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崩れかけた天井から、細かな石片が絶え間なく降りそそいでいる。
その下で、ヴェルナー博士は壁に向かい、震える指先を止めずにいた。
背を丸めたその姿に、クレイは声をかけた。
「ヴェルナー博士」
その声に、博士のかたわらにいた二人がはじかれたように振り返り、腰の得物へ手をかける。
「何者だ……!」
ライルとサラが呼応するように前に出るが、振り返った博士は、クレイたちの姿を目にすると、護衛の二人を下がらせた。
「……やはり、来たか」
博士はゆっくりと首をめぐらせ、クレイとアルマを順に見た。
落ちくぼんだ眼窩の奥で、その瞳は熱っぽく光っている。
「お前たちも、いずれ導かれると思っていたぞ……クレイヴァー・ストランド。そして、アルマリア・ヴィンター」
博士の様子を見て、クレイも前に進み出た。
「……僕たちが来ることを予期していたとは、どういうことですか」
「その刻印の本来の力を使えば、いずれここに辿り着く。それは分かっていたことだ。——この私のようにな」
「博士、あなたはこの力の危険性を知っているのでしょう」
問いかけながら、クレイは室内に視線を走らせた。
壁一面に書き加えられた歪な線。赤紫に濁った水晶群。そのどれもが、本来この場所が湛えていた静謐とは、ほど遠いものだった。
「危険? 何を馬鹿な」
博士がさらに一歩踏み出し、その動きを見たライルとサラが再び警戒を強める。
「この力は正しく御するべき力だ。お前たちはその本質を理解できていないだけだ」
博士は大きく手を広げると、歪に明滅を繰り返す壁に向かって声を張り上げた。
「見ろ! ここは、星の力の源、すべての中枢だ。この遺構さえ我がものとすれば、かつて初代皇帝が成し遂げ、そして失われた偉業……それを、この手で再現できる」
「博士、私たちは本当の歴史を知りました。この力は——」
しかし、アルマの言葉は、崩れ落ちた瓦礫の音にかき消された。
再び揺れが大きくなり、博士の近くに立つ二人の護衛が、不安そうに天井を見上げる。
「お前たちの刻印には、本来の使い方がある。長き継承の過程で忘れ去られた、本当の力がな。私に手を貸せば、その使い方を教えてやろう。お前たちもまた、想像も及ばぬほどの力を手にすることになる」
地の底で、何かが低く唸ると、床の文様が、その声に応えるように脈を打つ。
クレイは、なおも言葉で語りかけようとするアルマの肩をそっと押さえて首を振った。
「……お断りします」
「なに?」
「各地の遺構を巡って、僕たちは星の力が何のためにあったのかを知りました。水を治め、天候を鎮め、遠い土地に声を届ける。星のエネルギーは、人々の暮らしを支えるための仕組み。誰かが独り占めし、振りかざすためのものではありません」
「力をどう使うか、それは使う者によって変わるものだ」
「博士。あなたが今しているのは、かつて第二王朝の王たちが犯した過ちをなぞっているに過ぎません」
しばしの沈黙のあと、博士の喉から、低い笑いが漏れた。
「それは違うな。あいつらにはなかった力を、私は手にしたのだ」
博士が右の袖をまくり上げると、露わになった前腕には、刻印が刻まれていた。
だが、それはクレイたちの知るものとは似ても似つかなかった。淡い光をたたえた滑らかな紋様ではなく、皮膚を抉り、焼き付けたような、赤黒い線。
幾筋もの傷がもつれ合い、その下で何かが脈動している。
「それはいったい……」
「お前たちが協力するならば、この力を使うまでもなかったがな。こうなっては仕方あるまい」
「博士、いけません!」
「制御は、まだ確立していないのですよ!」
その様子を見た護衛の二人が、すがりつくように博士の腕へ手を伸ばすが、博士は「退け」と短く言い捨てると、赤黒い刻印を刻んだ右腕を、ゆっくりと壁面へかざした。
「私は人工的に刻印の力を再現することに成功したのだ」
刻印が、ひときわ激しく脈打つ。
次の瞬間、そこから滲み出た赤黒い光が、壁に刻まれた紋様をたどって這い広がっていく。
線から線へ、紋様から紋様へ。枝分かれを繰り返しながら、光の筋は壁面いっぱいに走った。
「これが、私が生み出した管理者の力だ!」




