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刻印の考古学者 〜冴えない能力の使い方〜  作者: 音鳴 凪
イルメイアの回廊

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 ガランを発って三日目の朝、目を覚ましたサラは、自分の吐く息が白いことに気づいた。


 船室の板壁の隙間から差し込む光は薄く、外の空気は昨日よりもさらに冷えている。

 横を見ると、隣ではアルマが毛布にくるまったまま小さく寝息を立てていた。


 甲板に出ると、リオが舵のそばに座って河の先を見つめていた。

 昨夜のうちに支流に入ったらしく、河幅はずいぶん狭まっている。


「おはようございます、サラさん」


「おはよう、リオ。ちゃんと眠れているのか?」


「はい。流れが安定している間に仮眠を取りました」


 リオは目の下にわずかな隈を浮かべていたが、声にはまだ張りがあった。


 サラは船縁に腰を下ろし、両岸の景色を眺めた。水面には薄い靄が漂い、木々の間から朝日が細い筋になって差し込んでいる。


「この先、もっと寒くなるのか」


「ええ。イルメイアに近づくと、昼間でも雪が降ります。真冬には河も凍るそうです」


「河が凍る……」


 サラは信じがたいという顔で水面を見つめた。これだけの水の流れが、すべて氷に閉ざされる。


 やがて流れが緩やかになると、リオが舵を固定して錨を下ろした。


 朝食の支度のためにアルマが船室から出てくると、その気配でライルも目を覚ましたらしく、クレイに支えられて甲板に上がってきた。


「イルメイアに着く前に、回廊について分かっていることを整理しておきたいのですが」


 五人で簡単な食事を取りながら、クレイが手帳を広げる。


「僕が知っているのは、断片的な情報だけです。イルメイアの山間部に古い石造りの建造物があり、いわゆる『回廊』と呼ばれる形式の遺跡だと。しかし、内部に関する詳しい調査記録は見たことがありません」


「注目されてこなかった、ということですか?」


「というよりは、場所に問題がありそうです。ヴァルデン山脈より、さらに北上した場所、一年中厳しい寒さに閉ざされているようですから」


「大規模な調査が難しいのかもしれませんね。人が多ければ、それだけ大量の物資が必要になります」


 ライルの言葉は、山岳ガイドとして経験を積んできた、彼らしい視点だった。


「いずれにせよ、ここまでの経験を踏まえると、イルメイアの回廊ほどの規模であれば、何かしらの情報がある確率は高いと思います」


 クレイはそこまで話すと、手帳を閉じ、姿勢を正してライルに顔を向けた。


「ライル……回廊の調査は、まず僕たちで先に進めようと思っています。君には安全な場所で休んでいてほしい」


 ライルは一瞬、何か言おうとして、その言葉を飲み込んだ。

 そして、ひと呼吸おくと、再び口を開いた。


「……先生たちだけで未知の遺構に入るのは、危険です」


「分かっています。でも、もし傷が開けば君の命に関わる」


 ライルは目を伏せた。自分の体のことはライル自身が一番理解していた。


「分かりました。ただ、約束してください。無茶はしないと」


「ええ。もちろん」



 食事を終え、船は北へと動き出した。


「この先に、集落があります。イルメイアに向かうなら、ここで寒冷地用の装備を整えましょう」


 リオの言葉に頷きながら、クレイは北の空を見上げた。

 灰色の雲が低く重く垂れ込め、その奥に雪を被った山々の稜線がかすかに浮かんでいる。


「とにかく暖かい装備が必要そうだ」


 サラが自分の薄い外套を見下ろして苦笑し、アルマもつられて小さく笑った。


「イルメイアまでは、ここからさらに北上する必要があります。途中で補給を繰り返しながら進みましょう」


 やがて岩壁の切れ目に、小さな船着き場が見えてきた。


 粗末な桟橋と、その奥に数軒の家屋。煙突から立ち上る煙が、灰色の空に細く溶けていく。


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