だったソルステン。私たちが向かうべきは、やはりそこで間違いないでしょう」



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