40
倉庫の入口に荷車の音が響いた。
「夜分に失礼します。マーカスの旦那から、お届け物です」
男はそういうと、酒と食料の籠を運び入れる。
「エルンストさん、お世話になっているお礼です。どうぞ皆さんで召し上がってください」
クレイは荷運びの男と目配せすると、奥にいるエルンストたちにそう声をかけた。
そしてもう一つ、布に包まれた古びた書物が運び込まれる。
「これは、旦那が以前、古物商から借金の代わりに引き取った品なんですが、価値が分からないと申しまして。ちょうど良いので、学者の先生方にご意見を伺えないかと」
男が布をほどくと、黄ばんだ羊皮紙の束が姿を現した。
それを見たエルンストの仲間の一人は、その表紙に目を留めて息を呑んだ。
「エルンスト先生! これを見てください」
エルンストが奥から姿を現し、書物を手に取ると、目を細め、羊皮紙をめくっていく。
「……これは、どこで手に入れたのかね」
「北方の古物商からだそうです。詳しいことは旦那に聞いていただければ」
エルンストの一行が書物の周りに集まり始めた。灯りが寄せられ、口々に意見が交わされる。
「今のうちに」
その騒ぎの裏で、クレイたち四人は動き出した。
まずは、サラが裏手に出て外の様子を確認すると、クレイたちに合図を送る。
アルマが荷物を背負い、クレイがライルに肩を貸す。
そして四人は、倉庫の裏手から、夜の闇に滑り出した。
「道が暗い。あたしの後ろからそれるなよ」
月は雲に隠れ、周囲は暗いが、サラが先頭に立ち、時折足を止めて耳を澄ませる。
ライルの足がもつれるたび、クレイがその体を支え直した。
*
船着き場に着くと、小さな帆船が一艘、岸壁に繋がれていた。
甲板にリオの姿を見つけ、クレイたちはその船に近づいていく。
「お待ちしていました。準備はできています」
リオの手助けで、クレイがライルを船室に横たえ、アルマが荷物を積み込んでいく。
最後にサラが乗り込むと、リオは岸壁の綱を解き始めた。
「リオ、助かった。あとはあたしたちでやる。おまえはマーカスのところに戻れ」
「いえ。俺も一緒にいきます」
サラが驚きの表情でリオをみつめる。
「マーカスさんに頼まれました。夜の河を安全に進むには、俺の目が必要だと」
「……そんな話は聞いていないぞ」
サラは思わずマーカスの野営地の方角を振り返った。
「どうかしましたか」
二人の声を聞きつけ、船室から甲板に上がってきていたクレイは、状況を把握すると、リオに向き直った。
「リオ、君やマーカスさんの気持ちはありがたいのですが、これは危険な旅です。現にライルが傷つき、そして、僕たちも狙われている」
「危険は承知です。でも、俺がいなければ、夜のうちにガランを離れられません。岩場も浅瀬も、暗闇では見えません」
クレイはサラと目を合わせた。
「確かに、リオの言う通りだ。夜の河はあたしたちには見えない」
クレイは少し黙ってから、リオに向き直った。
「……分かりました。安全な場所に着くまでは、一緒に来てください。その先は、その時に考えましょう」
「はい!」
リオは力強く頷くと、手際よく帆を張り始めた。慣れた手つきで、河風を読みながら帆の角度を調整する。
「岸を離れます。最初の浅瀬は少し先です。俺が声をかけるまで、まっすぐ進んでください」
クレイが櫂を取り、サラがもう一本の櫂を手にした。リオの指示に従い、船は静かに岸壁を離れていく。
*
「ガランを離れることはできましたが、この先のことを話しておきましょう」
夜明け前、船室にはリオを含む全員が集まっていた。
「ガランの塔にはいずれ戻らなければならないですよね」
アルマの手元には、布に包まれた石板がある。ガランの塔は「歴史を正しく理解する」ために訪れる必要があった。
「ええ、その通りです。しかし、今のライルの状態では無理です」
「それに、戻ればまた連中と鉢合わせになる」
「ライルが回復するまでの間、安全に休める場所を確保する。そして、先に、ガランの塔とは別の場所を探るのが良いと考えています」
クレイが背嚢から取り出した手帳には、これまで調査した古代遺構の記録が書き留めてある。
実際に訪れたことがある場所もあるが、その多くは文献のみでしか知らない場所だ。
「ヴァルデン山脈の遺構、サルマン砂漠の神殿、ガランの塔。これまで訪れた場所には、いずれも星の力に関わる施設がありました。エルンストさんも言っていた通り、こうした施設は大陸各地に点在しているはずです」
「他にはどこがあるのですか?」
「西方のヴェスタ盆地にある遺跡。南東のカイラ岬に残る灯台跡。そして、北東のイルメイア地方にある巨大な回廊跡。これまでの経験から、象徴的な遺構が残っている場所には手がかりがありました」
「……ヴェスタ盆地なら、以前足を運んだことがあります。あそこには巨大な湖があります」
横になったままのライルが、かすれた声で会話に加わった。
「ここからだと、どこか近い場所はないのか?」
「イルメイアなら、このままソルミア河を遡り、途中の支流に入れば辿り着けます」
サラの疑問には、リオが答えた。
イルメイアはガランの北東に位置し、ソルミア河をはじめとした水路で結ばれている。
「イルメイアは極寒の地だと聞いたことがあります。どこかで準備をしないといけないですね」
アルマはソルステンの図書館で読んだ、イルメイア地方の暮らしについて思い出していた。
「決まりです。イルメイアを目指しましょう」
クレイの言葉で、ここまで旅を共にした四人と、そして新たに加わった少年の次の行き先が決まった。
夜明けの光に照らされたソルミア河を、船は北東へと進んでいく。




