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刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
イルメイアの回廊

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 狼が地を蹴ったと同時に、曲剣を構えたサラが前に出る。


 狼の突進を受け流し、すかさず刃を返して体表を斬りつけたが、サラの剣は甲高い音とともに弾かれた。


「硬い……!」


 狼は着地するなり身を翻し、再びサラに向かって跳躍する。

 壁を蹴っては方向を変え、予測のつかない角度から飛びかかってくるその動きは、実際の獣とは比べ物にならない。


 サラは曲剣で牙を逸らし、体を捻って爪をかわしながら、一歩も引かずに対応し続ける。


 狼がサラの斬撃を弾いて距離を取った瞬間、隙を窺っていたクレイが踏み込んだ。

 脇腹を狙って剣を突き出すが、狼は素早く身を捻って逃れてしまう。


「クレイ、気をつけろ! 予想外の方向から襲ってくるぞ!」


 サラが警告の声を発した瞬間、狼が壁から飛び、今度はクレイの方へ向かってくる。

 後ろにいるアルマやリオを庇うため、クレイはその場を動かず、剣を横に薙いで軌道を逸らした。


 着地した狼に追撃を入れようとしたが、狼はすぐに跳ね起きてサラの方へと駆け戻ってしまう。


「動きが速すぎる!」


 振り返ったクレイの視界に、目を閉じ、両手を胸の前で組んでいるアルマの姿が入った。その唇が小さく動いている。


「サラさん! なんとかそいつの動きを止めてください! 一瞬でいい!」


「……無茶を言う……」


 狼が天井を利用して跳躍し、サラの背後を取ろうとするが、クレイが再び突っ込み、狼の動きを牽制する。


 その隙に、サラは曲剣を両手で握り直し、かがみ込んでいる狼の頭部めがけて叩きつけた。


 渾身の一撃が金属の頭蓋に命中したが、衝撃はそのままサラの両腕に跳ね返り、曲剣が手から弾かれて石畳の上を滑っていく。


「くっ!!」


 一瞬動きを鈍らせた狼を見て、サラは狼の懐に飛び込んでいく。

 狼も飛び出すが、その勢いを利用して、仰向けに倒れ込みながら両足で腹を蹴り上げた。


 狼は自らの勢いで、石材の欠片を派手に撒き散らしながら壁に激突した。


「アルマさん、今だ!」


 クレイの声に応じ、アルマが両手を前に突き出すと、その指先から青白い雷光が迸った。

 再び顔をあげた狼に、その雷光が直撃する。


 通路全体を雷鳴のような音が震わせ、金属質の体表が激しく明滅を繰り返す。


 サラが取り落とした剣を拾い上げ、再び警戒の姿勢を取るが、狼は四肢を投げ出すようにして床に崩れ落ち、動かなくなった。


「やったか」


「気をつけて! 奥からまた来ます!  もう一体……いや、二体います!」


 松明の灯りの届かない通路の奥を、リオの目が捉えていた。その言葉どおり、暗闇の向こうから、低い唸り声が近づいてくる。


「扉だ!」


 サラが左の壁面にある扉に駆け寄った。クレイも加わって二人で石の扉を押すと、重い軋みとともに内側に開く。


 四人は扉の向こうに飛び込み、すぐに再び扉を押し戻した。

 閉まった直後、向こう側から体当たりの衝撃が伝わってきたが、扉はびくともしない。


 扉の向こうで爪が石を引っ掻く音が続き、時折、体をぶつける重い振動が混じる。


 四人は息を殺し、壁に背を預けたまま動けなかったが、やがて唸り声が遠ざかり、爪の音も途絶えていった。


「……行ったか」


 サラが額の汗を拭い、アルマは膝から力が抜け、壁伝いにずるずると座り込んでいる。

 リオは扉から目を離さず、まだ耳を澄ませていた。


 クレイが松明を掲げて部屋の中を見回すと、壁面にも床にも文様はなく、狭い空間に石の台座がひとつ置かれているだけだった。

 そして、正面の壁にはもう一つの扉が見える。


「あの狼、剣がまともに通らなかった」


 サラの曲剣には、刃こぼれが数箇所できていた。


「僕の剣は多少食い込みましたが、致命的な一撃にはならなかった」


「結局、あいつを止めたのはアルマの雷だけだ」


 サラの視線がアルマに向く。


「以前、まだサラさんとお会いする前の頃、古い監視所跡で、似たような魔像と戦ったことがあります」


 人の形をした石と金属の魔像。

 クレイやライルの剣では歯が立たず、アルマの雷の呪文でようやく倒せた。


「この先にも同じようなやつがいるとすれば、あたしやクレイの剣だけじゃ突破できないな。アルマはあの呪文をいつでも使えるのか?」


「呪文にはまだ慣れてないのですが、少し休めばまた使えると思います」


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