37
日が落ちてから、サラとリオは街の西側へ向かった。
「エルンストたちはソルミア河を渡ってこちらに来るはずだ。どこか見晴らしの良い場所はあるか?」
「この先に少し高くなった場所があります。街道を見渡せますし、身を隠せる茂みも」
リオの案内で、二人は街道を見下ろせる小高い丘に身を潜めた。
「学者風の年配の男が率いているはずだ。あたしたちと同じように追われている連中だから、人目を避けて夜に移動してくるだろう」
「分かりました。夜なら、俺の出番ですね」
「夜目が利くと言っていたか」
「はい。刻印の力なんです」
リオは首筋のあたりに手を当てた。襟に隠れて見えないが、そこに星型の印があるのだろう。
「暗い場所でも、かなり遠くまで見えます。それだけの力ですけど」
「それだけとはおかしなことを言うな」
「……せっかく刻印の力を持つなら、もっと役に立つ能力だったらと……」
「旅をする、薄暗い場所で取引をする。暗い場所で人よりもよく見えることは、商人にとってかけがえのない能力だと思うぞ」
「そうでしょうか。俺の能力はマーカスさんの役に立てるでしょうか」
「大切なのは、能力の種類や強さじゃない。自分が持つ力をどう役に立てるか考えることだ」
「考えること……」
サラのその言葉を聞き、リオはなにやら考え込む。
風が草を揺らし、虫の声が途切れなく続く。街道を通る者はほとんどなく、たまに遅い時間の馬車が一台通り過ぎるだけだった。
「おまえはずっとマーカスのところにいるのか?」
「俺は……物心ついた時にはもう、街の隅で一人でした」
リオは弱々しい笑みを浮かべて、肩をすくめた。
「市場で食べ物を盗もうとして、捕まりかけたところを助けてもらいました。マーカスさんは自分の金で代わりに払ってくれて」
「なるほど。マーカスは恩人というわけだな」
「はい。それからずっと、荷運びや商売の手伝いをしています。読み書きもマーカスさんが教えてくれました」
サラは何も言わなかった。ただ、暗闇の中で小さく頷いた。
*
深夜を過ぎ、月が中天にかかった。
街道に人の気配はない。風向きが変わり、冷たい空気が丘の方から降りてくる。
「今日は来ないかもしれないな」
サラが呟いた時、隣のリオが身を起こした。
「サラさん。あそこ」
リオの目が、闇の向こうを捉えていた。サラの目では判別できない距離だ。
「何人かいます。十人くらい。街道を避けて、畑の間を歩いてきている」
「もう少し近づいてみるか」
「……でも、もう一つ気になることが」
リオの声に緊張が走る。
「あの集団の手前に、別の人がいます。二人。……待ち伏せしているに見えます」
サラはもう一度目を凝らすが、暗闇の中では、リオの指差す位置には何も見えない。
「……待ち伏せか」
その時、月明かりに照らされて、一瞬金属の反射が見えた。
「武器を持っています」
「あたしが見える距離まで、その二人組に近づこう。お前は近づきすぎないように注意しろ」
サラは草むらに身を沈め、音を殺して二人の人影に近づいていった。
月明かりは雲に遮られ始めていた。闇が濃くなる。
十分に近づいたと思った瞬間、足元の枯れ枝が鳴った。
影の一つが素早く振り向く。弓を構える動きが、闇の中でもかすかに見えた。
サラは迷わず地を蹴った。しかし暗闇の中、相手との距離が掴みきれない。
その時、サラの頭上を鋭い風切り音が通り過ぎた。次の瞬間目の前の影が呻き、弓を取り落とす気配が伝わってくる。
曲剣が一閃し、腕を押さえている影を斬り伏せる。
もう一人が剣を抜いて斬りかかってきた。
暗がりの中で刃が交錯する。相手の動きは見えず、音と気配だけが頼りだった。
「サラさん、右!」
リオの声が飛んだ。サラは反射的に身を沈めると、頭上を剣が薙ぐ。
再び風切り音が、今度はサラの耳元を通り過ぎた。
何かが影の肩を打ち、一瞬だけ動きが止まる。
その隙を見て、サラは、低い姿勢から突進し、強烈な足払いを放った。
地面に倒れた影が持つ剣を足で払いのけ、曲剣の刃を首筋に当てる。
「動くな」
サラは荒い息を吐きながら、素早く相手の手足を縛り上げた。もう一人は斬り伏せた場所に倒れたまま動かない。
「大丈夫ですか、サラさん」
「ああ。助かったぞ。……投石か、この暗闇で大した腕前だ」
サラの視線の先、リオの手元には、革紐が握られていた。投石紐と呼ばれるもので、遠心力を利用して石を投げる道具だ。
「この距離なら外しません」
リオは少し照れたように目を伏せた。
サラが立ち上がって集団の方を見ると、こちらの騒ぎに気づいたのだろう、一行が足を止めて警戒の態勢を取っていた。
「……サラ君か?」
聞き覚えのある老学者の声が、夜の闇に響いた。




