44
狼が地を蹴ったと同時に、曲剣を構えたサラが前に出る。
狼の突進を受け流し、すかさず刃を返して体表を斬りつけたが、サラの剣は甲高い音とともに弾かれた。
「硬い……!」
狼は着地するなり身を翻し、再びサラに向かって跳躍する。
壁を蹴っては方向を変え、予測のつかない角度から飛びかかってくるその動きは、実際の獣とは比べ物にならない。
サラは曲剣で牙を逸らし、体を捻って爪をかわしながら、一歩も引かずに対応し続ける。
狼がサラの斬撃を弾いて距離を取った瞬間、隙を窺っていたクレイが踏み込んだ。
脇腹を狙って剣を突き出すが、狼は素早く身を捻って逃れてしまう。
「クレイ、気をつけろ! 予想外の方向から襲ってくるぞ!」
サラが警告の声を発した瞬間、狼が壁から飛び、今度はクレイの方へ向かってくる。
後ろにいるアルマやリオを庇うため、クレイはその場を動かず、剣を横に薙いで軌道を逸らした。
着地した狼に追撃を入れようとしたが、狼はすぐに跳ね起きてサラの方へと駆け戻ってしまう。
「動きが速すぎる!」
振り返ったクレイの視界に、目を閉じ、両手を胸の前で組んでいるアルマの姿が入った。その唇が小さく動いている。
「サラさん! なんとかそいつの動きを止めてください! 一瞬でいい!」
「……無茶を言う……」
狼が天井を利用して跳躍し、サラの背後を取ろうとするが、クレイが再び突っ込み、狼の動きを牽制する。
その隙に、サラは曲剣を両手で握り直し、かがみ込んでいる狼の頭部めがけて叩きつけた。
渾身の一撃が金属の頭蓋に命中したが、衝撃はそのままサラの両腕に跳ね返り、曲剣が手から弾かれて石畳の上を滑っていく。
「くっ!!」
一瞬動きを鈍らせた狼を見て、サラは狼の懐に飛び込んでいく。
狼も飛び出すが、その勢いを利用して、仰向けに倒れ込みながら両足で腹を蹴り上げた。
狼は自らの勢いで、石材の欠片を派手に撒き散らしながら壁に激突した。
「アルマさん、今だ!」
クレイの声に応じ、アルマが両手を前に突き出すと、その指先から青白い雷光が迸った。
再び顔をあげた狼に、その雷光が直撃する。
通路全体を雷鳴のような音が震わせ、金属質の体表が激しく明滅を繰り返す。
サラが取り落とした剣を拾い上げ、再び警戒の姿勢を取るが、狼は四肢を投げ出すようにして床に崩れ落ち、動かなくなった。
「やったか」
「気をつけて! 奥からまた来ます! もう一体……いや、二体います!」
松明の灯りの届かない通路の奥を、リオの目が捉えていた。その言葉どおり、暗闇の向こうから、低い唸り声が近づいてくる。
「扉だ!」
サラが左の壁面にある扉に駆け寄った。クレイも加わって二人で石の扉を押すと、重い軋みとともに内側に開く。
四人は扉の向こうに飛び込み、すぐに再び扉を押し戻した。
閉まった直後、向こう側から体当たりの衝撃が伝わってきたが、扉はびくともしない。
扉の向こうで爪が石を引っ掻く音が続き、時折、体をぶつける重い振動が混じる。
四人は息を殺し、壁に背を預けたまま動けなかったが、やがて唸り声が遠ざかり、爪の音も途絶えていった。
「……行ったか」
サラが額の汗を拭い、アルマは膝から力が抜け、壁伝いにずるずると座り込んでいる。
リオは扉から目を離さず、まだ耳を澄ませていた。
クレイが松明を掲げて部屋の中を見回すと、壁面にも床にも文様はなく、狭い空間に石の台座がひとつ置かれているだけだった。
そして、正面の壁にはもう一つの扉が見える。
「あの狼、剣がまともに通らなかった」
サラの曲剣には、刃こぼれが数箇所できていた。
「僕の剣は多少食い込みましたが、致命的な一撃にはならなかった」
「結局、あいつを止めたのはアルマの雷だけだ」
サラの視線がアルマに向く。
「以前、まだサラさんとお会いする前の頃、古い監視所跡で、似たような魔像と戦ったことがあります」
人の形をした石と金属の魔像。
クレイやライルの剣では歯が立たず、アルマの雷の呪文でようやく倒せた。
「この先にも同じようなやつがいるとすれば、あたしやクレイの剣だけじゃ突破できないな。アルマはあの呪文をいつでも使えるのか?」
「呪文にはまだ慣れてないのですが、少し休めばまた使えると思います」




