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階段を降りきると、広間が姿を現した。
クレイ、アルマ、そしてライルの三人は、かつてここに足を踏み入れたことがある。
しかし、広間の様子は、その時とは全く異なるものだった。
かつて淡い青色に輝いていた水晶群は、今は赤紫に濁り、床面の文様は不安定に明滅を繰り返している。
「やはりここで何かをしようとしていた形跡がありますね」
ライルが指差した広間の各所には、木箱や工具が散乱していた。
床面には無数の足跡が刻まれ、長期にわたって調査隊がこの場所を占有してきたことが分かる。
「水晶に直接手を加えようとしていたのでしょうか」
水晶群の基部には削り取ろうとした痕がいくつも残っていた。
「見てください。こっちに新しい足跡があります」
「奥の通路に続いているな」
リオが見つけた足跡は、上に埃が積もっておらず、最近つけられたものと思われた。
「以前僕たちがここを訪れた時は、こんな通路はなかったはずです」
出口につながる隠し通路はあったが、それとは違う場所に通路が姿を現している。
「慎重に進みましょう」
「また俺が先頭に立ちます。俺の後ろに先生、サラさんは最後尾を頼みます」
通路には調査隊が設置したのか、松明が等間隔に並び暗闇を照らしている。
「アルマさん、念のために呪文の準備を」
「はい、いつでも大丈夫です」
しばらく進むと、正面に黒い扉が見えてきた。
かつてアルマが封印を解いた、神殿入り口の扉に似ているが、周囲は焼け焦げたように変色し、蝶番が外れかけている。
「——先生、中から声が聞こえます」
耳を澄ますと、扉の向こうからは、複数の人間が動き回る気配や金属の触れ合う音が聞こえてくる。
「扉の隙間から覗けそうです。僕とライルで様子を見てきましょう」
*
奥の部屋の壁面には、幾何学的な文様の上から新たな線が幾重にも書き加えられていた。
「ライル、あそこを」
壁面を背にして作業の指示を出している人物。見た目は随分と変わったが、それは間違いなくヴェルナー博士だった。
銀縁の眼鏡は外され、灰色がかった髪が額に貼りついている。衣服には泥と埃がこびりつき、頬はこけていた。
かつて考古学協会の応接室で穏やかな微笑みを浮かべていた学者の面影は、もうどこにもない。
「何をしているんでしょうか」
「壁面に何か加工をしているようですね」
博士の傍らで数人が壁面に向かって作業を続けている。それとは別に、武装した者たちが入り口側に陣取っていた。
もう少し近づいて様子を確かめようと、クレイは身を乗り出したが、足元に転がっていた瓦礫が、靴底に押されて鈍い音を立てた。
その音を聞きつけたのか、武装した者の一人が、こちらに顔を向け、剣の柄に手をかけ、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
ライルは身振りでクレイに自分の後ろに引くように合図を送ると、自分はそっと短剣を握りしめ、扉の影に身を潜めた。
扉の手前で護衛が剣を抜き、一歩外に踏み出そうとした、まさにそのときだった。
地の底から突き上げるような揺れが襲った。
これまでの揺れとは比べものにならない衝撃に、部屋の中からは轟音と悲鳴が響き渡ってくる。
「もう限界だ、崩れるぞ!」
「外へ出ろ!」
誰かが発した叫びをきっかけに、出口に人が殺到した。
「待て、まだ作業は終わっていないぞ!」
中からはヴェルナー博士の怒声が聞こえてくるが、その声に耳を貸す者はいなかった。
逃げ出すものの中には、武装した護衛たちの姿も混じっている。
クレイとライルは扉の脇の窪みに身を寄せ、逃げ出していく者たちをやり過ごした。
通路の先では、サラが機転を効かせ、アルマたちもうまく身を隠しているようだ。
突き上げるような揺れは収まったが、余韻のように小刻みな震動が続き、壁や天井からは絶え間なく瓦礫が降り注いでくる。
ライルは、立ち上がれるほどに揺れが落ち着くのを待つと、再び部屋の中を覗き込んだ。
部屋には、ヴェルナー博士と、そのかたわらに二人の人影。その二人が、懸命に博士を引き留めようとする声が聞こえてくる。
「博士、もう止めましょう。この場所はもちません」
「ここまで来て退けるか。あと少しなのだ。あと少しで、この力は私のものになる」
だが、博士は崩れかけた壁面に向き直り、震える指先で新たな線を書き加えはじめている。
「どうしますか、先生」
「……行きましょう」
ライルはクレイの言葉に頷くと、サラたちにも合図を送った。
「迷っている時間はなさそうだな」
合流したサラが曲剣を抜き、リオが投石紐を握りなおす。
「私も準備はできています」
アルマは両手を握りしめ、クレイたちに頷いてみせた。
「決着をつけましょう」
クレイの言葉を合図に、五人は部屋へと足を踏み入れた。




